第14話
今日、最後の居場所すらなくなった。
面談が終わったあと、どうやって仕事をし、どうやって家まで帰って来たのかあまり記憶がない。
流されるなら流されたなりの生き方。そんなものは存在しない。それは、ただの諦め、妥協と何も違わない。どこに自分の仕事の楽しさを見出していいか分からないから適当に毎日やり過ごす。
——目の前のことは、やるもんだ。
重里の言葉が聞こえてくる。俺はたった一人の脱落者。
北条の言いたいことは要するに「食わず嫌いするな」、ということなのだと解釈した。でも、食ってみて不味かったら? その時、俺はどこに行けばいい? 行き場所など、きっと見つからない。だから今の仕事に、しがみついている。
——さっさとどっか行ってください。
逃げる場所?
そんな場所などない。
逃げたところで、俺はまた同じことを繰り返す。逃避はあくまで逃避であって、心からたどり着きたい場所ではないからだ。そう、所詮、俺は転職を現場から逃げる手段としてしか考えていない。そんな人材、欲しがる会社なんてない。じゃあ、今のままでいていいか? いやダメだ。これ以上、俺は耐えられない。
——別に、楽しくてやってるわけじゃない
——それ以上でも以下でもないよ
仕事はそれ以上でもそれ以下でもない。仕事は、仕事。生きるため。そう考えると、北条に「そのままでいいんですか?」、そう言われているような気がする。正論を吐く人間。どこにも活路を見出せないでいるのに、どこか行ってしまえと、最後の居場所まで奪う奴。俺には逃げる先もない。あの女と話していると……自分がただの案山子か何か思えてくる。なんの脳もなしに、ただ、そこに立っているだけ。そんな俺に、「どうして歩けないんですか」と言っているようなものだ。そして俺のことを笑うに違いない。
——四年目だよ、四年目
——分かんないけど、動くしかない
みんな、自分の道を見つめて歩いている。
俺は、いつまで目の前のことから逃げているのだろう。
妥協。諦め。でも、俺の現実はそうなのだろうか?
俺は妥協するほど、仕事に歩み寄っていない。
「何か」を諦めるほど、「何か」を必死に探していない。
つまりただの現状維持。もし、もっと仕事が分かるように、できるようになれば、その時、俺は楽しいのだろうか。俺は、楽しい仕事っていうのが自然に降ってくるものだと思っていた。でも、楽しくする、それこそが自分の仕事だったとしたら。いや、そんなの、馬鹿げている。でも、このままじゃいけない。そんなこと、誰に言われなくたって、一番、俺がわかっているんだ。何もできずに、苦しむこと。そんなのは出口のない迷路。
——観念して、自分の仕事の勉強してください。
それは、俺にこのどうしようもない現実を突きつける言葉。自分の勉強をしてください? 俺は、それができない。もう向き合うのすら怖い。俺は、自分の仕事に向き合ったことなどありはしない。だけどもう、逃げきれないところまで追い詰められている。
とっくに終わった猶予期間。どんどんなくなる自分の居場所。
動くしか、どこでもいいから動くしかない。
あいつの言葉通りになんて動きたくないけれど、そんなことを気にできる立場には、もう、俺は、いないんだ。
俺は財布とスマホをポケットに突っ込んだ。
店に入ると眩暈がした。
あたり一面、本しかない。おびただしいまでの情報量。あまりに並んでいる書籍が多すぎて、俺はどれを手にとっていいか分からなかった。
これまで何の勉強もしてこなかったプログラミング。自分の書いている言語や触ったことのない言語、そんなのあるのというマイナー言語。お堅い本から入門書。ダメだ。何から手をつけていいか分からない。そもそも自分が何に興味があるのか分からない。
自分のいるフィールドは、こんなに幅広かったのか。
俺は大量の本棚を前に途方に暮れ、情けないことにグーグルで検索することにした。
〈エンジニア 勉強〉
すると検索候補に、気になるものが表示された。
〈エンジニア 勉強会〉
俺は考える前に、それをタップしていた。
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