第15話
そのビルは渋谷の一角にあった。
特に目立つビルじゃない。高層でガラス張りでもなければ、マンションの一室をオフィスにしているわけでもない、ごくありふれた、中小企業が入っていそうな小さいビル。セキュリティは無くて、誰でも入れる。
俺は会場のある階に行こうとエレベーターに乗った。ラフな格好をした若い男も乗ってきて、こいつ、どこに行くのかなと思ったら、同じ階で降りた。
会場は廊下に沿って歩いた場所にすぐあった。入り口の前に受付があり、またラフな格好をした男が座っていた。
「あ、参加費と名前お願いしまーす」
軽いノリでそう言われ、俺は黙って千円を差し出し名前を告げて中に入った。
周りは、私服姿の若い奴らしかいなかった。
なんだ、ここは。
俺は明らかに浮いていた。スーツの人間など一人もいない。こいつらどんな会社で働いてんだよ。適当な会社すぎるだろ。俺はそう思ったが、一番端の席に座って開会を待った。時間になると、「じゃあ始めまーす」と司会の女が言い、プレゼンテーターが部屋の前の方に置いてある机に着席した。
席の横にあるスクリーンに一人目の発表者のスライドが映し出される。一枚目には
【ダイエット完全必勝アプリ! もひもひ!】と映し出されていた。
「えー、じゃあ始めたいと思うんですけどー、ダイエット失敗したことある人いますかぁ?」
発表者の男がそう言うと、「はーい」と俺らが座ってる客席手が上がった。見ると結構なデブだった。会場に笑いが起こる。
「うお、まさかの自虐くると思ってませんでしたー。あざーす!」
それじゃあ続けるとー、と男が言う。
「まあ、ダイエットってカロリー計算が基本じゃないですかー。でもいちいち買った飯のカロリー見てアプリとかに入力するの、だるいですよねー」
「そこでカメラ、まあ画像認識とAPIを使って自動でカロリーをスマホに読み込ませるんですよー」
そう言うと男がアプリを立ち上げ、コンビニのおにぎりの写真を撮った。すると画面に撮った写真が表示される。
「はい、俺の夕飯の写真を撮りましたー。これでもうカロリーがアプリ内に入力されてますー。写真撮るだけで入力が終わるんで、面倒な手間が省けるわけでなんですー」
肝心のカロリーがどこに表示されているのか分からなかった。男はさらに「そんでー、」と続ける。
男がアプリの画面を切り替えた。
「ここにカロリーが表示されますー」
〈ツナおにぎり1個:ひまわりの種140粒分のカロリー〉
「はい、ご飯を全てひまわりの種に換算してくれるんですねー」
会場に笑いが起こった。「なんだよそれ!」という声が飛んだ。画面にはこんもりとひまわりの種の画像も表示されている。
「僕ね、よく『なんか、ハムスター飼ってそうだね』って言われるんすよー。猫でも犬でもなく、ハムスターっすよ! なんか、なんかひどくないっすか? だからね、もう俺なんてひまわりの種食ってりゃいいんすよ。ってわけで、これが俺のクソアプリでしたー」
そう、俺が来たのは「クソアプリで学ぶ、プログラミング勉強会」。マジで、マジでくだらなかった。でも、問題はそこじゃない。画像認識? API?
発表者の男はスライドを切り替え、詳しい技術の解説を始めた。
だが、俺にはさっぱりなんのことだか分からなかった。
「じゃ、次の発表者の方お願いしますー」
何も理解できないまま次の発表者に移った。
「えー、前の人のクソっぷりが半端なかったんでちょっと自信ないんですけど、僕のクソアプリはー」
その男は「多分動くと思うからリリースしようぜ!」と書いてあるTシャツを着ていた。とんでもない話だ。
「SNSの外部アプリなんですけどー、自分のアカウントを紐づけると」
と言ってそいつはスマホ画面をスクリーンに映した。
画面にはなんだか小さい女の子がみるアニメに出てきそうなクリスタル的なものが映されている。
「ちょっと会場の誰か、僕のことフォローしてください。これ、僕のアカウントです」
そいつのSNSが表示された。そしてフォロワーが二人増えた。そしてアプリに画面を戻すと、クリスタル的な何かが光り輝いている。
「ちょっとフォロー外してもらえますかー?」
そう言うと、フォロワーが減った。するとそのクリスタル的な何かが暗くなった。
「と言うわけで、これはですねー、フォロワーが増えるとパワージェムが光って、減ると黒く濁るんです」
また会場に笑いが起こった。「SNS厨かよ!」と誰かが言う。
「いやいやいや、みんな、正直になるんだ! お前らの心ってこんな感じだろ! フォロワー減ったら心がこんな色になるんだろ!」
んなことねぇよ! とまた楽しそうな声が飛ぶ。
だけど俺は笑えなかった。
アプリ連携? 画像処理? その後の技術的な説明を聞いても、何一つ分からなかった。
俺は、それ以上聞いていられなくなって、休憩時間中にその勉強会を後にした。
あの会場にいた奴らは、どう見積もっても俺と同じ歳くらいだった。そして、誰もスーツなんて着ちゃいない。あいつらはただ、自由に、楽しそうに、遊んでいるだけ。
でも、俺にとってそれは、果てしなく遠いところにいる存在だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます