2024.01 TEXT その場所は存在しない
こんにちは。白です。
久しぶりにJUNE・BL(ボーイズラブ)関係の雑文です。
男性同士の恋愛を描いた作品群のお話なので、苦手な方は自主避難をお願いいたします。
Omoinotakeの「モラトリアム」を聴いた。
ヨネダコウさんの『囀る鳥は羽ばたかない』の映画のテーマソングだ。
鳥籠のなかに自由があり、そのなかでふたりでいることを願う。そんな歌だ。
『囀る鳥は羽ばたかない』はヤクザの閉鎖的な社会のなかで出会った、虐待された人々の恋愛の話だ。
受けの矢代は男であれば誰とでも寝る淫乱と言われているが、子供のころ、養父に継続的にレイプされた過去がある。
矢代のセックスは過剰適応の結果だ。
逃げられない虐待に継続的に晒された子供は、痛みを快楽に変えることでその過酷な環境に適応する。
痛みに耐えられない→逃げることができない→自分は痛い行為が好きなのだ
そう思うことで、子供は自分の精神の崩壊を防ぐ。
痛みが快楽に変わり、子供はその行為に嗜癖する。
自分への騙しが崩れないよう、確認のためにセックスそのものに嗜癖する。
矢代にとって、攻めの百目鬼の『本物の愛』は自分への騙しが崩れてしまう「毒」だ。
愛のあるセックスにしか快楽は存在しない。
これを受け入れると、矢代は今までのセックスは「虐待」であり「暴力」であったと実感してしまう。
暴力のなかの痛みや悲しみ、虐待者への怒り。
矢代は封じ込めているそれらの感情をまともに味わうことから逃げている。
だから矢代は百目鬼の愛情を受け入れられず、百目鬼を本気で愛しているからこそ『本物の愛』から目を背けて逃げてしまう。
矢代と百目鬼がどうやって『本物の愛』と向き合うのか、私はふたりに幸せになってほしいと願いながら連載を追い続けている。
サナトリウム、カプセル、あるいはシェルター。
ふたりで一時的にそれらの場所を作ることはできるだろう。
しかしそこを永遠に出ないということはありえない。
Omoinotakeの「モラトリアム」は、初めから存在しない場所を希求する歌ではないだろうか。
「あなた」と「わたし」がかつて繋がっていた場所のひとつは、母親の子宮だった。
母親の胎内の「あなた」と「わたし」。
子宮は出るための場所であり、繋がっていられるときは一瞬だ。
何かが欠けていると思いながら生まれてくる、その欠落とは何だろうか。
「あなた」と「わたし」が永遠に繋がっていられる場所など存在しない。
だからそれが願いになり、それを続けることがマニフェストになる。
失われた故郷への帰還。
それを求める詭弁で世界はいっぱいだ。
BLはそれを叶える一瞬の癒しであり、「あなた」と「わたし」がひとつになる共同幻想を求める人に与えてくれる。
しかしそれもまた偽物である。
世のすべての物語と同じように。
自分が「欠落している」と思う河の岸が、もう片方の岸と結合しようとする。
結合すれば、河は河ではなくなる。
「あなた」と「わたし」が結合したいと願う、河岸のあいだに生まれる引力は何から生じるのか。
「あなた」と「わたし」が引き合う引力は、私たちが本当に「欠落している」から生じるのだろうか。
萩尾望都の『残酷な神が支配する』では、ひとつの解決案が提示されている。
この話も義父に継続的にレイプされたジェルミと、それに気づけなかった義兄のイアンが救いを求めて互いを傷つけあい、やがて受け入れていく話だ。
以下のパラグラフはネタバレです。
ジェルミとイアンは一年のある一時期だけ、互いを愛し合う期間を作る。
現実と非現実を切り離し、非現実のなかにふたりで逃げ込めるサナトリウムを作る。
そうすると、サナトリウムがサナトリウムとして正常に機能してしまう。
それを読んだ当時、私は不満だった。
本来はそこから出るための話ではなかったかと、私は長い物語の終わりに感じたのだった。
JUNE関係の雑文のなかで、私は何度か王様と奴隷の話をしている。
王様と奴隷が永遠にその関係を続けるにはどうしたらいいだろうか。
一見、選択肢は王様にあるように見える。
しかし私は、この問題では、王様に選択権はないと思っている。
王様と奴隷が永遠にその関係を続けるには、奴隷が永遠に「自分は王様の奴隷だ」と思い続けるしかない。
「あなた」と「わたし」が永遠にひとつでありつづけられる場所。
それは「わたし」の外側にはない。
「わたし」の内側にしか存在しない。
INTERPLAY TEXT (1999-2024) 千住白 @shoko_senju
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