第25話
あのクソ画家が有名になった
母が頭は痛いが何か甘いものが食いたい、と言ったので、俺は昼飯にホットケーキを焼いているところだった。その最中に、あの中性的なムカつく声が聞こえてきたのだった。母がつけているテレビからだ。
「夢のない若者についてどう思いますか?」
「どうも何も、この前、言った通りですね。努力もなければ才能もないんじゃないですか?」
「いやぁ、やっぱり厳しい意見ですねぇ。同世代から反感を買っていることについて、どう思われていますか?」
「反感? そんなもの僕に持ってどうするんですか? 僕の言葉に過敏に反応しているのは、まさにその努力も能力も欠けてる人間じゃないですか。そんな人間にどう思われようと、僕の人生には関わりがないですね。そんな人を相手にしている時間は僕にはないんです」
「否定的な人々も華麗に無視するとはさすがですね」
……一体なんの番組だよ。
フライパンに油を敷いて熱してる間にキッチンから覗いてみると、なんかのインタビュー番組だった。
くだらねぇ。
なんで世間はあんなやつの言葉を有り難がるんだか。ただの炎上マーケティングじゃねぇか。例の生放送以降、ネットは大荒れした。ぶっ叩きまくるアンチが当然のごとく大量に湧く一方で、「図星を突かれた。おかげで目が覚めた」とか言う擁護派の奴らも湧き、さらに「全くその通りの考えを俺は持っていた。よく言ってくれた」という意識高い系のやつらがイキっていた。
俺は、そのどれでもない。
じゃあ何かというと、言葉にするのは癪だ。だから考えない。
牛乳を少なめにして混ぜ合わせた生地をフライパンに流し込む。しばらくそのまま突っ立って、生地の周りがふつふつし出すのを待つ。全体的に気泡ができてきた頃にひっくり返す。我ながら上手くいったと思う。牛乳を少なめにするのは、厚ぼったい生地が好きだというのが母の好みだからだ。
最初の数枚が焼けたので、焼きたてを食卓に持っていく。
「できたけど、多分あとに焼いたやつの方が油が馴染んでて美味しいと思うよ。どうする?」
「あら正義。じゃあ次の方をもらおうかしら」
「わかった」
俺は皿を台所に持ち帰り、軽くつまみながら次の生地をサクサクっと焼いた。
全ての生地を焼き終えたので、バターとメープルシロップと一緒に焼き上がったホットケーキを母の前に置いた。
「正義は料理が上手ね」
食べながら母が言う。
「たまにしかしないけどね」
「それでも上手よ。……一人暮らししても自炊は大丈夫ね」
「え……まあ、うん。そうだね」
俺はそれ以上、何も言えなくなる。
「お勉強は、どう?」
母はできるだけ俺を刺激しないようにしているつもりらしく、控えめに、遠回しに出て行けと伝えてくるようになった。腫れ物のような扱いを、されていた。
「勉強は、してるかな」
もちろん嘘だ。
「転職とか、考えてて、もうちょっと、待って欲しい」
直接出て行けと言われたわけでもないのに、俺はそう聞かれたと受け取った返答をしてしまう。それもそろそろ限界で、この会話を何度繰り返したことか。
「ねえ、正義は何に転職するつもりなの?」
「え?」
「この子は自分の道を歩んでるけど、正義は何になるつもりなのかしら?」
この子、と言うのはこのクソ画家のことか。
「今は何をしているの? お母さん、最近の仕事はよく知らないの」
「え、今はエンジニアをしていて……」
「それで、正義はどうしたいの? 会社を変えたいの?」
「まぁ、そんな感じ……だよ」
「これから先、一人でずっと働くんだから、この子みたいにしっかり職について考えないと。正義は、この子が言うように、そうしたら?」
「この画家の?」
「この子、とってもしっかりしてる」
「別に、そんなこと、ないでしょ……。あ、俺そろそろ勉強しなきゃ……」
じゃあ、部屋に戻るね、と言って食いかけのホットケーキの皿を持って二階に上がった。
——この子が言うように、そうしたら?
母からそんな言葉は聞きたくなかった。前々からあのクソ画家のことを気に入ってることは気が付いていたが、そんな言葉は聞きたくなかった。
俺とあいつを比べて欲しくなかった。
きっと今の俺は誰と比べられても、そいつ以下だ。
存在価値なんてイタい言葉を使いたくないのに、それを考えられずにいられなかった。
俺は、なんだ。
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