scene10*「お祭り」
1年に1回しか訪れないビッグイベント。
文化祭実行委員になったのは、実は下心。
なのにさ、苦い思い出になるなんて。
【10:お祭り 】
今時キャンプファイヤーだって。ダッサ。
あたしは教室の窓から頬杖ついて、感動のフィナーレとやらをぼーっと眺めていた。
10月初めとなると、風はもう冷たくって、指先が冷たいのを感じては息を吹きかけ温めた。
みんな楽しそうで、花火やったり好き勝手やってる。当然あたしの意中の人も、楽しそうに笑っていた。心が痛い。
なんだよ。フリーじゃなかったじゃん。
いたんじゃん、「カノジョ」 。
しかも他校だって。笑っちゃう。
文化祭実行委員のあたしは新学期に入るなり、バタバタと学校中を走り回って忙しかったもんだ。
たくさんの企画やそれを実行するために抜かりなく計画書を作成したり、ステージ案やらテーマ投票、各部活やクラスの催し物のチェックに、食品衛生からお声がかかれば一緒に立ち会ったりして、先生や地域の人に交渉したりで、まさに大忙しだった。
文化祭実行委員は2年目で今年は副委員長。
だから任務だって結構重大。忙しいのって、たしかに大変なんだけど、遅くにまで残って仕事したり、帰りにみんなでファミレスで食べたりすんのは、結構楽しかったりする。
何よりも、生徒会のメンバーとも仲良くなれるのが嬉しかった。
そう、1つ上の生徒会長のフジカワ先輩が好きなのだ。
穏やかで、優しくて、頭もよくて、良い人っぽいオーラがいい。
仕事もテキパキこなすし、笑顔だって爽やかだし、今流行のメガネ男子だし。
友達には「なんか地味って感じだよねぇ」と突っ込まれるけど、気にしない。良いものは良い。好きなものは好きなんだから。
どんなに忙しくても張り切れたんだ。先輩が笑いかけてくれる度に。
どんなにムカついても頑張れたんだ。先輩と過ごせる最後の文化祭。
告白して、カノジョになれたらって思ってた。
ガラッ。
後ろでドアの音がして振り返れば、文化祭実行委員長のマキハラ先輩がいた。
フジカワ先輩とは、全然正反対って感じの体育会系。今日だって頭にタオルなんか巻いちゃってるし、現場監督気取りかよって話。
マキハラ先輩は私のため息に気付かずに、能天気に笑いながら歩いてきた。
「おつかれっ!いやぁ~校庭からちょっと見えたから」
「……そーすか」
「キャンプファイヤー、どーよっ!!」
「……あー……、やっぱ先輩のアイデアだったんすか……」
「最後くらいはド派手にやりたくってさぁ!夢が叶った叶った!」
椅子を持ってきて隣に座った先輩。はいよ、と渡されたファンタのグレープ。親切にもプルタブは開けてあって、あたしは、ぐびっと自棄酒するみたいに飲んだ。
春寒、舌と咽喉がビリビリして、頭にいきわたる酸素がグッと止まったみたいだ。
「おー。カラスマちゃん、いー飲みっぷりじゃん」
「……先輩とは最後のお祭りでしたからね」
「嬉しいこと言ってくれんじゃーん」
「先輩じゃない」
「え?」
あたしは缶を窓際に置いて、突っ伏した。そして独り言みたいにしてぽつりぽつり続けた。
「……ヨリ戻したなんて、聞いてないっつーの」
「しかもさ、1年前に別れたカノジョなんて、ありえない」
「なんでっ……今更出てくんの」
「受験生の癖にさ」
「マジ、ない し ……」
最後まで言い終えると、堪えきれず、ぽたっと涙がこぼれた。
ホントだったら、告白してた。今頃楽しい夜になるはずだった。
だって、あんなに先輩優しくしてくれたし、絶対に仲だって超良かったはずなのに。
絶対に脈ありだと思ったのに。
けどさ、告る前にカノジョとヨリ戻してたんじゃ、駄目じゃん。ぜつぼーてき。
……なんで出てくんの。なんで今更ヨリ戻してるわけ?
だって一回ダメになったんだから、上手くいくわけないじゃん。
あたしなんて2年間も、先輩に片思いしてたんだから。ふざけんなよ。
「そのカノジョって美人だったん?」
「ちょーブスに決まってんじゃん!」
涙がボロボロこぼれる。
嘘。ホントは可愛い人だった。今日の文化祭にきて見かけたのだ。
あたしとは正反対ですごく可愛らしい女の子だった。でも、それ認めちゃったらムカつくじゃん。腹立つじゃん。
嫉妬するしかできないあたしはもっと汚い。だけど、
「こうでも、思わっ……ない、と もうっ……」
たまらず、しゃくりあげた。
もう先輩なんか見たくない。近づきたくもない。打ち上げなんかも参加しない。
泣き続けるあたしとは正反対に、燃え盛るキャンプファイヤーの火。はしゃぐみんなの声。
大嫌いだ、先輩も、あの女も。ムカつくムカつくムカつく!!!!!!
「そー思わないと、やってらんねぇよな」
あたしが憎らしい気持ちでいっぱいになった時、隣で座っていた先輩が、ふと言った。
「失恋したてってさ、綺麗に人を思うこと、できねーと思う」
「好きな相手を恨んだり憎んだりしたくしてるわけじゃねーけど、そんな綺麗事って言ってらんねーよな。ムカつく気持ちとか、やめろってオレも言えねーもん」
「本気で好きなら奪ったりとか、たとえそれが出来なくても、往生際悪くなって当たり前だって。逆に振られたてですぐ素直に綺麗に思える方が、気持ち悪りーよ。完璧すぎて。神様かよって」
先輩は、いつになくマジメな顔で、そう諭すように言った。
いつもおちゃらけてる先輩がキャンプファイヤーのオレンジの光で照らされて、影とのコントラストがやけに大人っぽく見えてしまって、あたしは思わず息を飲んだ。
「ムカつくとか出すだけ出してスッキリして、そうすれば相手の事も過去として、ちょっとは良く思えたりするんじゃねーのって思う。憎いっていうのは、たしかに強い気持ちだけど、それが本気になるのなんて一握りで、しかも一時だけなんじゃねーかって思うし」
これってもしかしなくても、励ましてくれてる…?
無理に綺麗に思えなくていいんだよって、まるで許されたような気持ちになる。
あたしは先輩の顔を見た。
すると、先輩はあたしのほうを見て、ちょっと困ったように笑って言った。
「オレも、カラスマみたいな事、去年にあったからさ。そーゆー気持ち、なんとなく分かるんだわ。まー、オレの場合は、カノジョと付き合ってから元カレが出てきて戻っちゃったーっつー情けない話なんだけど!しかも奪い返そうとか思うも、失敗に終わったしなぁ~」
さっきまで真剣な表情してたくせに、いつもみたいにへらっと笑った先輩。すんっ、と鼻水を吸い込んだら、先輩にティッシュを渡された。
イマドキ、子供サイズのちっちゃいポケットティッシュで、小学生くらいに流行りの可愛い動物のプリントがしてある…。
「……これ、やたらファンシーなんですけど……」
「いーから、かめよ。涙止まるから。ホラ」
そう言った先輩はティッシュを2枚くらい出して、私の鼻頭をとっちゃうぐらいに強くつまんだ。
「痛いーっ!うーーーーっ!!」
「ホラ、ちーんして!」
ずびびびびびーーーーーーーーーーーーっと、恥ずかしくも良い音が鳴った。しかし、先輩の言ってたとおりに涙は本当に止まった。ほらな、と笑う先輩。汚い、なんて一言も言わない。
「……先輩っておにーちゃんなの?」
「10歳年下の妹がいる」
「まじで!?」
「うん。髪の毛も毎朝結んでやるし」
「両親頑張りマスね……」
「それを言うな」
「すんません」
そうか、きっとこのティッシュは妹さんのもの持ってきたのか。どおりで可愛いわけだ。
あたしの涙はすっかり止まって、睫だけが濡れている。先輩から貰ったファンタはもう温くなっていて、キャンプファイヤーも終盤だ。
校庭にいるセンパイを見るとやっぱり少しだけ胸は痛んだけれど、私は単純なのかさっきまでのとてつもない憎らしさはちょっと軽くなっているように思えた。
「マキハラ先輩、ありがとうございました」
「お前がかしこまって敬語使うのってキモい~」
「茶化さないで下さいよ!!てか何気にちゃんと使ってるし!!」
「ははははは。ジョーダンだって!」
「てか高校最後のお祭りなのに、あたしなんかといていいんですか?」
「なんで?」
「だって……普通は好きな人んとこに行ったりするじゃないすか。とくに3年生は伝統というか、告白のチャンスだし」
そう言うと、先輩は噴き出して、ポンとあたしの頭を撫でた。
「そーゆーの、お前は気にしなくていーの!」
あたしが先輩と接してきた2年間で、一番良い笑顔だと思った。
考えたら、去年の文化祭実行委員の時に知り合って、文化祭終わってもずっと仲良くしてくれて…今年の文化祭実行委員だってフジカワ先輩がいるだけじゃなく、マキハラ先輩が一番に私に声をかけて誘ってくれたからまた頑張ってみようかなって思ったのだ。
「先輩」
「なんだ?」
「これからも、仲良くしてくださいね」
「…今日のカラスマはホント面白いよな」
「もうっ!!」
「俺、カラスマちゃんのこと気に入ってるからさ、最後一緒に過ごせて、フツーに良かったと思ってるし。」
「え??!」
「はい、じゃ、そろそろ文化祭終わらせよーか。キャンプファイヤーに教頭もハラハラしてるみたいだし。行くぞ、放送席に」
勝手に席を立って、話を誤魔化した。先輩はいつもこうだ。おちゃらけてて、不真面目そーで。
「ほら!早く行くぞ!」
だけど、
しっかり人の面倒は見てくれてんだよね。
「先輩、缶置きっぱにしない!」
「わりーわりー!」
へらっと笑うこの先輩が、もしも恋やそれ以外の時に落ち込んだ時は、今度はあたしが力になりたいと強く思った。
ついさっきまでは絶望的って思ってた癖に、もう笑顔になってるなんてだいぶ調子の良い性格かもしれないけど、先輩が笑わせてくれたんだから調子よくたっていいって思い直したあたしは先輩の後を追いかけた。
( 泣いたカラスがもう笑った。 )
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