OUTLINE&REVIEW 彼の日のソネット

彼の日のソネット 小説JUNE1988年6月号


 一穂が広島から帰ってきた。廣明はまた半年一穂と一緒にいられることを喜ぶが、一穂が精神的に不安定は母親のもとから帰ってくるたびに沈んでいるのを見て悲しくなる。北海道の閉鎖的な一角。一穂は苛められ、一穂の父、菅野は廣明の実家のもとで使用人として屈辱的な立場にある。廣明の父が網元だった菅野から猟場の権利を買い取ったのだ。親や世間のしがらみに苦しめられるふたりは、家出して東京へ行こうと思いつく。二月十四日、約束の日に、二人は東京へむけて旅だっていく。


 挿し絵は如月七生さん。

 初々しい初恋の話。本当に二人でいればどこに行ってもいいという空気が伝わってきて切なくなります。嶋田さんがはじめて書いた話だそうです。


 作家がはじめて書いた話には、作家のすべてが凝縮されているというが、この話もそうだと私は思う。旧弊な北海道の風景、家族や周囲から見捨てられ、孤独な少年、ドヤ街の風景、幼いころに一穂が廣明に渡した宝物など。

 JUNEとは世界から疎外された子どもが、ひとつ覚えに愛を叫ぶ話だと思う。一穂と廣明はひたむきに相手を想う。柔道の技をかけるシーンでは、そこはかとなく漂ってくるエロティックさにドキドキさせられた。触れ合うか触れ合わないかというところの緊張感がエロいのだ。

 はじめて恋をしたときの世界がそれだけで完結しているようなあの感じを本作は思い出させてくれる。子どものときの無邪気な遊び(宝物を渡す)や、遊びに秘められた危険性なども。線路に石を置くエピソードのノスタルジックな風景とそこに秘められた毒に、子どもの無邪気さと知らないがゆえの怖さを思い出す。ふたりが東京へ駆け落ちするくだりも、世間を知らないがゆえの無謀さと純粋さが隣り合わせになった行為である。

 東京でふたりはドヤ街の世話になる。その仕事ぶりや寝床の描写などは、のちの「ユーモレスク・ピカレスク」につながる迫真性がある。北海道の閉鎖的な漁場と、ドヤ街の活気のある風景が、作品のコントラストをつくっている。

 14行のソネットは、つたないながらも相手に響く一穂のラブレターだった。哀しいなかにも希望をもたせた、きれいな終わり方だと思う。


 十四行のソネット。ネタバレです。


廣明

何してる?

あのとき泣いたりして、ごめんね

しばらくは廣明が来てくれるんだって

病気みたいだったよ

でも、また会ったら

こんどはずっと一緒だって決めた

だから、ひとりだっておもわないで

楽しい二月だったね

ぼくにも十七回めの

誕生日がきたよ

廣明が買ってくれたセーターも

あの映画のタイトルも、忘れちゃった

こんど会ったら、おしえて


 最後の結びの言葉がうつくしくて好きです。


 教科書のにやけた詩よりずっとずっとそれは、おれの耳に優しい、シロフォンの音のする一穂が書いた十四行のソネットだった。

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