第24話

 金田の送別会から帰宅した。

 俺は生牡蠣なんて絶対食わないので腹が減って、コンビニでポテトチップを買ってきた。ついでにエナジードリンクも。飲まなきゃやってられなかった。


——ほんと、夢、叶いましたわー


 こいつの言葉はどこまでが本心か。

 重里にはああ言ったが、金田はそこまで自分に嘘はついてないんじゃないかと後から思う。


 深く考えない人間というのはいる。

 なんとなくやりたいことに近くて、「それっぽい人」になれれば金田は満足だったのだ。俺はそう思う。でも、俺が鼻についたのは、重里の言った通り、「夢」という言葉の連呼。まるで自分だけ一抜けたかのようなあの物言い。そいつが気に食わなかった。

 もう憶測で考えてしまうけど、あいつは、夢がない人間の人生歩が価値あるものじゃないといった思想を持っているのだろう。夢が見つからない人間は、そんなに希少種なわけじゃない。あの送別会の奴らの羨望の眼差しからも伺える。ああ羨まし、キラキラ人生。思い出すのはあの勉強会。


 俺はあの例のクソアプリを落としてみた。

 試しにポテトチップの写真を撮ってみると、ひまわりの種:280個分のカロリー、と表示された。やばい、くだらない。


 俺はたしかにあいつらに嫉妬している。だけどアプリエンジニアになりたいわけじゃない。エンジニアというフィールドの中で、何をプレイしたいのかなんて思いつかない。つまり学生の時を繰り返す。実態のない嫉妬。ただなんとなく「それっぽい人」への憧れ。どこがどう羨ましいか、具体的な箇所はない。よって彼らを目指して努力しようにも方向性が一切ない。


 あのクソ画家の言うことは部分的には正しいが、世の中は夢に溢れているなんていうのは嘘じゃないかと明確に思い始めていた。

 どうにも、世間は夢のない人間と、夢のない人間で人というのを二分したがる。就活が絡むと特にそうだ。世の中は夢を個人に要求する。上場企業が掲げているご大層な目標だってインチキくさいのに、個人の夢にはよりリアリティを要求し、かつそれなりな大きさも求めてくる。


 ドリームハラスメント。


 そんな言葉はおそらくないが、俺が勝手に生み出した。

 夢がなければ生きてる価値も理由も持っているとみなされない、そういう風潮に対して、俺が名付けた。

 俺がそれに憤っている反骨精神溢れる若者というわけじゃない。むしろ逆。その風潮に押しつぶされそうになっている。


 そういう風潮の中、うまくやってのける奴、それこそまさに「それっぽい人」。そして俺が繰り返しているのは、その「それっぽい人への憧れ」だけじゃない。いいからどこかに転職すれば、転生できると思ってる。つまりそこに夢が落ちてると思ってる。学生時代から何も進歩しちゃいない。大学に入れば何か夢が落ちてるもんだと思ってた。まさに今それの繰り返し。転職とは、やりたい奴があることが行うこと。でも俺はやりたいことを見つけたいから転職しようと思ってる。つまり目的と手段が見事に逆。そして頭を冷やして会社に残ろうと思えば邪魔をしてくる「それっぽい人」への実態のなき嫉妬心。

 俺が迷い込んだ迷路は、そういうところだった。

 でも今までよりもはるかに俺は俺のことがわかってきた。辞めちまえという言葉。それで行った勉強会。そこで見つけたそれっぽい人への嫉妬心。向き合った仕事でひらけた自分の居場所。俺はそういうものを手に入れてきた。

 ここまでで俺は、自分抱える問題を認識した。


 でも、俺の羅針盤は磁場が働いているようにポンコツで、俺に何にも教えちゃくれやしない。分かっていても、分からない。


 俺は、なんでこんなに苦しいか?

 結局、話は逆戻り。


 そう、俺には夢がない。そしてそんなことは誰にも言えやしない。人に話すにはあまりに重く、くさすぎる。世の中そういう奴らはどれだけいる? 俺と同じように、転職を転生と勘違いし、夢を求めてさまよって。馬鹿みたいだ。俺も含めて、みんなみんな、馬鹿みたいだ。俺は重里みたいには思わない。金田みたいに、人生を切り開いていく奴の方が優れているとみなしてしまう。本当は金田が羨ましい。きっとあいつは幸せだ。あいつは人生を自分で決めたから。何にも決められない俺とは次元が違う。


 俺は漂流も漂着なんかもしていない。

 無様にも溺れそうになって、もがいている。

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