すみれの苦難

第1話 私、もしかして〇〇女?






 "響がいない世界"は、大変かもしれない。

 なんせ幼稚園からずっと隣で生きてきた相棒がいないのと同じ、というか、もしかして守られてきたのかな?とすら錯覚している。



「あれ、あれ、あの…私って、こんなキャラだっけ?」


「何言ってんのすみれちゃん!すみれちゃんめっちゃくちゃに可愛いから仕方ないよまじで!」


「…えぇ〜〜?だからってこれは無いんじゃない?私漫画の世界でもあんまり見たことないかも」

「いやー私は納得してるよ、行列できても仕方ないと思う」



 いや、ないでしょ?

 え、いや?

 えぇ?



 振り向けばやつがいる、レベルではない。

 振り向けば野郎どもが大名行列を成していた。



 普段の、というか中学生の頃の私ならきっと

「何してんだよおい」


 って、言えると思うんだけど…

 なんか、今回は…



「お、おい!!こっち見たぞ今!!」

「はぁぁ!?今俺と目があったんだよ!」

「は?俺だし!」

「僕だったよ絶対!」

「いや私だったー!!!!」



「え、あ、いや、あの、誰も見てねーよ?」



 なんて、私の声は届かない。

 どうなってるのこの学校…みんな頭おかしいの?なんでついてくるし、見てくるし、私が歩くとモーセの十戒、海割りの如く道が拓けるの?

 ねぇなんで?なんでなん?この高校ってみんな頭良いはずだよね?勉強しすぎて頭おかしいの?それとも私が幻覚見てるの?


 え、私だけが合格してもなお低レベルバカ?ってこと?


 入学してからこのざま、授業中には"なんでなん?"がゲシュタルト崩壊していた。頭の中には疑問と、恐怖と、戸惑いしかなく、学校では縮こまること山の如し(?)で。

 まぁつまり勉強にもついていけてない。窓側の前から4列目、静かに頬杖とため息をつく日々が続いている。


 そんな時、窓を流れるモクモクの、ラピュタのような雲を見て、ふっとバカで夢みたいなことを思いついた。



「…もしかして私って、騒がれるレベルで可愛いの?」

「まって、今までどんな顔面してると思ってたの!?」


 お昼は落ち着いて食べられないので、唯一同じ中学出身で、同じクラスの 葉月ちゃんの協力のもとに、校舎の端っこ、独特な雰囲気で絵の具の匂いがする美術室をお借りした。


「え?だって、特に騒がれた記憶もないし、どちらかというとブスばっか言われてきた人生だからさ、まともに鏡見たことないなぁ!」

「なんで!?気づいてなかったの!?すみれちゃんうちの中学ではイッチバンの美人さんだったじゃん!?」

「…え?それ葉月ちゃんの中だけじゃない?」

「いやいやいや!ない!あのね、君めっちゃ可愛いから。今から顔面の説明してあげる」


 葉月ちゃんは箸をピシャリと置き、教卓の前に立ちチョークを握った。


「いい?まず輪郭なんだけど…こう、顎はシュッとしてて、でも頬に丸みはある」


 シュッシュッ、カッカッ


「んでまず小さいの顔が、これ大前提」


 りんご1個分くらいね、と横に説明を足している。キティか私は!


「首は細長くて〜〜」


 シューっ


「鼻はちっちゃいのに高いな、鼻から口の距離も程よい近さでね」

「ここ最大のポイント、でかい目!天然まつげの威力と、瞳の色素が薄くて茶色いな」


 カッカッ、カカッ


「整った眉毛に、今の髪型だと黒髪のセミロング、しかもツヤツヤ、そしてアイドル前髪!」


 シューッ、シューッ


「あとはここには書けんけど、色素薄いから色白で、なおかつ身長152cmという小柄でめんこいサイズ感!」


「今の言ったの全部私のことなの?」

「そうだよ!そしてこれがすみれちゃん!」


「…、つまり私はクリーチャーってことね?」

「ちょい、下手と?下手と言いたい?」

「うん下手、限りなく下手。どう見間違っても行列ができる色白美少女には見えないわ」

「まぁ確かに?てかそうだ、すみれちゃんが今まであんまり騒がれなかった理由は言動もあるよ」

「言動?私って汚いっけ?」

「まー、綺麗ではないけど汚くはない、つまり普通ではあるんだけど。あとね、男勝りな行動もすごかった記憶ある」


 自分の中学時代に想いを馳せて見た。



「あー、うん。ダメだな」



「そうだったのさ、すみれちゃん顔だけだったのさ」

「改めて言われるとくそ腹立つんだけど」

「ま!とーりーあえずー、その素を出していければね、いいんだけどねー…」


「うん、ごもっともだね」


 今のこの騒ぎようじゃ、葉月ちゃん以外とは落ち着いて話せやしない。話す気力も起きないくらいには滅入ってる。

 私の素を出す暇なんてないし、気合いが足りない。


「ん?待って、私って中学入りたての頃騒がれてたっけ?」


 ふと気づいた。高校で騒がれるなら中学でも騒がれていた可能性は否定できない。

 でもパッと思い出そうとしても、そんな大変なことは起きていなかったような気がするし、何より、何より…


「あぁ…もしかして?」


 葉月ちゃんは、嬉しそうにニヤりとした。


「そのもしかしてだよ、すみれちゃんの隣にはいつも誰がいた?登下校は誰としてた?」


 中学の入学式も、春も、夏も、秋も、冬も。

 卒業式も。


「響が、いたよ」





「つ、つまり響が用心棒だったってこと?なの?」

「用心棒まではいかないけど、あんなイケメンが毎日隣にいたら、そりゃー男の子は手を出すのも怖いだろうし、諦めちゃうんじゃないの?」


 なん、だと…?

 私はあの、綺麗すぎて憎たらしいほど羨ましかったあの性格クソの顔面に守られてたってことなのか…?



「はぁ、腹立つわ」


「まぁ、ただのイケメン男が居たからって訳じゃ、ないんだけどねー」


「ん?どういうこと?」

「いやぁ、なんも」





 放課後のチャイムが鳴り響き、ホームルームが終わる。


 バタバタとみんなが帰る準備を始めた時に、事件は起こった。



「ん?なんか揺れてね?」

「轟音聞こえんだけど」

「え、地震!?」



 地震!?だとしたら机の下に隠れなきゃ、カバン、カバン頭の上、んで机の中に…


「いや違くね?この校舎が揺れて…うわ!なんだよあれ!」


 廊下側にいた男子たちが見た光景は、壮観なものだった。野太い野生の声が廊下中に響わたった。




「「うぉぉぉおおおおおおおおおあぁああああああ!!!すみれちゃんはどこだぁぁぁあああああ!!!」」




 …!?!?!?



「え、え!?私!?なに!?!?」

「やばいぞすみれちゃん!先輩たちにやられる!!!!」

「はぁ!?!?やられる!?!?」

「ちょ、すみれ!!!ここ入って!」

「は、葉月ちゃん!」


 葉月ちゃんに言われるがまま、私は掃除用具箱の中に押し込められた。


「やば、あれ部活勧誘の先輩たちじゃない?」

「1年のクラス探し回ってすみれちゃんを入部させるつもりだな…」

「これは俺たちが守らねぇと!なんのためにすみれちゃんと同じクラスになれたかわかんねえもんな!」


 外から意味のわからない葉月ちゃんとクラスメイトの会話が聞こえる。同時に雄叫びも近づいてきた。



 や、やばい、人生でこんなに掃除用具箱に感謝した日があっただろうか。

 あと何回でも言いたい、この学校何???



「おぉい!!!ここに山賀すみれちゃんいるかぁ!!!!!」





 きっっ、来た。人生で1番心臓が速い。





「え、あーもう帰っちゃいましたよ?」


 ちょ!ナイスクラスメイト!程よい棒読み感すごいけど冷静な感じはある!いける!


「ふっ、なめんなよ小僧。窓の外見てみやがれ」


 外からみんなの足音が聞こえる、窓に向かったのか?一体なにが…?


「な…!なんだこれ!!!」

「こ、校門に、アメフト部とラグビー部で、ディフェンスの壁が作られてる!」



 な、なんだよそれーーーー!!!!

 ちょっと見たい。



「つーまーり、すみれちゃんはまだ校舎内にいる。教室内にいることも確定済みだ。さぁどこにいる?」


 ここで先ほどのクラスメイトの発言が失敗だったことに気づく。


「だって、帰っちゃったことを知り得るのは、クラスメイトくらいだもんな〜?このクラスにいるんだろ?この教室にいるんだろぉ?」



 こっ、こっこ、こっこここ、怖い。



 早くもこの高校、辞めたい。

 そんな言葉が頭を過ぎ去った後、ゆっくりと掃除用具箱の扉が開いた。



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