第12話
日本橋の串屋は、おぼろげに黄味がかった照明で、周囲の騒がしさの割に落ち着いた雰囲気だった。
「いやあ、正義くん。さっきは君、困ってたねぇ」
神崎はまたケタケタと笑ってそう言った。さっさと帰りたかったところを、「男だけでの二次会いきますか!」と言って無理やり連れてこられたのだ。予約なんてなかったが、カウンターの席に滑り込めた。
「あの女子大生、絶対普通じゃない。どこから連れてきたんだよ。俺の知ってる大学生と違う」
俺がそう言うと、神崎は「んー?」と言って首をひねった。
「彼女たちには誠也君のために、特別に来て頂いた」
「どう言うことだ?」
太田原を見ると、笑っている。
「いや、気にすんなよ正義。なんでもないからさ」
俺は運ばれてきた串を食って日本酒を飲んだ。さっきの店では食った気がしなかったから酒も進む。神崎はニタニタとしながらビールを飲んでいる。
「お前のための会ってさっきも言ってたよな。なんかあるのか?」
話を持ちかけられた時の、問題ない、という返信を思い出す。
太田原は左右に首を降った。
「本当に、なんでもないんだ」
そう言うと、神崎が太田原の肩をぐいっと掴んだ。
「言っちゃおうよー? 誠也君?」
「やめてくれよ、神崎」
太田原は神崎を振り払って、笑いながら軟骨に手を伸ばす。
「何を隠してるんだよ、言えよ」
「そうだよー? 誠也君。言えよ! 言っちまえよぉ!」
神崎の煽りに太田原はもう一度「やめてくれよ」と言って、カウンターの向こうにいる親父に「ぼんじり三本追加で」と頼んだ。
俺は太田原が何を隠しているのか、全然見当がつかなかった。押しに弱い太田原が口を割らない。よほどの何かがあるのだろうか。太田原はすぐ隣に座る俺に顔を向けた。
「まあ、なんだ、正義にだけ隠してるわけじゃないんだ。ただ、言うべき時じゃないっていうか、そう、まだ口に出していい段階じゃないんだ」
「口に出す段階じゃない?」
「そう。いずれ言うから、その時まで待ってくれ」
「あらら、言わないのー?」
太田原は「言わない」ときっぱり断った。
神崎はそれ以上、煽らず、「そうか」と言って、体を乗り出し、俺の方を向いた。
「楽しくなさそうに見える正義君」
今度は俺か。
「なんで君そんな楽しそうじゃないの?」
「なんでって言われても……」
俺は神崎から目をそらした。
「でも、楽しくないんだろ? 学生からも分かるくらいに」
「だから、あいつらは普通の学生じゃないだろ」
ほんとそう、と太田原が言う。
「正義、神崎の言うことは気にしなくていいからな。話半分で聞いとけばいい」
「そんな気がしてる」
ぼんじりが運ばれてきた。俺はそれに手をつける。
「正義君はさぁ」
神崎は太田原の言葉なんて無視して続けた。
「楽しくない人生を自分のせいにしてないか?」
「は?」
他人のせいにしてないか、という言葉なら分かる。だが、「自分のせい」にしてないか?
「当たり前だろ。楽しくないのは自分のせい。今を作ったのは過去の自分のせい」
言ってみて、自分の現状は悲惨だな、と思う。
そーれだよぉー、と神崎は手を額に当てた。
「真面目な奴は全部自分のせいにしちまうんだよ。でもさ、周りにいるのが全員つまんない奴だったら、自分もつまんない奴になっちゃうだろ?」
「はあ?」
神崎の言わんとしてることが、いまいち分からない。
「面白いやつといれば、自分も楽しいじゃんか。つまんない奴らと一緒にいちゃあダメなのよ、分かる?」
なんとなくは、と答える。
「お前は楽しくないよ。だから、俺は、お前と、いたくない」
太田原が「おい、何言ってんだお前」と神崎を止めた。だが、「でもさ、」と神崎はかまわず続ける。
「楽しくなったら、また飲んでやってもいいと思ってる」
「なんだそれ」
俺は嫌われているのか、いないのか分からなかった。
神崎はそれ以上のことは言わず、太田原をいじって、なあ? と俺に話を振って楽しんでいた。
今の俺は、楽しくない。それは否定できない。たしかに楽しそうなやつも周りにいない。だって、ずっと楽しそうなやつを遠ざけて生きてきたから。そうした結果、類が友を呼んでいる。というか友がいない。
ただ、一人だけ、俺の生活範囲にいる、楽しそうな人間を思い出した。
——面談、私、頑張ります。
北条都。
あいつは、少し、楽しそうだ。
そんな人間には、俺の気持ちなど分からない。
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