scene22*「川べり」

俺だって彼女がいたら、この遠足だって楽しいに決まってるっつーの。

そう思って川の小石を投げる。小石は見事に3回宙に浮いては、トポンとあっけなく川底へ沈んだ。




【22:川べり 】




「まじねぇっつの!3年はネズミ王国なのになんでこっちは山ん中でジャージなんだよ!」


俺は朝からずっとテンションが低く、バスでも現地でもぶーたれていた。

春の学校行事と言えば遠足だ。しかし2年生は観光でも何でもなく「自然学習」という訳のわからない名前で一日山の中で過ごすのが恒例らしい。

つまり中だるみの2年が悪さしないように、自然の中に体よくぶち込まれたってわけだ。


早朝に学校に集合したら、バスに揺られあっという間に小川流れる山の中。

男女混ざって一班になって、川で魚釣りか、キャンプ広場のロッジでカレー作りかくじ引きになり、自然の中で共同でお昼ご飯を作ろう!だなんて……。

本当はロッジでカレーを作りながら魚釣り班を待ってるほうがよかったのに……


「せんせー!これって魚一匹も釣れなかったらどうするんですかー!」

「大丈夫、大丈夫!ここバンバン釣れるらしいから!」

「生徒どんだけいると思ってんだよ。」

「大丈夫、大丈夫!そのために半分以上もう用意してあるから!」

「釣りの意味ねーじゃねーかよそれ!」

「そういう仕組みなんだからとりあえず釣っとけ!」

「まじだりぃ~」


この会話のとおり、俺たちの班は川へ魚を釣りにくる羽目になってしまった。

班の他の奴らとかすげー楽しそうにしてるけど、まったくもって釣りに興味が持てない俺は、川べりの小石を積んだりして遊んでいた。


「ホリエ、お前が頑張ればより多く川魚が食えるかもよ」


いじけるように遊んでいた俺に話しかけるのはクラスメートのサエキ。

こいつ、顔もかっこよければ中身も良い奴で、おまけに最近1年生の彼女ができたらしい。しかも学年で超可愛い子。

お互い一目ぼれで1学期中に恋人できるってどんなドラマか少女漫画だよ。


「俺、川魚苦手だし。骨細いし多いし食いづれぇからヤだ」

「あっそ。じゃ、お前の分の魚もらうわ」


そう言いながらひょいひょい魚を釣ってしまうサエキは、ガイドから一目おかれる始末。クソっ。ほんとこいつってずるい。

イケメンだしモテるし性格も良いし、俺は並みだしお笑いキャラだし釣りよりカレー作るほうがよかったとかいじけてる器だし、そりゃあサエキがかっこいいに決まってる。


「ホリエ、あんたちっちゃいよー!釣り、面白いよ!」

「うるせーよ!分かってるっつーの!」


女子からのヤジに、俺は意地になってサエキから釣り竿を奪った。

サエキは怒りもせず、面倒見の良い奴らしくアッサリと釣竿を手放してくれた。サエキがひょいひょい釣っていたのは何の魔法だったか……


「全然つれねーってば」

「……俺は知らないよ」


「あれーー?リクトじゃね?」


魚が全然釣れなくて途方に暮れていた時、サエキの下の名を呼ぶ別の男子の声がした。

そのほうを見てみると、違う学校のジャージを着た……イケメンがいた。

なんだ、サエキも充分かっこいいと思ってたけど、近づいてきた他校のコイツも負けないくらいにやたら顔がいい。

……ていうかサエキよりもかっこいいかもしれない。

サエキとイケメンが向かい合って並ぶとドラマか?ってくらい華やかで、周囲にいた女子たちはその絵ヅラに騒ぐというよりも唖然としていた。


「ヒロムじゃん。あれ、お前こそどしたの?そっちも遠足?」

「まぁそんなとこ。こっちはこれから釣り体験」


サエキは見知ったように、ヒロムとやらと親しく話し始める。

サエキが落ち着いた大人っぽい感じだとするなら、ヒロムってやつは……少女マンガに出てくるみたいな華やかな雰囲気だった。

背はサエキと同じくらいに高くて、髪もセットしてあるんだろうけどサラサラそうだし、ちょっと睫毛の長い気の強そうな目が何となくサエキの彼女のヒトミちゃんっぽかった。

ジャージの学校名を見ると、4駅隣の高校だった。


「リクトさ、彼女できたってマジ?こないだかーちゃんから聞いたんだけど」

「……うちの母親お喋りだな。うん。できた。ほんとついこないだだけど」

「同じガッコ?今日いんの?」

「一個下だからいねぇ。ヒロムはどうなの?」

「3学期に別れたわ。今はパズドラに夢中」

「ゲームかよ。味気ねぇな」

「だって誰と付き合っても何か同じなんだもん。それならゲームやってたほうがいいわ」

「お前顔はいいのにホントこじらせてんな。相変わらずだけど」


「……あのー……お二人はどういったご関係で…?」


俺が華やかなオーラに圧倒されながら、おそるおそる聞いてみた。するとサエキとヒロムがこっちを見て言った。


「あー、イトコ同士。母親が双子の姉妹。な?」

「そうっす。てか邪魔しちゃってスンマセン」


あー……どおりで雰囲気がちょっと似てるというか……。それなら2人の仲の良さも納得だ。

前にサエキん家に遊びに行った時、サエキ母見たことあったけどすげぇ美人な母ちゃんだったのを思い出す。

男は母親に似るっつーから、ヒロムの母ちゃんも美人なんだろうなと思った。


ヒロムはサエキに「じゃ、俺らあっちだから行くわ。また後で連絡するな」と言い残して、隣のエリアの釣り場に戻って行った。

あっという間のやり取りに、俺もだが周りの女子もポーッとなっている。

そして所々で「今彼女いないらしいよ」「どこ高?」「てか友達があそこの学校なんだけど、同じ学年に王子って呼ばれてるのがいるって言ってたけどアレかも」「ちょっ、聞いてみてよ!」といった会話が広がった。


サエキを見ると、イトコに対してそのリアクションには慣れてるのか穏やかなまんまだ。

てゆかサエキ、本人もイケメンで彼女もレベル高い可愛さで、イトコが王子と呼ばれるイケメンって、どんだけ持ってんだよ。


「俺が言うのもなんだけど、ヒロムってやっぱかっこいいよなぁ」

「……凡人の俺を隣にしてそれ言うの反則じゃね?」

「凡人じゃねーだろ、ホリエは」

「どこがだ」

「うーん、面白いから凡人じゃないと思う。俺お前みたいに面白い事言えねーもん」

「面白いよりイケメンのほうが強いから無効だわ」

「強いってなんだよ。俺は普通だけど、ヒロムはあれは強いわ」

「どっちも同じだっての。俺も可愛い彼女ほしいわ……」

「それ言ったらヒロムはイケメンなのに彼女いねーから、同じじゃね?」

「同じじゃねーから。あんだけイケメンだったら……3組のナツキちゃんに告ってるわ」

「え、ホリエ3組のあの子好きなの?」

「顔超タイプ。性格もなんかイイ子だし」

「だとしたらホリエ、脈ありじゃね?」


は?


俺は耳を疑った。だってそうだろ。

あんまり接点ない女子で、しかも何かいいなって思ってる女子がそんなこと思ってるわけねーし。

俺はサエキにからかわれたと思ってちょっと苛立った。


「こないだ委員会で、俺の隣に座ったんだけどお前の事聞かれた」

「はぁ!!??てかそんな大事な事早く言えよ!!」


ちょっと苛立ってたわりには超有力情報を聞いた俺はコロッと気分が変わる。

ナツキちゃんはカレー班だから確かめようにも全然コミュれねー。

どうすべきか考えていると、サエキが助け船を出してくれた。


「俺、戻ったら委員会のことで用あるから行くけど、一緒に行くか?」

「願ってもない!」

「でもさ。満足に釣れないんじゃ3組の子にイイトコ見せれなくね?」


俺ってどうしてこんなに単純なのか。

そっからは先生も女子も目を見張るような勢いで、俺は魚を釣りまくって、調子の良さもあいまって地元のガイドからもスカウトまでされてしまった。



「大漁、大漁!」

「良かったな」


たくさんの魚を釣って、ちょうどロッジに戻る時間になった。

俺はアイスボックスをかついで、サエキと川べりを歩く。そこで俺は気になったことを聞いた。


「ナツキちゃん、委員会で俺の何聞きたかったの?」


サエキは、えーと……と少し思案すると、思い出したようでぱっと顔を上げた。


「いや、ふつーに彼女いるのかな?みたいなやつだった」

「マジかよ!!!」

「マジだ。お前あの子と1年の時、委員同じだったろ。何かそんなようなこと言ってたから、向こうも何か話したいんじゃね?クラス違うからあんま話せないし、気にしてたっぽいからお前から話しかけてやったほうが、あの子嬉しいかもよ。大人しそうな感じだし」


まさにそうだった。

ナツキちゃんのこと気になったのは1年の時に同じ委員会に所属してからだった。

席も隣合うことが結構あって、俺が忘れ物したり調子のった発言しても、親切にしてくれたり笑ってフォローしてくれたり。


そういうことがさりげなくできる子で、だけどクラスも違うし俺は友達と廊下でふざけてたりするけど、ナツキちゃんは教室の中で仲の良い大人しそうな女子たちとお喋りしてる感じだからすれ違ったりすることもなくて。

なんとなく良いなって思うのに、なんとなく話すチャンスねぇなって思ってた。

そこでお調子者の俺がいきなりナツキちゃんに絡みに行ったら周りも本人もビックリするからできねぇし。


そっか。考えたらサエキが今は同じ委員会で、ナツキちゃんと話す機会あんじゃん。

でもそれって……。


「それで俺、ホントについてったらマジでサエキの金魚のフンじゃね?」

「……イケてるほう選べばいーじゃん」

「……マジ緊張すんだけど」

「俺もだったよ」


恥ずかしさのあまり頭を抱えだした俺に、サエキは照れたように言った。

いつもと違う表情に、おっ、となりつつもサエキの話を少しだけ聞きたかったから黙った。


「ヒトミを初めて見かけてから、初めて話しかけた時、かつてないほど緊張したわ。」

「どこで話しかけたんだよ」

「秘密」

「言えよ」

「……傘、貸したんだよ。俺のじゃねぇけど」

「お前サイテーだな」

「しょうがねぇだろ。ちょうど3組の子にお前の事聞かれたときの委員会の後で、帰りに雨が急に降ってきたんだよ。そしたらアイツも下駄箱にちょうどいて、傘ないっぽかったからいつも置き去りにされてる『ご自由傘』を拝借したんだわ」


……なんか、カッコいいマンのサエキが、しかも借りパクで傘貸すとかホント考えられなかった。

けど、その場はそうしてでもヒトミちゃんと接点を持ちたかったらしい。


大人しく聞いていると、照れたような表情からふと、色が消えた。

それから、自分の中で何か考えるようにして続けた。


「……そんとき話しかけてなかったら、たぶん俺、ヒトミと付き合えてないと思う。学校内で、あの子可愛いなって見かけるだけで終わったと思うし、もし違う子から告られれば、こんなもんなんかなって思いながらとりあえず付き合ってたと思うし。……でも、本当はそうじゃねぇなって今は思うから、好きならチャンスの時に自分で動かないとやっぱダメだと思う」


「……お前サラっと言ったけど、好きな子がダメならそれ以外の女子から告られる高校ライフ、俺送れないと思う……」

「お前聞けっての。……で、俺についてくんの?それともお前が自分で行くの?」


サエキからそれを言われた瞬間。俺は足が止まった。


……もう、そんなの決まってんじゃねぇかよ。


「ダサくねぇほうに決まってんだろ。モテねぇからってナメんなよ」


「やっぱお前、自慢の友達だわ」


肚を決めた俺に、サエキは待ってたというような表情で笑って称えてくれた。



「頑張れよ」


「かっこつけに行ってくるわ」


足元の小石が音を立てる。大股で歩き出した俺はサエキを抜かす時に肩を叩く。すると応援するみたいに肩を叩き返された。

煽り方までカッコイイ親友のことが誇らしい以上に、俺も負けてらんねぇなって思って彼女の待つとこへと駆けだした。




(  アイツ、本当は隠れ人気なのマジで気付いてねぇんだな。  )

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