手違いで魔王の側近やってます
@hituzi126
第1話 故郷ははるか遠く
がたん。がたん。
積み荷の暗闇の中で、息を殺す少女は、振動によって舌を噛まないように必死に手を口に当てていた。もちろんそれ以外の理由もあったが、万が一気取られてはいけないため、多少頭をぶつけても声は殺した。
規則正しい揺れが徐々に弱くなったことで、彼女は状況が正念場であることを悟った。緊張で唾液を飲み込んだ。
「おい、チェックしろ」
「全く毎回毎回このめんどくさい項目チェックする身にもなってもらいたいね」
「今日はサボるか?」
「陛下に粛正されたいのか?」
緊張感の欠けすぎる会話につい、もっと真面目に仕事しろ、と言ってやりたくなってしまう。
(いやいや、ダメダメ。むしろ今はサボって!積極的に!)
願っていたが、どうやら仕事を真面目にやっているようで少女は内心しくしく泣いた。
調べる物音が近づくたびにドクドクと心臓が脈打った。
「異常無さそうだな」
「こっちもだな」
その声に少女はほっと緊張を解こうとした時。
「いや、この樽。今日から焼却処分するってよ。運ぶから手伝えよな」
なんと、その言葉を受けて運び出したのは少女の入った樽だった。
(う、嘘ー!!聞いてない!聞いてない!)
「よーし、放り込むぞ、せーの……」
「ちょっと待てー!!!!!!」
男たちの運んでいた肥溜めから、少女がにょきりと生えたのだった。
「おーまーえーの仕業か……」
少女、類は城の大浴場でたっぷりのお湯と
石鹸と香油を無駄遣いしながら、隣で悠然と寝そべる男を睨み付けた。
「仕業とはなんだ、仕業とは。元はと言えばお前があんな逃げかたをするからだろう。私だってできるならあんな予測は立てたくなかったのだからな」
皇室専用の大浴場のサイドでプールよろしく専用の寝台に寝そべり酒を飲んでいるこの男。黒髪に紫の瞳。整った顔立ちにすらりとした体躯。聞いた誰もが心を奪われるであろう美声。全てを持っている男が呆れ顔をしている。
「やるに事欠いて肥溜めに身を潜めるとは何事だ?品のない」
「大体、なんでお前と一緒に風呂に入らないといけない?」
「お前が一刻も早く風呂に入れろとうるさかっただろ。この城で一番すぐに使えるのはここしかない」
「だとしても!!!なぜ!一緒に??!!」
「なんだ。ちゃんと水着は着ているだろう?
なにを照れる必要がある?」
挑戦的に笑う美少年にムカついたので、類は高価であろう香油をがんがん手にだして塗りたくってやった。
美少年は眉を潜めた。
「そんなもったいない使い方は控えろ。品位を損ねる」
「やかましい。この冷血漢!魔王!」
「最後のは悪口になっていないな」
そう。このムカつくほど麗しい少年こそ、圧倒的軍事力を誇るローレン皇国の皇帝。通称魔王こと、ギルフォス・ローレン。
「ルイ、お前もそろそろ諦めてローレンに帰属したらどうだ?」
「いいや!諦めない。わが故郷の土を踏むまでは!」
「ああ、うん。そういうお前の姿勢は好ましいが、肥溜めに潜むのはもうやめろよ」
ギルフォスは、あれでショックを受けた部下がそのあとミスを連発するという報告を受けていた。
「くっ!これで156回目の脱走失敗……」
「見栄をはるな。186回の間違いだ」
「相変わらず細かい……」
「お前ががさつなんだ」
悔しさで塗りたくった香油と石鹸を大量のお湯で洗い流した。
「とにかく、その臭いを落としたら仕事に戻れよ」
そう、私、千夜類は、この魔王様の側近をしているのだ。
話は、半年以上遡ることになる。
手違いで魔王の側近やってます @hituzi126
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。手違いで魔王の側近やってますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます