ガーベラ

「ガーベラって、ほら、穴があいてるでしょう?」

買ってきたガーベラのフィルムを剥がしながら、一本の茎の先をこちらに向けてくる。予想以上に空洞は大きく、心許ないほどだ。

「そう?触ると結構しっかりしてるのよ。そのおかげで、水吸うの得意なの、ガーベラ。だからほら、フィルム外したら反り返っちゃう」

はりきり屋さんなのね。花びらを指で撫でながら彼女がつぶやく。物腰が柔らかく、言葉選びの可愛い人だった。でもね、と彼女が続ける。

「腐りやすいの。他の花と同じように水をあげたら、すぐに腐っちゃう」

僕の部屋には、まだガーベラが飾ってある。しかしその姿は無惨で、花瓶にくったりしなだれかかって重たい頭を支える首はちぎれそうになっている。茎の先から始まった腐敗は、あっという間に進んで花びらは元の色を失っている。腐っていくガーベラを見ながら、それでも僕は捨てられずにいる。彼女の最期の顔が浮かぶ。今思えば、彼女にも穴があいていたのだ。静かに笑って、いつも優しく、誰からも慕われていた。僕たちにとっての彼女は確かにそうだった。だけど、彼女にとっての彼女は、どうだったのだろう。触るとしっかりしていても、いつからか腐り始めていたのだ。彼女の飾ったガーベラを、僕はまだ捨てられずにいる。

微かに音がして、僕は再びガーベラに目をやる。しぼみきった花は茎を離れ、花瓶のわきに転がっていた。

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短編集ー夢 三条 かおり @floneige

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