scene20*「ご飯 」
姉ちゃんの言う「かっこいい彼氏」なんて、贔屓目だろうと思ってた。
だって俺ら家族の顔なんて全員凡人もいいとこだし、ただの惚気だろうとあきれていた。
でも、うち来たのはまぎれもなく「王子」で、玄関を開けた瞬間、思わず再び閉めてしまったのだった。
【20:ご飯 】
それは一週間前の金曜日の夕ご飯の時だった。
「ねぇお父さん。来週の土曜って家にいる?」
おもむろに姉ちゃんが夕食の肉じゃがをほおばりつつ言った。父ちゃんも同じく肉じゃがをほおばりながら
「空いてるよ。なに、どっか遊びに行くか?」と嬉しそうに答えた。
我が家は両親と兄ちゃんと姉ちゃんと俺の5人家族。
男兄弟の中の紅一点だから、父ちゃんは姉ちゃんのことをことさら可愛がっている。
かといって顔立ちが可愛いというわけでもなく、家族全員並みの顔だから、姉ちゃんを可愛がる父ちゃんの気持ちは俺には分からん。だけど、男兄弟の中での女の子一人は、父親からしたらものすごく可愛いらしい。
姉ちゃんはどこかへ遊びに行きたいと言ったわけでもないのに、父ちゃんはすっかり「一緒に遊びに行ける!」という気持ちがダダ漏れなくらいウキウキしていた。
しかし、そこで姉ちゃんの放った一言は父ちゃんだけでなく、兄ちゃんにも俺にも衝撃的だった。
「いや、彼氏連れてきたいから会ってもらおうと思って。じゃ、土曜日家にいるんなら連れてくるね。」
「「「え――――――――!!!???」」」
父ちゃんと兄ちゃんと俺は夕食どころじゃなくなり、箸と茶碗を下へ置いて姉ちゃんを注目するしかなかった。かたや姉ちゃんは、言ってスッキリしたのか涼しい顔して味噌汁を飲む。
母ちゃんも薄々知っていたのか気付いていたのか、妙に納得した顔で漬物をポリポリ食べていた。
「え、ルリ、お前彼氏いたのか……?」
大学生のヒカル兄ちゃんは目をまるくして姉ちゃんに聞いた。兄ちゃんも姉ちゃんと仲が良いから小さい父ちゃんみたいなもんだ。
「うん。付き合って半年くらいたつからもういいかなって」
「半年!?」
今度は俺が素っ頓狂な声をあげた。父ちゃんの顔は可哀想で見れない。
姉ちゃんはご飯をすっかり食べ終わり、この微妙な空気に気恥かしくなったのか自分の食器を片づけながら
「言っておくけど、顔だけはムダにカッコいい人だから、そこだけビックリしないでね」
「しかもイケメンかよ!」
「やったわね、ルリ!」
俺と兄ちゃんのツッコミと同時に母ちゃんが「イケメン」キーワードに目をキラキラさせながら言った。
「……姉ちゃん、恋愛フィルターかかってるからってイケメンとか言うのやめろよ…。分かってる。俺分かってるから」
「いや、ほんとに。フィルターとかないし。無駄にイケメンだから。でも真面目で良い人だよ。ゲーム好きだから多分お兄ちゃんとか話合うと思う」
「まじか!でかしたぞルリ!」
「じゃあ美味しいケーキ買ってこなくちゃ!カシワギのフルーツパイの季節だし!でも青海屋さんのカステラも美味しいし松露も捨てがたいわぁ……」
「多分センパイ、おもたせにケーキ持ってくるかもしれないから、家で用意するなら青海屋さんのがいいかも。今度帰りに私買ってくるよ」
「しかもセンパイとな!」
「あらー、楽しみだわぁ♪」
俺は、きゃいきゃい楽しそうに話をしている母ちゃんや兄ちゃんを尻目に、さっきから無言を貫いている父ちゃんをちらりと見た。
そこには……
仏のような何とも言えない表情をした父ちゃんがいた。
あ、多分これショック過ぎて俺たちの会話が頭に入ってきてないなって、俺は静かに察したのだった。
「じゃ、そゆことだからよろしくね。多分人がいるほうがセンパイも緊張しないと思うし。……それに、顔カッコいいの自分で気にしてコンプレックスにしてるっていうバカみたいな人だから、普通に接してくれると嬉しい」
なんだそのクソみたいな悩みは……。
「イケメンも大変なのねぇ。お母さんの学生時代の友達も、すごく可愛い子いたんだけど変なのしか寄ってこないって付け回されたり地味に苦労してたから、顔が綺麗な人も大変なんだなぁって思った事あったわよ~。まぁ私にはホント無縁な話だからポーッとしながら聞いてたけどね!」
母ちゃんのテンション、やばい。つーか隣で箸も表情も止まった父ちゃんの事気にかけてあげて!可哀想すぎるから!
「先輩にも言っておくね。じゃ、部屋行くわ」
言うだけ言ってそそくさと部屋に行く姉ちゃんの後ろ姿を見送り……何とも静まり返った食卓。
兄ちゃんも父ちゃんの様子に気がついてたのか、「そういうことだって。父ちゃん、大丈夫?」と伺うと、父ちゃんはまたしても仏のような表情で「家、掃除しないとなぁ」と頷いた。本当に大丈夫か……。
そんなこんなで、本当にあっという間に一週間が過ぎてしまった。
その日は朝からすごく天気が良くて、実際もうすぐ訪れる春を早めに連れてきてしまったような陽気だった。
家を掃除しなきゃなと言ってたけど、結局は当日の朝から始めて慌ただしいことこのうえない。父ちゃんは穏やかに過ごしつつも、ソワソワしてるのが明らかで、昼飯もこぼしたりしていて本当に落ち着かなかった。
来るのは2時くらいというのを聞いた母ちゃんは「せっかくだからお夕飯も一緒に!」と、煮込み料理を作る気満々で早めに準備をしている。……俺だったらすげー気を遣うの分かるから、挨拶してお茶してソッコー帰ってきたいわ~なんて思いながら、ただよってくる良い匂いに夕飯がちょっと楽しみになってしまっていた。
姉ちゃんは昨日の夜に青海屋で「どっちも食べなくても、家族のお茶菓子にしちゃえばいいから」と、カステラと松露の両方を結局買ってきた。多分彼氏に食べさせてあげたいというより、自分の好物だから買ってきたのが丸わかりだ。
姉ちゃんは小さいころからクラスでも顔も性格もパッとしないし、男兄弟の中で育ってるわりには男友達とかいないみたいで、あんまり女らしくないしゲームだってやるし、マンガとかコミケみたいなのにも行くただのオタクだ。
弟の目から見ても魅力的なのか全くもって分からないけど、それでイケメンの彼氏ができるってなんだよ。遊ばれてんじゃねーのか?
ちょっと不安になって、部屋で課題レポート書いてる兄ちゃんのとこに行き、それとなく聞いてみることにした。
部屋に入ると兄ちゃんは、資料広げながらパソコンにむかって課題に取り組んでいた。
俺が入ってきたのが分かると「どした?お前もソワソワしてんな~」と笑いながら手を止めてこっちを振り向いたので、どうやら課題の邪魔ではなさそうだ。
俺はベッドに腰をかけて壁にかかってる時計を見る。姉ちゃんが心の準備と称して、駅まで早めに彼氏を迎えに行ってからちょっと経つ。だけどもうあと30分後くらいには家にきてしまうのか……と思うとやっぱりソワソワしてしまう。
「兄ちゃんはカノジョいんの?」
こんな恋愛の話とか、普段ぜってー話さねーのに俺はどうしたんだ。
ちょっと照れくさくなって、足元に無造作に置いてあるマンガを広げる。すると兄ちゃんは笑いながら「バイトとかすればカノジョできるかも!とか思ってたけど全然そんなことねーぞ。高校の時はいたけど、大学入ったら友達とかサークルのが楽しすぎて縁なんかねーぞ」とリアルな事を言った。
「でも、ルリが彼氏連れてくるとか……いや、俺でもビックリだわ。だってアイツそういうのとは無縁そうだし」
「そう、それな。こう、兄弟の恋愛とか見るとなんかコレジャナイ感すんの何でだろな」
「まぁルリは女の子だし、俺ら兄弟の中でも一番早く相手連れてくるんだろうなとは思ってたけど。それにしてもイケメンって、俺そっちのが気になるわ」
「しかも半年くらいたつって、前々わかんなかった……」
「でも言われてみると、半年くらい前からメガネやめてコンタクトにしたり、ちょっと化粧もしてるときあったし……」
「まじで!?前々気付かなかった!!……まさか……姉ちゃん、騙されてたりとかないよな……」
俺が思ってたことを口にすると、兄ちゃんは一瞬真顔になって……盛大に笑ったのだった。
あんまりにもバカ笑いだから、俺は自分の発言のスベリ感を妙に感じてしまい、恥ずかしさに焦りながら付け加えた。
「だって、姉ちゃんすげー凡人感すんじゃん!俺らの兄弟なわけだし!心配じゃねぇ?っていうか何でそんなに笑ってんだよ!」
俺が言えば言うほど兄ちゃんは愉快になってきたのか、涙まで出ててヒーヒー言ってる。
心配になんの、そんなにおかしいことかよ!そりゃー大学2年の兄ちゃんからしたら中2の俺なんてガキだろうし…でも2個上の姉ちゃんは年が近いから妙に姉ちゃん感ないし、心配なのだ。
そう思ってると、バカ笑いして一通り落ち着いた兄ちゃんはこう言ったのだった。
「いや、俺もお前もたいがいシスコンだなって思って。というか父ちゃんも含めるとルリコンか」
シスコン!?俺が!!??
「いや、それは勘弁してくれよ!ちげーし!」
「焦るのは図星図星!お前も小さいころからルリにべったりくっついて遊んでたからなぁ」
「それは兄ちゃんだってそうじゃねーかよ!」
「そうなんだよ」
「は?」
意外な答えにまた俺は拍子抜けする。
うちの兄弟の中でも、俺は結構せっかちで色々気にしぃで、姉ちゃんはポーッとしてるところもあるけど追いつめられると頑固というか…窮鼠猫噛みのタイプ。
兄ちゃんが一番おっとり飄々としていて意外な返しをしてくる。つまりこの三人の性格はゲームしてるとモロに分かるわけで……俺は絶対に兄ちゃんの繰り出す手に勝てないのだ。昔から。
「兄弟だからかもしんないけど、ルリって真ん中っ子だからバランスがいいのかわかんないけど、妙に居心地がいいんだよなぁ。……だから、俺もルリのこと可愛い妹だし、もちろんお前の事も可愛いし。実は兄弟みんな仲良いってこと、俺大学の友達に結構自慢してんだわ」
「そんな恥ずかしい事言うなし!」
「あっはっはっは。いや、恥ずかしいかもだけど、でもそれ友達に言うとみんな羨ましい顔してくんだよなぁ」
……兄ちゃんにそんな面があったとは…やはり食えない。そう思ってると「でもな」と付け加えた。
「シスコンになっちゃうくらいのルリの良さを、兄弟の俺ら以外にもし見つけてくれてる奴だったら、それもゲーム好きらしいから俺は会うの楽しみだなって思ってる」
……結局シスコンのオチで終わるってことかよ。
「そうこうしてるうちに、もうすぐ来るんじゃねーのか?お前玄関で待っとけよ」
「は?やだよ。何でだよ」
「父ちゃんアレだし、母ちゃんも準備するのに忙しいだろうし、俺は課題ちょっとやってから下に顔出すから。な、だからお前しか暇なのいねぇから」
「俺が迎えるより姉ちゃんが勝手に連れてくんだからいーだろ」
「それはねぇよ。インターホン押させる洗礼をさせて、緊張に耐えるイケメンを見てみたいってルリ言ってたから」
「マジかよ。姉ちゃんねぇわ、それ」
「ルリうけるよな」
たしかに時計を見るともう時間だ。どっちにしろ、下に行って父ちゃんの様子も気になるしと思い、部屋から出て階段を降りた。するとタイミング良くインターホンが鳴り、その音に俺のほうが緊張して飛び上がりそうになった。
き、来たか……!
イケメンだから。その言葉が浮かんだ。イケメンと言っても絶対に姉ちゃんの贔屓目だ。どうせ大したことはない、普通に決まってる。そう思ったら、どうせなら俺が一番にその顔を見てやる!という気持ちになって俺は玄関のドアを開けた。
開けると……まず左に並ぶ姉ちゃんが見えて……俺の正面にいたのはまぎれもないイケメンだった。ガチで。
目が合い、一瞬の間。その瞬間、俺はつい、ドアを閉めてしまった。
え???ふつーにイケメンなんですけど。なにあれ。背も高いしモデルみたいにカッコいい。なにあれ。あれで一般人なの?は?
俺がドアを閉めたまま混乱してると、玄関向こうで声が聞こえた。
「なんか閉められたんだけど!これってやっぱ門前払いってやつ!!??ほんとに俺来て大丈夫だった!?」
「いや、多分センパイがイケメンだったから本当にビックリしたんだと思う。今のは中2の弟のアオイね」
「そんなアホみてーな理由あるかよ!ルリ、俺が来んのホントに話してくれた!?」
「一週間前にも話しましたってば。ちゃんとイケメンだから驚かないでねって言ったし」
「何その情報!いらなくね!?」
「だって、ウチの家族フツーだし、何も言わずにセンパイ連れてったら『イケメンに私が騙されてるかもしれない図』に本当になりそうなんだもん。心配されて終わると思って」
「うぐ……たしかに今までも「顔だけだろ」的に済ませられることあったから……。俺だってこの顔なんだからしょうがねぇじゃん……」
「あはははは。大丈夫ですよ。顔良いほうが将来社会的に出世しやすいとか聞きますよ?」
「こう、顔だけとか言われると中身カラッポとか思われてきたけど、いや、そうなのかもしんねぇけど門前払いはさすがにくらったことねぇ……」
「あははははは!センパイほんとこじらせイケメンっすね。超ウケる」
「マジそこ笑うとこじゃねーから!やばい、深呼吸するわ」
「さっきから深呼吸しすぎ!うちホントに深呼吸する程度の家じゃないですからね」
「いや、うちマンションだし一軒家にくる時点でビビってるから。」
そのやりとりを……結局玄関付近に集まってきた家族全員が聞いていたとは、さすがに姉ちゃんたちも思ってないだろう。後ろを見ると楽しそうに目を輝かせる母ちゃんと、ニヤニヤ面白そうに階段途中から様子をのぞいてる兄ちゃん。
父ちゃんはリビングから顔を出して……なんだかホッとしたような嬉しそうな何とも言えない表情をしていた。
それを見た瞬間、俺は唇に人差し指を当てて、シッ!シッ!と追い払った。これで出迎えたら、さすがの姉ちゃんも緊張して気恥かしくなるだろうと思ったからだ。
それを合図にみんな納得しながらも、嬉しそうな背中でそれぞれいたところへ戻る。きっと何にもないような演技をはじめるんだろうなぁと思った。
それと同時に、姉ちゃんって俺ら家族みんなに愛されてんなぁとも。さすがは一人娘か。
俺がドアを再び開けたら、緊張して向かい合って深呼吸し合う2人がいた。
再び突然開いたドアに、飛び上がりながら驚くカレシ。
……なんか、さっきのやりとりも聞いてて思ったけど『無駄にイケメン』と姉ちゃんが言ったのが分かった気がする。
「こんちは。弟のアオイっす。……中でみんな待ってるからドウゾ」
「は、はじめまして!お姉さんのルリさんと付き合わせてもらってる、タカムラ ヒロムと言います。よろしくお願いします」
見た目もイケメンなら名前も何となくイケメンかよ!背も高くてスタイルいいしシンプルだけどオシャレだし、肌もなんかきめ細かくて、ワックスで髪ちゃんとしてるけどサラサラなんだろうなって分かるし、目鼻立ちのパーツが少女漫画に出てくるイケメンそのものだった。こう……王子がいる的な……。オーラ華やか過ぎんだろ。
それと隣に並ぶ姉ちゃん……こりゃー前もってイケメンって言われないと、騙されてんじゃないの感するし、なにしろホントびっくりする。
「お父さんたちリビング?」
姉ちゃんが聞いて俺は頷く。イケメンをよそに姉ちゃんは先にリビングに向かってしまった。俺はヒロムさんが玄関で靴を脱ぐのを待ってて、階段上をチラッと見たら……部屋で課題やってるんじゃねーのかよ。兄ちゃんがヒロムさんのイケメンぶりを見て、口を開けていた。分かるわ。なるわそれ。
「……あの、ヒロムさん」
「ん?」
見上げられながら振り向かれる。……これは、うん。かっこいいです。この人やっぱりかっこいいです。俺が今まで会った友達やセンパイの中でダントツなイケメンです。
さっきの玄関のやり取り聞いて人柄が何となく分かってはいたけど、やっぱり気になっている事を聞いてしまった。
「あの……ねーちゃん、超フツーじゃないっすか。ほんとに、彼女……なんすよね?」
すげー失礼な事言ってる弟なの分かってるけど、でもまだ中2だし、ガキだし許されそうだからストレートに聞いてしまおうと思った。
「女らしくないし、その、ヒロムさんかっこいいのに何で姉ちゃんかなって」
「それここで?!」
「いや、だって気になるし!」
「……やっぱ、兄弟だね。似てる」
「え?」
「なんか、会話のテンポとか似てるなぁって。俺、アオイくんと仲良くなれそうな気がしてきた」
見つめられた目は、何か嬉しそうにキラキラしている。……これは…正面で見るのがいたたまれなくなり、つい逸らしてしまった。ヒロムさんは俺のそんな態度を見ても気にせずに、何か嬉しそうな口調でこっそりと教えてくれた。
「面白いところと、優しいところと、なんか可愛いところと、ゲーム好きなところと……あと手紙の字がすごく綺麗なところ」
そんなの、他の女子でもたくさんありそうなとこなのに。たしかに字は書道ずっとやってるから上手いけど。
「あとは……この顔でもちゃんと好きになってくれたから」
「え?」
最後の答えの意味が良く分からなくって思わずポカンとしてしまった。立ち上がったヒロムさんが俺を見ながらニコニコと王子様みたいに笑う。
「今の、お姉さんには内緒な。アオイ君もゲーム好きって聞いたから、一緒に遊んでよ」
サラっと言ったそれに……こりゃ女子は無条件で落ちるな。と同時に、それを独り占めできてる姉ちゃんが本当にますます謎になった。
「2人とも遅いよ!こっちきなよー!あとお兄ちゃんも降りてきて!センパイ、パティスリー・キャリーノで美味しいケーキお土産にしてくれたんだから!」
「えー!!キャリーノまでわざわざ!!良い紅茶買ってきてよかったわ!」
リビングから母ちゃんの嬉しそうな悲鳴が聞こえてきて、階段をおりてきた兄ちゃんと、ヒロムさんと、3人で笑ってしまった。
「ルリの兄のヒカルです」
「はじめまして。ヒロムです。ゲームめちゃくちゃ強いってルリさんから聞いてます」
「あとでPS版のジントリやろうよ」
「あれ、自分めちゃくちゃ弱いんでヤです」
「じゃ、決定だな!」
兄ちゃんはすっかりヒロムさんを気にいってしまって2人してさっさとリビングに入った。
ヒロムさんを見た母ちゃんが華やいだ声で「あら!」、父ちゃんが「あっ…ほんとだ……。」と呟く声が聞こえた。
取り残された俺は、ヒロムさんの最後の答え、なんなんだろう。
そりゃー、あれだけかっこよければ姉ちゃんじゃなくても惚れるだろうに。そんなことをぼんやり考えていたところで、リビングから姉ちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
リビングに入ると、娘の初の彼氏の訪問に、父ちゃんは何故か名刺を渡していた。
緊張しすぎかよ。そしてそれを用意していたのかと想像したら何か面白かった。母ちゃんがキッチンで良い紅茶をいれているのか、花が咲いてるような良い香りがする。
ヒロムさんは緊張したように、さっき俺に言った姉ちゃんの好きなところを父ちゃんに説明?し、イケメンが怪しまれないように必死に説得してるみたいでちょっと面白かったけど、父ちゃんは「字が綺麗なところ」と聞いた瞬間とても嬉しかったのか一気にそれでニコニコなった。
そういえば、さっきの玄関前での飾らないやりとりもシッカリ聞いてたんだよな。もう、他に説明しなくてもこの人は見かけだけじゃなくて、中身も安心できそうなカッコいい人だと俺は既に思っていた。
……でも、あれ?何か足りないぞ。さっき俺に言った最後の一個。
「ヒロムさん、さっきの……」と、俺が言いかけてヒロムさんが振り向く。
だけど、ヒロムさんは「何のこと?」と言うような笑顔で分からないように目配せして……子供な俺はようやくそれで理解した。
さっきの最後の部分は、男同士の秘密だ。
……飄々としながら面倒見の良い兄弟大好き兄ちゃんと、ポーっとしながら芯の強い姉ちゃんに加えて、何ともカッコいい兄が増えたのかもしれないと思ったら、自分がものすごく贅沢なんじゃないかと思った。
「ヒロムさん、今日もし良かったら夕ご飯も食べてってよ!母ちゃんの煮込み料理美味いから!あと父ちゃんとか姉ちゃんとかいいから一緒にゲームしよ!」
俺は思い切って言うと、家族みんな目を丸くさせて、でも母ちゃんの目は『グッジョブ!』というものに変わった。
「ちょっとアオイ!私とお父さんはいいってどういう意味よ!」
「お父さんだってゲームやるからな!」
「「「いや、お父さんゲームできないじゃん」」」
「デビューするから!」
「……ふっ……」
父ちゃんと俺ら3人きょうだいのハモリに一番に噴き出したのは……ヒロムさんだった。
それでみんな、クスクス…ブハッ…あはははは!と笑い出す。
みんなで大笑いしながら、ゲームもだけど今日の夕飯を既に待ちきれなくなりそうな俺なのだった。
( 俺にだけ教えてくれた最後の答えの意味を知るのは、もうちょっと大人になってから。 )
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