第23話

 金田の転職が決まった。


 俺が仕事の集中しているところに、ふらっと席にやってきて、なんでもないようにそう告げたのだ。


「……おめでとう」

 俺は仕事が忙しいから、といったふりをする。

「同期なのにそれだけか! ひどいわ、ひどいわ、悲しいわー」

 重里と同じように俺の椅子を左右に揺らしやがる。

「酔うからやめてくれるかな金田さん」

「まさーし素っ気無さすぎなんだよー」

「別に冷たくしてるわけじゃない」


 仮にも同期。そいつがいなくなるなんて。いつかやってくる別れ。寂しくないわけないじゃないか。それを表現できないだけ。

「送別会、盛大に開いてもらうように重里に頼んだから、まさーしも来てよな」

 なっ? と念を押されてしまった。行かないなんて言ってないのにおかしいいな。


「ちゃんと行くよ」

「嫌そうにすんなよー」

「別に嫌じゃないから」

 俺の気持ちを知ってか知らずか、金田はご機嫌で席に戻って行った。

 自分だって、辞めてしまいたいと痛いほど思っていた場所から人が抜ける。辞めたい気持ちが分かっていたはずなのに。なのに、この気持ちは何だろう。  


 そしてやって来た金田の送別会の日は実に盛大だった。

「え〜、主役の金田さんから一言乾杯の挨拶をもらいたいと思いま〜す」

 司会は重里が引き受けた。こいつはこういう役目が向いている。だが店選びが好きじゃない。牡蠣料理なんてふざけてる。こんなもん食って当たったらどうしてくれよう。

「いやー、話すことっていっても照れますなー。まあ、これからは心を入れ替えてお仕事頑張りますわー」

 そういうと、金田のプロジェクトチームの奴らが「今まで真面目じゃなかったのかよ!」とツッコミを入れりしている。


「いやー、金田さん。その心意気で頑張ってね? んで、どんなお仕事に就くわけさ」

 重里がいうと、金田は嬉しそうにした。

「何を隠そう、カメラマンに転職ですわ。ずっと前から写真を仕事にしたいと思っていたもんで、ほんと、夢、叶いましたわー」

 おおー、すげー、という声がそこかしこから聞こえた。

 金田は続ける。


「ほんとね、ずっと夢! 夢なんてないと思ってたんですが、やぁぁぁっと見つかったんですわ。これからバリバリ働きます」


「素晴らしいよ、金田さん。それじゃ乾杯してもらいましょ〜!」

 重里がそういうと、金田が「乾杯!」と言ってあとは好き好きに話し始めた。

 俺はこういう席を移動したりする飲み会が得意じゃない。だから最初に偶然座った席の、知らないプロジェクトの男と言葉を交わしてみたりもするが、話が盛り上がりはしない。早々にそいつは他の席に移動してしまった。


「まさーし、飲んでるか?」

 重里が隣に座ってきたのだった。気を使ってくれたのだろう。

「金田、転職だってね」

 俺がそう言うと、ああ、と重里は返事をした。でもその重里はおちゃらけた重里ではなかった。これは、全員で食った昼飯の時の重里。


「あいつさ、夢、夢って連呼してさ、一体何をアピールしたいんだろうな」

 重里がこんな言葉を吐くか? さっきまで祝福してたのに?

「カメラマンって言ってもさ、スタジオカメラマンだよ。七五三とか、ウェディングとか、卒業袴とか、そういうのを撮る仕事だよ。そう、仕事。あいつがやりたいのは、ただ自由に顧客のことなんて考えず、好き〜に写真撮ることだろ? そんな現実に、あいつが気づいてないわけないじゃんか」

「重里……?」

 様子が、いつもの重里じゃない。


「夢、夢って言ってさぁ、まるで俺たちのこと、夢がない奴ダメな奴って言ってるように聞こえるのは俺だけかな」

 どう思うんだよ、まさーし、と明確な返事を求められた。俺は答えないといけない。

「どう……、どうって……それは……」

 俺は言葉を探す。でも、俺の気持ちをどう表現すればいい?

「どうなんだよ、まさーし」


 もう一度重里は返事を迫ってくる。はぐらかせない。はぐらかしちゃいけない。こいつはマジで俺の言葉を待っている。俺は言葉を絞り出す。


「羨ましくは、ない……。幸せそうにも、見えない。でも、幸せそうに見せたがっているように、見える……かな」


 同期に対してひどい言葉だ。金田がこれを聞いたら、ひどない? ひどない? といつもの通りには流されないだろう。それだけのことを俺は言った。重里はなんでこんな言葉を望んでいる?


 俺の言葉を聞くと、重里は「ああ、そうだよな」と言った。そして、「なあ、まさーし」と続けた。

「俺がいなくなったら、送別会なんて開かないでくれよな」

「え?」

「何も、何も聞かないで見送ってくれ」

 何も聞かないで見送る? ……見送る?

「なんだよ、それ……。お前が、いなくなるみたいじゃないか」

 そう言うと、重里はパッと明るい顔になった。

「まさ〜し〜! やっと多田くん呼ばわりやめてくれたのね!」

 オレ、嬉しい! なんて言って、重里はいつもの重里に戻った。

 俺は今の出来事を理解しきれずに、重里が「へ〜い! みんな〜!」と輪に入っていくの見送るのだった。


 重里は俺以上に何か未来を隠している。

 俺は、俺が辞める時のことなんて、何にも考えていない。


 所詮、俺の覚悟は、それだけか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る