scene23*「ながれる雲」
罪悪感で眺めていた雲。らくちんでいいよなぁ……
【23:ながれる雲 】
夏にプールの授業なんて大っ嫌いだ。水着姿になるのなんてすごく嫌だ。
だからなのか、授業を休んだ者にはペナルティとして草むしりが課せられる。水着になるよりかはマシだ、って思たけど……ちょっと後悔したかも……
そう思わせてしまうくらいに、今日の天気は良くてとても暑かった。
タオルを首に巻いてブチブチと草をむしる。あまりの暑さに、一緒にサボッたクミもさっきから無言だ。プールからは真面目に水着なんか着ちゃって授業を受けてる、クラスメートの楽しそうなはしゃぎ声と水飛沫の音が聞こえた。
それでも水着になるのだけは絶対に嫌だ。余分な肉を見られたくないし。
……それほどに女の客観的視線や陰口というものは怖いのである。
「マジ暑い……」
「うん。ちょっとくらいサボっちゃおーよ。」
「そうだね……。ひとまず日陰にいかないとキツイわ……」
どちらともなくそんな小狡いことが浮かんだ私たちは、はーっ、と息をついて体を伸ばした。
肩がゴキゴキッと鳴って、腰もパキッと良い音が鳴る。あートシだなぁ、なんて高校生のくせに思ったりしてしまう。
私たちは監視する先生の様子を伺いながら、死角になっているプール横の日陰に移動する。
うちの学校のプールはわざわざグラウンドを横切っていかなくちゃいけない面倒くさい場所にある。
クミと一緒にグラウンドを見渡すようにボンヤリながら二人してため息。
体育館では他の学年がバスケをやっているようでボールが弾む音が聞こえる。外では外周してる男子が何人かいるから、きっとこいつらも何かのペナルティに違いない。
「ねぇ、マスミ」
「なに?」
「マスミは今さ、気になる人とかいる?」
「えー、何だよ急に~。」
「真面目に答えて。いるの?いないの?」
じっと見つめてくる久実に何だか照れてきて、「あー……」と言葉を濁しながら青い空を仰ぐように見た。
いる。
「いないよ」
「ホントに?」
「うん。いないし。てゆか同級生の男子とか好きになれる要素がないかも」
本当は、いる、と言おうと思ったけど、口をついて出たのはその反対の言葉だった。なぜだろう。
「……あたし、好きな人できたかも」
「マジで?誰?」
親友の突然の告白に、好奇心で顔を覗き込むようにして聞くと、クミは照れ笑いした。
「言わない?」
「言わないよ。私が口固いの、それはクミが一番知ってるじゃん」
こんなセリフは小学生ぶりだ。何だか私までドキドキしてきた。
私がそう言ったら、クミは決心したように真面目な目をして言った。
「陸上部のね、マスイ君」
(えっ…)
私がうっかり発してしまいそうになった後、クミは「えへへ、」とはにかんでから「内緒ね」と悪戯っぽく言った。
「……あー、マスイ君かぁ。うん。いいんじゃないかな。いいと思うよ」
「本当にー?」
「うん。男前だし、成績もまぁまぁいいらしいじゃん。友達多いし」
「だよね!!友達多いってとこも、なんかいいなって思ってさ」
「でも男って結構ガキだから友達優先とか大丈夫ー?」
「ちょっとそこが不安なんだぁ。好きな人とか彼女とかどーなんだろ」
またも心臓がドキッ、とした。
実は2週間前、私はマスイに告られていたからだ。
(もしマスイと付き合って、将来は結婚なんかなったら、私はマスイマスミになんのか)
告白された瞬間、冷静に考えてしまった。
面白いけど何かダサくて嫌だなぁ、きっと結婚式2次会でネタにされるに違いない。
悪い奴じゃないけど、それを考えたらちょっと嫌になったので丁重にお断りをしたのだ。
しかしマスイはこんな失礼極まりないことを考えているような女に「簡単には諦めないから」と言って、とりあえず「お友達で仲良くしましょう」ってなったのだった。
私は色恋の事はとことん秘密主義だから、このことはクミは知らないし、マスイだって硬派な事に誰にも打ち明けたりしてなかったのか、私たちを噂する人なんて誰一人いなかった。
勿論、私の好きな人はマスイではない。だけど、なんか…かなり罪悪感。
「コラー!!何お前らサボってんだ!!!」
先生の声が聞こえてビクッとする。しかしそれはどうやら私たちじゃないみたいでホッとした。
「見つかるとヤバイし、そろそろやろっか」
「そうだね」
「ね、マスミ。もしマスイ君と近づけるようなことあったら協力して!」
お願いポーズをするクミは本当に必死だった。
青い空をちら、と見る。
無下には断れない。
「勿論!」
あぁ、大ウソツキみたいな自分。
親友に向けているその笑顔、なんて腹黒いのだろうか。いや、もしかしたらこれって親友とはいえないのかもしれない。
罪悪感でいっぱいの私は、草むしりを張り切るクミをよそに、ながれゆく雲を眺めた。
(雲ってなんにも考えてなさそうでらくちんでいい奴だよなぁ…)
私がため息をついたのを笑うみたいに、プールにいるみんなの声は楽しそうだった。
( あぁ、なんてウソツキな自分 )
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