恋する乙女はすみれの如く

きりつぼあおい

プロローグ






 季節は春の手前、多少雪が残り肌寒く、お世辞にも春だね…とは言えない頃_______


 高校の入学式前日を迎えた。


「うん、いいね、いいよいいよ可愛い!うふ!!!」


 部屋の壁にかけた制服が可愛くて心が躍る。口がデロデロに緩む!

 夢のブレザーを着ることが出来るのをどれほど心待ちにしたことか!ワイシャツにプリーツスカート、ニットベストの組み合わせをドラマで見るたびに何回悔しくなり憧れたか!!!


「明日からこれを着て…んふふ、えへへ」


 正直、妄想が止まらなかった。

 でも許してほしい、何故なら私は


 この、進学校かつ制服が可愛いで有名な"月丘高校"に入るために、血が滲み、かさぶたを作り、またそれを剥がし、を繰り返すような努力をしてきたからだ!


 具体的には、まぁとりあえず学力が破滅的に足りなかった。中学3年の夏、突然月丘高校に第一志望を変えた時、周りに言われた言葉はコレだ。



「もう人生諦めたん?」

「いくらすみれでもこれはやばすぎ〜」

「純粋に何故?」

「あ、滑り止めが本命ってことか」



「いやまず人生諦めてねぇ!生きてる限り諦めるなんて文字私の辞書には無いし!?てかいくらすみれでもってどういう意味かなぁ?あと滑り止め私立が本命って失礼すぎるわぁぁぁあー!!!」



 まぁこんな感じで野郎どもには反論したけど、実際高望みがすぎるわけで。

 だから必死に勉強した。塾に通うのはもったいないから、仕方なく無料の家庭教師を雇った(?)


 お母さんには

「あんたぁ、こんな遠いとこ通ってどうするのぉ?ここから近い黒陵高校なら学力も間に合うしいいねって話してたじゃないの〜〜も〜心配」


 お父さんには

「…受かればなんでもいい」


 弟には

「姉ちゃんもしかして、制服が可愛いからとかそんな理由じゃないよね」



(え?そうだけど!)



 な、なんて、そんなのは周りには言えなくて、とりあえず理由は誰にも言わず、ひたすらに黙々と受験勉強をした。参考書は古本屋で買ったり、クラスメイトに問題教えてもらったり、とにかく必死に周りも巻き込んで受験に挑んだ。


 それくらい必死だった。

 あと周りも必死だった。


 結果はなんと合格。学校の前で結果を見たその場で1人、ガッツポーズを決めてやった。

 そしてその場でお世話になったみんなに電話をかけて涙の会話を交わした。つけていたマスクがぐちゃぐちゃになるほどに。



「もじ!もしもじもじ!!!わだじ!ずみれ!!!ねぇ合格しタァァァ!!!」


「…え、は!?マジ!?お前直前の模試合格率20%だったのに!?さすがだな」


「まじまじ!わたしやれば出来る子なんだね…!ありがどうね無料家庭教師!」


「うぜぇ本当に今度ステーキおごれクソ女」



 …これで電話は切れちゃったけどね。



 私はいろんな人のお陰で、目的を達成することができた。月丘高校に通うこと、というよりは、別の目的を。

 この制服を着て、新しい世界で頑張っていきたいな、と。


 ピンポーン ピンポーン


 インターホンが鳴り、バタバタと足音が聞こえる。宅配便かな。


「ねぇちゃん!ひびき来たけど」


 部屋のドア越しに"なつめ"の声が聞こえた。


「え?なんで?追い返しといて〜〜」

「はぁ!?ねぇちゃんが出てよ!なんか怖いんだよ響…」

「何が怖いのよ」

「顔が、めっちゃ怒ってる、イケメンだからめっちゃ怖く見える、絶対ねぇちゃんに怒ってるから俺は無理」


 私は仕方なくドアを開けた。


「わかった、ありがとなつめ」


 はぁ〜〜っ、気分の良い午後になんの用よ。


「はいはいなんの御用ですか〜〜?」

「おい、お前何してたんだよ」


 久しぶりに見た響の顔は、氷鬼みたいに冷たくて怖い。声も低い。びびる、ちびる。


「あ、あんたなんでそんなに怒ってんの?」

「当たり前だろ、返信こねぇし電話も折り返さないからだよ」

「あぁー!ステーキの話!?いや今お金ないから無理だし?気づけば明日入学式だし?無理だから無視してたごめ」

「なんで急に…」

「え?ん?なに?」


「何でもねぇ、とりあえず無理でも返信よこせ。生きてるのかわかんねぇ、あとステーキは高校別になっても絶対奢ってもらうからなマジで」


「え、あ、うん」


「んじゃ、またな」


「…うん」



 扉が閉まり、あいつがすぐ近く、向かいの部屋の扉を開けた音がした。


 響とは幼稚園の頃からずっと一緒、マンションの向かいの部屋に住み始めてから幼稚園、小学、中学と一緒に過ごしてきた。

 あいつが向かいの部屋に入るたびに実感する。


「距離が、近すぎるんだよね、うん」


 鍵を閉めて戻ると、なつめが不安げな顔で私を見てた。


「え、なに、どうしたのそんな顔して」

「喧嘩でもしたの?」

「いやぁ、してないけど」

「…ふーん、ちょっと前は毎日ずっと一緒にいたのに?」

「あれは仕方なく無料家庭教師をお願いしてたからね」


 冷蔵庫を開け水を取り出し、コップに注ぎながら、あれは仕方なくだったと思い返す。


「そんなことより、なつめ宿題終わったの?新学期までに終わらせないとねぇちゃんみたいになるよ」

「特急で終わらせる」

「あんたのそういうとこ、私に似てていいと思う、好きよー」



 いよいよ明日は入学式、それはすなわち私にとっては

 "響がいない世界"に飛び込むことと同意だった。


 なつめが宿題をしに部屋に入っていったのを見てから、私も自室の扉を開けた。

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