第4章 キーボードとマネージャー
入室してきたノブは、髪を緑色という、アニメでしか見たことがないような色に染めた青年だった。「どうも」と短い挨拶をしてからノブは、先ほどまでリョウタが座っていた椅子に腰を掛けた。
まず、自殺した女性、
「ジーリオンの最初のファンであり、マネージャーでした。高校時代は随分お世話になったし、助けてももらいました」
と簡単な答えを返すだけだった。マサキがジョージから槇村を奪ったということについては、
「それは……ある程度、彼女の意思もあったのではないでしょうか。端から見ていても、ジョージと彼女は、似合ってるとは言えなかったですからね」
「それは、どんなところがですか?」
「どんなって……」ノブは緑色の髪に手を入れ頭を掻いて、「ジョージって、あんなナリしてますけど、あまり自分から積極的に動くタイプじゃないんですよ。で、槇村さんも男に引っ張ってもらいたがるタイプでした。だから……」
「積極的なマサキさんのほうが合っていた、ということですね」
ノブは、こくりと頷いた。
「ノブさん自身は、どうでしたか? 槇村さんに対して、特別な感情を抱くというようなことは?」
「それは、ありませんでした。確かに槇村さんはかわいい女の子でしたけれど、僕の中ではバンドのマネージャーというだけでした。それに、僕はバンドを始めた頃、付き合っていた彼女がいましたから」
「槇村さんが自殺した原因についても、ジョージさんたちと一緒に調べたとか」
「ええ……、正直、ひどい話だとは思いましたよ。でも、だからといって殺すだなんて……」
ノブは、ここでも殺害動機について否定する。まあ、当たり前の話ではあるが。次に
「どうせ、僕らの誰かが恨んで殺した、なんて思っているんでしょうけれど……」ノブは、あらかじめ釘を刺すようなことを口にしてから、「そういうのはないと思いますよ。マサキがわがままを言うのは、それなりの仕事をしてるからだって、みんな認めてましたから。まあ、僕らもマサキの言うことに
アニメキャラとは言い得て妙だと思った。確かにこのノブは童顔で、奇抜なはずの髪の色が不思議と似合っている。
「マサキは、そういったバンド全体のプロデュースみたいなものにも積極的に意見を出していましたから。僕が最後だから、もう他のメンバーとは全員顔を合わせましたよね。僕だけじゃなくって、ジョージやリキの髪の色もマサキの指定です。唯一、リョウタだけは地毛じゃなくてウィッグですけれど、それもマサキがオーケーしたんですよ。まだちょっと素人っぽさが抜けないリョウタは、普段は地味な黒毛で、演奏のときだけはピンクの髪にしようって。実際その目論見は
だから、メンバーの誰かが犯人だということはあり得ない、とノブは最後に付け加えた。これ以上、話すことはないとばかりにノブが口を噤んだため、理真は、マサキが撃たれた瞬間のことを訊いた。
「そうですね、僕か、ドラムのリョウタのどちらかが一番先に気付いたと思います」
「リョウタさんの話では、自分がマサキさんの異変に気付いて隣を見ると、あなたは視線を落としてキーボードを弾いていたということでした」
「そうですか。でしたら、リョウタが最初に気付いたんでしょう。僕がマサキを見たときには、すでに倒れていましたから」
「銃声を聞いたり、弾がどの方向から飛んできたかは?」
「全然分かりません。多分、他のメンバーも同じことを言ったと思いますが」
「そうですね。あの大音響と、マサキさんの激しい動きに加え……」
「口パクのせい、ですよね」
理真が言いあぐねていた言葉をノブが繋いだ。彼は少し笑って、
「マサキの名誉のために言っておきますけれど、あいつが口パクをやったのは、今度のツアーが初めてですよ。初めてで最後になってしまいましたけれど」
「何でも、喉の調子を悪くされていたとか」
「ええ。プロとしてあるまじき失態ですけれど、あいつ、今回のツアーのことで、連日夜遅くまで会社の人たちと打ち合わせをしてましたからね。疲れもあったんでしょう」
「それで、体調を崩してしまった。でも、その楽曲は、ライブで披露しないわけにはいかない曲だったとか」
「そこまでご存じなんですか。その辺りの事情は、マネージャーの
「わかりました……あ、最後にひとつ、いいですか?」
席から立ち上がったノブは、理真の声に振り向いた。
「何ですか?」
「先ほど、マサキさんの口パクのことで『今度のツアーが初めて』とおっしゃいましたよね。『今度のステージ』ではなく」
「さすがに耳ざといですね」ノブは少し笑みを浮かべて、「ええ、マサキが体調を崩したのは、このツアーが始まる直前でした。だから、今回のツアーでは、喉が完治するまでは『紅い弾丸』は口パク対応しようということになっていたんです。大事なタイアップ曲ですから、無理して歌って音程を外すことは許されないですからね」
「今回公演の前のステージでも、口パクだったということですね?」
「いえ。今回のツアーは、ここ新潟がスタートですから、マサキがライブで口パクをするのは、今回が初めてでした」
「……そうですか。ありがとうございました」
ノブへの聴取はこれで終わり、話を訊く最後の人物、マネージャーの河合
「ジーリオンを担当しております、マネージャーの河合です」
入室してくるなり河合は、そつのない動作で理真と私に名刺を差し出した。
「それで、どうなんでしょうか、事件のほうは?」
先に河合から捜査状況を質された。「一刻も早い解決を見るためにも、お話を訊かせて下さい」と理真が言うと、河合は背筋を伸ばした。質問を受ける準備を整えたようだ。
「まず、メンバーの旧知であった、槇村律子さんという女性については、河合さんもご存じだったのでしょうか」
「いえ、一切知りませんでした。私はメンバーとは、会社に所属してからの付き合いしかありませんから」
「そうですか。では、殺されたマサキさんは、どのような人物だったのでしょうか」
「ジーリオンの顔と頭、両方を兼ねていたと言えます。恐らく……これでジーリオンは解散でしょう」
河合の表情に暗さが増した。
「メンバーの方も、同じようなことをおっしゃっていました。マサキさん抜きでは、バンドは成り立たないと」
「そのとおりです。ときにはメンバーにつらく当たったり、わがままを通したりもしてきていましたけれど、彼のこれまでの仕事ぶりを見れば、それもむべなるかなですよ」
「マサキさんのわがままを聞いてきたのは、河合さんも同じだったのでは」
「ええ、まあ、そうですけれど、それも含めてマネージャーの仕事ですから」
ベースのリキが言っていたのと同じようなことを河合は口にした。
「公演中、正確には、マサキさんが撃たれたとき、河合さんはどこにいらっしゃったのですか?」
「私はステージの裏にいました。雑用が結構多くて、スタッフの手伝いに駆け回っていました。僕はまだマネージャーとしては下っ端なので、手を空けていようものなら、すぐに呼ばれて誰かしらに使われますよ」
映像で見たが、ステージは床から二メートル程度高くなっていることに加え、ボーカルのマサキはステージのかなり前側に立っていた。観客からよく見えるように当たり前のことなのだが、それであれば、ステージ裏からでは、二メートルも高いステージの前側にいたマサキは完全に死角となり、銃で狙い撃つことは難しいだろう。ステージ背後には鉄骨で組まれたセットもある。その間隙を狙う必要もあるとすれば、ほとんど不可能と言っていいかもしれない。
「では、マサキさんに恨みを持っている人物などに心当たりはありませんか?」
理真に訊かれると、河合は顎に手を当てて、
「そうですねえ……恨み、というのじゃないんですけれど、過激なファンはいますね」
「ファン、ですか? それはもしかして、殺したいほどマサキさんのことが好きだとか、そういった?」
「そこまで彼女らが思っているかは分かりませんけれど、かなり熱心なファンはいますよ。日本全国、どこのライブ会場にも顔を出すという。ありがたいことではあるんですけれど。ライブでは一応、最前列の席の前に柵を設けているんですけれど、それをなぎ倒さん勢いで熱狂しているファンもいます」
ファンの犯行であるなら、拳銃の射程距離から考えて、犯人は最前列から数列目までの席にいた観客に限られるのではないだろうか。ジーリオンのライブチケットは、一般販売の前にまずファンクラブ会員優先で先行販売される。ステージに近い前列席のチケットを買い求めるのは、まずそういったファンクラブの会員で、入会の際に住所氏名連絡先を登録しているため、誰がどの席を購入したかはすぐに把握できる。警察では当然、前列席を購入した客を当たっているはずだ。
最後に、理真がマサキの〈口パク〉について尋ねると、
「苦肉の策でした。マサキ自身も苦渋の選択だったはずです」
河合はそう言って苦い顔をした。
「タイアップ曲で、披露しないわけにはいかなかったそうですね」
「そのとおりです。今まではネットやライブでの、熱狂的なファンの支持が中心だったジーリオンが、地上波テレビを通して一般の人にも知ってもらえる貴重な一曲でしたから」
「マサキさんの口パクのことを知っていたのは?」
「今回の公演の場にいた中では、私とメンバーだけです。なるべく、いえ決して外部には知られたくないことですから。固く口止めはしましたよ。もちろん彼らもよく理解しているでしょうけれど」
が、当のマサキが射殺されたことで、会場にいる全員にそのことは露見してしまった。
それで理真の聴取は終わり、私たちは河合に礼を言って、今度は犯行現場となった会場を訪れることにした。
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