第11話

 合コンの日がやってきた。


 会社を出て、すぐに高田馬場に向かう。それが指定された店のある場所だからだ。神崎とかいう奴が決めたらしい。駅前に着くと、混雑する改札の前に、私服姿の太田原が立っているのを見つけた。


「よう」

 太田原は俺に気がつくと手を振った。

「お前、何で私服なの?」


 俺が訊くと、今日休みなんだよ、と返ってきた。こいつはMR職に就いていて、たしか平日休みではない。わざわざ有給の日に合コンなんて疲れるイベントに参加するなんて、こいつらしくない。


「ごめんな、正義。付き合わせちゃって。断れなくてさ」

 太田原は申し訳なさそうな顔をして笑った。

「正直めんどくさいとは思ってる」

「そうだよな、俺も、女子大生と何話していいか、分かんね」

「女子大生って女子大の生徒のこと? それとも女子の大学生のこと?」

「分かんね」

「だよな」


 こっちなんだ、と言って太田原は道を案内してくれた。学生の集団をかき分けながら大通りに沿って十分ほど歩き、そして路地に入ったところにその店はあった。普通のチェーンの居酒屋だった。何でこんな店のためにこの駅まで来たんだか。

 店に入り、予約名を告げるとすぐに案内された。

 通された席に行くと、女が三人、と、髪をバリバリに固めた男が一人いる。そんなガチガチに広告業界のイメージ像テンプレみたいな男がいるとは予想していなかった。


「遅いってーの。もう飲んじまってるぜ」

 ジョッキを持ち上げてその男はケタケタ笑った。こいつが神崎か。

 女は三人いるが、俺には見分けがつかない。学生の時はもっと可愛い、とか、好みだ、とか分かっていたはずなのだが、こう歳が離れると顔の判断がつかなくなる。ただ、若い、と思う。


「えー、神崎さんのお友達ってどんな人なのか気になりますー」

 座るなり一人がそう言った。神崎はジョッキ二つ追加でー、と店員に頼んでいる。俺はその女子大生の質問にどう答えていいかわからず、塩キャベツをつまんだ。太田原を見ると、笑っていた。太田原は困ると、とりあえず笑うからわかりやすい。


「俺の友達、紹介するよー? こいつが太田原、そんでそっちのお兄さんが白鳥くんね」

 こいつ、何で俺の名前を知っている。

「お二人ともどこ大ですかー?」

「どこで働いているんですかー?」

「何歳くらいなんですかー?」


 三人が三人好き勝手に口を開くから何にどうレスポンスしたものかわからない。おい、何とかしろよ、と太田原を見るが、笑っていた。こいつ。そしてなぜか神崎がその質問に全て答えた。だからなぜ、こいつは俺のことを知っている。太田原が喋った以外答えはない。こいつらどんな関係だよ。


「太田原さんの大学、受験にママが付いてくる人がいるってマジですかー?」

 女の一人がそう言った。可愛いのか、可愛くないのかわからない。何というか、そういう対象として見れない。

「マジだよー、ははは……」

「やっぱりほんとなんですねー! 一度聞いてみたいと思ってたんですー!」

「ねー!」

 俺は黙って唐揚げにレモンはかけず、二つとって食べた。空気。俺は空気になる。

「いやー、やっぱり若い子はいいなぁ! なんていうかね! 元気だからね!」


 神崎はひたすら飲んで、ケタケタ笑っている。そして太田原に「飲めよ、ほらもっと飲んでおけよ。お前のための会だろうが」と言っていた。


「そっちのあんまり喋んないお兄さんは普段、何の仕事してるんですかー?」

「え、僕?」

 だし巻き卵を食っていた俺は突然話を振られて、なぜか顔が赤くなった。

「なんかすごくいいスーツ着てますー」

「ねー!」


 こいつらの目どうなってんだよ。俺の大学のゼミの女子はこうじゃなかったぞ。この子たち、絶対、普通の大学生じゃないだろ。どこから連れてきたんだよ。


 神崎がいいね、もっと質問してやってよ、なんて囃し立てている。

「僕は……まあ、エンジニアを……」

 俺も太田原と同じく笑うしかねぇ。

「エンジニアってブラックなんですー?」

「いや、一概のそうとは……。会社によるよ」

「お兄さんのとこはホワイトなんですー?」

「え、まあ、多分」

 そういうと女の子は困ったような顔をした。


「なんていうか、お兄さん、いい表情してないですー」

 俺は「えっ」としか言えなかった。別に俺の顔はそんなに偏差値低くない。

「お兄さん、せっかくいいスーツ着てるのに、表情がイケてないですー」


 そんなことを言われても。俺が何も言い返せないでいると、太田原が「いやぁ、そんなことはないと思うよー?」と言いながらやはり笑っている。神崎はほう、といった様子で成り行きを見ていた。

「社会って面白くないんですー? お兄さんを見てると不安になりますー」


 女の子が不安そうな顔をした。

 俺が不安にさせたのか。


「いや、そんなことはないよ。君、まだ二十歳くらいでしょ。ちゃんとやりたいことを考えて、しっかり就活すれば楽しいよ」


 なんと説得力に欠ける言葉なことか。

「じゃあ、お兄さんは楽しくないんですー?」


 他の女の子二人も「楽しくなさそうですー」と言っていた。俺はどんな顔をしているというのか。未来ある女の子を不安にさせるような顔。俺は「はは、そんなことはないよ、大丈夫」と言うのが精一杯だった。それを聞いた女の子が「でもでもー」と続けると、「ところでさああああ!」と神崎が大きな声でさえぎった。


「最近の女の子って週刊誌読まないっていうの、それ、ほんと? 少年漫画読まないの?」

 女の子は神崎の発言に「なんですかそれー」と一気にリアクションをして笑っていた。


 俺は、楽しくなさそうに見えるらしい。

 金なし、夢なし、スキルなし。女子大生を不安にさせるダメなやつ。

 でも、それじゃあ何を、どうしたらいい?

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