scene9*「家族」


「家族はいいぞぉ~!!子供可愛いのなんの!」


デレッデレに鼻の下を伸ばしながら、十年来の親友が盛大に惚気るんだから、本当なんだろう。




【9:家族 】



その日、ちょうど退社する頃にメールがきた。高校時代の親友から飲みの誘いだった。


ソイツから連絡がくるのはいつぶりだ?半年ぶりくらいかもだけど、実際会うとなると結婚式の時以来だから……1年ぶり近くになるだろうか。

そう考えて内容をよく読むと、どうやらこれからのお誘いらしい。


おいおい、新婚だけど大丈夫なのかよ。


時間は夜の7時チョイ過ぎで、奴もちょうど上がったばかりのようだ。


時計と相談してみたところで今日はとくに何の予定もないしすぐ家に帰るだけだ。

誰かが家で待ってるわけでもないので、お互いの帰りに不便がなさそうな間の駅で待ち合わせすることになった。





「おー!元気してたか?」

「そっちこそ。相変わらずそうだな」

「おかげさまでな」


薬指に光る指輪。

なんだ、ホントこいつって見た目と違ってちゃんとしてるよなぁと感心してしまう。

そして相変わらずイケメンだなと思う。


コイツとは高校からの付き合いで、社会人になってからも何かの折に連絡を取り合ったり飲んだりしてる。


高校の時はモテるのに何だか常につまんなさそうにして不機嫌だったコイツだが……それが恋した途端に人が変わったように熱い男になっちゃったもんだから、ホント人間分からないもんだ。




待ち合わせの駅はオフィス街のイメージがあったが飲み屋街も近くにあって、とにかくサラリーマンには都合のいい場所だった。


どこにしようかと話してたところ、ビールもいいけどたまにはサッパリと日本酒も良いよなってことで、奴が最近見つけたイイ感じの居酒屋が近くにあるらしくそこにすることになった。

駅からほど近い、チェーンの居酒屋や定食屋と並んで見えたのは、白い暖簾のかかった一見蕎麦屋のような古い木造の店だった。


ずいぶん渋いところ見つけたなと思ったけど、ここなら美味い日本酒にありつけそうだと感じ飲むのが楽しみになってきた。



店に入ると結構賑わっていて、若い店員の子が座敷席に案内してくれた。

出されたおしぼりがちょうどひんやり気持ちよくて、もうちょっとしたら本格的な暑さの夏がくるんだなと思う。


「お前、とりあえず一杯目は生でいいか?」

「うん。じゃ、ここ生中2つー!」

ネクタイを寛いで頼むと、大将の威勢のいい声と奥さんの伸びやかな優しい声と、店員の子の元気な声の3つが揃って聞こえてきて何となく雰囲気の良い店だなと思った。




「でさー!ほんと生まれてから可愛いのなんの!!俺そこまで子供にデレデレしないかと思ってたけど、全然そんなことなかった。子供可愛すぎ。マジ天使」


ビールで乾杯しハイボールを飲み、今は冷酒という完全にちゃんぽんな俺らだけど、奴のほうが俺より酒に強くないからかベロッベロだ。


会うのが久々だからか、男のくせに積もる話は結構あって……ってほとんど仕事とか人間関係とかスポーツとかゲームの話だけど、その話が尽きて酔ってきた頃に流れで家族の話になったのだった。



「こんなに酔っぱらって嫁さん怒んないのかよ?」

「今日は大丈夫!帰ってもいないから!」

「は??!!お前大丈夫なの!?」

「いや、子供連れて実家に泊まるって連絡きてさ。しかも夕方に。用事で昼間実家に行ってたらしいんだけど、むこうの父ちゃん……じぃじがメロメロで今日は泊まってけー!とあの手この手で引きとめられたらしい」

「なるほど……安心したわ」

「まぁ、最近里帰りから帰ってきたのもあって、逆に向こうのお義父さんのが孫会いたさに寂しがっちゃってるみたい。でも、実家にいればあいつも育児しながら、俺の飯作って遅くまで待ったりとかしなくていいから、たまにはゆっくりさせてやんねーとな」

「……お前、いい男だな。相変わらず」

「でもさぁ……」

「?」

「息子に会えないのホント辛い!メロメロになるの娘かと思ってたけど、嘘だから!息子でもメロメロになるから!帰ってきて息子のほっぺ拝めないの寂しすぎるし、嫁がいないと思うと嫁に会いたすぎる……」

「……オレに惚気てどうすんだ。相変わらずだなほんと。ならお前も嫁ちゃんの実家いっちまえよ」

「そしたらお義父さんがオレに気遣っちゃうだろ!男同士、子供の前でデレデレすんの見せないようにしてんだから!」

「……お前ホントさっきから平和なことしか言ってねぇな……」

「ホント、家族はいいぞぉ~!子供可愛いのなんの!!」

「さっきも聞いたわ」



ほーんと、幸せそうな顔しちゃって。


デレッデレに鼻の下を伸ばしながら、十年来の親友が盛大に惚気るんだから、本当なんだろう。

そんな顔を見たら、これ以上飲ませたらめんどくせーなって分かりつつも、つい酌をしてしまう。



「そういや彼女が、お前んとこの子供産まれてから一度家に遊び行ったって言ってたな。あれ?いつだったかな」

「あー2、3週間くらい前かも。可愛いスタイセットもらった。ありがとな!嫁すげー喜んでた!」

「彼女もそっちに会うの久々だったし、すげー楽しかったみたい。写メきたもん」

「でさぁ、お前はどうすんの?結婚」

「は?」

「だから、結婚とか、どうなの」

「うるせぇっての。おばさんかよお前」

「おばさんみたいなもんだろ。付き合い長げーんだから」

「……まぁ、そろそろ」

「そろそろかよ!俺みたいにガッと勢いで決めねーと結婚できねーぞ!」

「お前のはおかしいから!マジで!あれ引くわ!」



そうなのだ。


コイツと嫁ちゃんは1学年違いで、

高校大学と交際を順調に続けるもコイツが社会人になってしばらくしてから一回別れてる。

それも結構長い期間。

(顔が良いばっかりに、年上の女性上司に言い寄られてることを彼女に発覚されてしまい…まぁ誤解が二転三転こじれて別れたわけだ。)


別れた後は意地になって仕事の鬼になりつつ、

たまに他の女とも付き合っていたようだけど、ずっと元カノだった嫁ちゃんのことが忘れられないのは俺から見ても一目瞭然なほどだった。



彼女は彼女で意地っぱりだから素直になれず、他の男と付き合ったりしてたらしいけど、

そんな時にはたまた偶然レストランに居合わせて再会したのがきっかけだったらしい。


そこでコイツはどうしても嫁ちゃんじゃなきゃ嫌だってやっと気付いたらしく……しかしなんだっけ。


えーと、たしか嫁ちゃんは婚活中で結婚を考えて付き合おうか迷ってた人がいて、

それ聞いて「そいつはオレより中身も顔面も勝てんのかよ!」とか逆ギレして、

最終的に「だったらオレと結婚すりゃいーだろ!」ってことで……


その、アレだ。

つまりアレだ。

アレでこーなって……最終的には「いっそ子供作ろう!!幸せにする!!」と、元サヤというか、

結果としてその天使が生まれたっていうやつだ。



そもそも誤解から別れて遠回りしてのゴールインだったから、俺と友達からすると「やっとかよ!!」ってことなんだけど。

実際コイツが付き合ってきた女で嫁ちゃんが一番性格良かったし。


なまじ顔が良い男に言い寄ってくる女ってやっぱどっか派手というか……面白くなさそうな子ばっかりというか。

なので一番しっかりした嫁ちゃんとゴールインできて親友的に言えば正直安心したのだ……。けどまぁ強引すぎて引くけど……。

てゆか、顔面偏差値どんだけ高いんだよホント。実際高いけど。



ちなみに俺は、その嫁ちゃんの親友と何年か前から付き合っている。

クールに見えるけど中身に可愛いとこがあって、ゲームさせるとめちゃくちゃ強いっていう謎スキル。(そのスキルが高じて、ゲーム会社の開発チームにいるくらいだ)

彼女とは高校の頃から顔見知りではあったけど、たしかコイツと嫁ちゃんが別れるか揉めてたときに2人があんまりにも心配で彼女が俺に連絡してきたっていう感じ。


そうこうしているうちに俺たちは話が合い気が合い、付き合うことになったのでかれこれ付き合って5年くらいか?


まぁ、そんなこんなで結婚…考えてないわけないんだけど、向こうも仕事すげー楽しそうだし切り出し方がどうにも難しい。


……だけど、頭の隅で彼女がそれを待っている気持ちも俺は知ってるのだ。



「考えてねぇわけ、ねぇから。一応。嫁ちゃんに心配すんなって言っといて」

「まぁ、周りにせっつかれる事ほど萎えることねーけど、ウチのが心配してたからついな。ごめんな」

「いや、……はぁ。なんか、男って大変だよな」

「怖気づいてんの?」

「怖気づいてるっていうか、ちゃんと幸せにしなきゃなって思うと俺で大丈夫なのかとか、考えねーわけじゃねぇ」

「とりあえず余計なこと考えちゃダメ、ゼッタイ」

「広告かよ!」

ひとしきり笑った後に、さっきまでベロッベロだったのに今度は真剣な顔をして、奴は言った。

「ちゃんと幸せにしなきゃって思う前に、もう既に幸せだからそれがそのまま繋がってくって思えばいんじゃね?」

「……また惚気かよ」

「おう。不安になるってことは、大事にしたいってことだろ?……まぁこんなこと言うのすげーハズいけど」


図星だった。

というか、自分の中で今まで出なかった答えを言いあてられた気がした。


大事だから、不安になる。

でもそんなのは当たり前で、そんな余計な不安を蹴散らしてコイツは真っすぐプロポーズしたんだよな……

まぁ、だいぶカッコ悪いセリフだけど。


でもそのセリフを言うくらいにコイツはとにかく嫁ちゃんと一緒になりたくてなりふり構わず自分の武器というか、今まで自分が最も嫌っていた長所を振りかざしたんだからそれだけ必死だったろうし、ある意味それはそれで立派だ。

なりふり構わずに好きな女と一緒になった親友の、相変わらず真っすぐな意見に言い返せなくて、ここは負けたと思った。



「……ありがとな」

「俺、今超幸せだからな!」

「……とその時の俺は本当に心から、そう思っていた。信じていたのだった…。あの時までは」

「変なナレーションつけんなよ!!!」


ぎゃはぎゃは笑ってこの日はしこたま飲んだ。そして…羽目を外し過ぎた……そう、どうやって帰ったかも覚えてないくらいに。





「……う……ん」


頭がすげーガンガンする。何だか肌寒いような。

首とか肩あたり痛ぇから床で寝ちゃったのかと気付き、うっすら目を開ける……

俺の部屋と違う、部屋の電気が見えた。


あれ?と思ってよく見ると……どこだ?ここ。


床で寝てると思ったらちゃんとソファで寝てたらしい。

首とか肩が痛かったのはソファで寝ていた姿勢のせいのようだ。


しかし寝てたソファは俺の部屋じゃないし、頭はまだぼんやりして、何気なく部屋を見渡すと……完全に親友の新居だった。

その証拠に奴がソファに凭れかかるようにして寝てる。

今日が休みだったのが幸いだと思った。



「おい、ヒロム、起きろ」


俺がゆすると「……え?仕事?」と寝ぼけた声で答える。

逆に俺の頭がだんだん冴えてくる。


「ちげーよ。休みだろ。てかもう朝の10時半近くとか、俺帰るわ。ルリちゃん子供つれて帰ってくるだろ」


昨日はあれから……こいつがベロベロに酔いまくって家まで送ったんだった。

そんで床に転がってコイツ即寝しやがって、俺も疲れて眠くてソファについ座ったら……そのまま寝落ちてたらしい。……俺も相当な神経だ。


その時、玄関が開く音がした。



「あれー?玄関開けっぱなしじゃん!危ない!もー!パパ、ただいま~。昨日はごめんねー!」



色んなバッグだか袋だかを手に持ったよう賑やかな音が近づいて、リビングのドアがあいた。


帰ってきたのは、コイツ、ヒロムの嫁ちゃんのルリちゃんと、

抱っこひもにはちょっと前に生まれたばっかの息子のアユムがいた。


ルリちゃんは、まさか俺がいるとは思わなくて、俺を見るなりものすごくビックリした。



「あれ!?ヤマシタ先輩!?なんで!!?え、もしかして…旦那と一夜……過ちを……」


わざと戦慄したようなリアクションに、俺は笑いながら「ちげーし!」って否定する。

「ですよねー!」ってニコニコ笑うルリちゃんは、高校の頃と変わらないなぁと思った。


ルリちゃんはアユムを起こさないように荷物を置いて、ミネラルウォーターをコップに注いで俺にくれた。

そうだ、喉もカラカラだ。

俺は差し出されたコップの水をありがたくいただいた。

冷たい喉越しに頭がクリアになってくる。



「もしかしなくても、うちの人送ってくれてそのまま寝ちゃったんですか?風邪ひかなかったですか?」

「まぁ、冬でもないし大丈夫みたい。てゆかこの部屋酒臭いからホント申し訳ない」

「あはは。換気すれば大丈夫ですよ~。てゆか、ウチの人起きなさ過ぎてウケるんですけど」

「ガン寝だなこれ」

「パパ、顔はカッコいいのに行動は残念だねぇ~アユム。しかも目おっきすぎて半目になってるしwww」

「マジだ。写メるかこれ」

「マジックで肉とか書いときます?……てゆか、先輩とは結婚式ぶりになっちゃって、ご無沙汰して申し訳ないです。昨日も付き合わせちゃったみたいでスミマセン。本当にありがとうございます」

「いや、俺もアユム生まれてから会いにきたかったんだけど、お邪魔していいタイミング分かんなかったから」

「でもこないだエミちゃんが遊びにきてくれたんですよー!可愛いスタイまでくれて!本当にありがとうございました!」

「あの後、エミから写メきて、アユム、男の子だけどヒロムにそっくりすぎてビビった」

「ですよね!!!もう私、それがホント嬉しくて!お腹にいたときも、どうか私だけには顔似ませんように~!ヒロム先輩の顔面偏差値の優性遺伝だけを受け継いでくれますように~!ってお願いしてましたもん!」

「……無駄に顔面偏差値高いからな……コイツ」

「あははは!ほんとですよね。でも、アユムはヒロム先輩にそっくりなのに、ヒロム先輩は私にものすごくそっくりって言ってるからホント謎です」


ルリちゃんは自分のこと可愛くないって言ってるけど、そうでもないんだけどなぁ。

エミも言ってたけど。……正直、エミのがちょっとだけ可愛いけど。

だけどヒロムからしたら、やっぱりルリちゃんが大好きだから、自分に似ててもルリちゃんに似てるって思うんだろうなぁと俺は思った。


ルリちゃんと向かい合うように抱っこひもの中で眠るアユムと、結局床で幸せそうな顔して寝こけてるヒロムは本当にそっくりだ。



「ヤマシタ先輩。もし先輩がよければこの後、お昼ここでご一緒しません?」

「え?迷惑になっちゃうからいいよ。ただでさえ新居酒臭くしちゃってんのに申し訳ない」

「実はこの後、エミちゃんが遊びにきてくれるんですよ」

「そうなの?!」

「エミちゃんから、ヤマシタ先輩が飲みに行ってから連絡とれない!不安!アユムの顔見て癒されたい!って朝メールきて、ここにくるらしいです。ごちそうデリまで持ってきてくれて」

「って、時間ないじゃん!」

「エミちゃんのことだから、着くの30分後くらいでしょうね。よければシャワー使ってくださいな。その間に私、この人何とかしますからw」

「なんか、ほんと申し訳ないね」

「こうしてみんなで集まれるの嬉しいから頑張れちゃうんですよ。さぁさ、支度しましょ!ほら、パパ!」

「んー……」

「……だめだこりゃ。もうホントに肉って書いて公開処刑にしときますか」

「だな」



ルリちゃんは窓を開けて空気を入れ替える。

爽やかな風が入ってきて心地が良かった。

抱っこひもの中でちょっとむずかるアユムをあやすルリちゃんは、立派なお母さんで……こんな満ち足りた光景見ちゃったら、十年来の親友が「家族はいいぞ!」てデレッデレになってた気持ちが分からなくもない気がした。


何となくだけど、ヒロムとルリちゃんとアユムの家族と仲良くしてくたびに、その気持ちが強くなっていきそうな気さえしてしまう。


今日はこれからきっと、エミの隣に座りながらますますそう思うんだろうなという事も。




より気持ちよさそうな顔して眠るヒロムを見る。


(もう既に幸せだからそれがそのまま繋がってく……か)


飲んでる時にヒロムが言った言葉を思い出した俺は

「ほんと、お前って無駄にカッコいいよな」と、鼻をつまんで言ってやったのだった。





(  親友ヤマシタから見た、ヒロム・ルリ・アユム一家  )

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