六の弐 闇の中の光
――彼の悪鬼は、貴様の愛しき母親を殺した。
【鬼ノ腕】を解放したことによって発生した闇は《羅生紋》の中にある空間をも呑み込んでいた。
その闇が、奏恵に語り掛けてくる。
――殺しただけでは飽き足らず、亡骸を弄び、己の力の源として吸収した。
――貴様は母親の死の真相を長らく知らなかった。だからこそ怒り、憎しみ、恨んだ。
――優しさなど要らぬ。温情など要らぬ。彼の悪鬼は貴様が憎むべき仇だ。
――殺せ!
――殺せ!
――殺せ!
奏恵の憎悪を掻き立てようとする怨嗟の声が脳裏に響き渡る。
繰り返される内に、段々とそれが正しい事のように思えてくる。
……そうだ。相手はお母さんを殺した犯人だ。だから憎まなければいけない。すべてを擲ってでも殺さなければいけない!
奏恵の心の闇がどんどん溢れ出てくる。奏恵の全身をずるずると引きずり込もうとしてくる。
奏恵はそれに従おうとした。抗う必要はないと感じていた。
だが、「殺せ」と命じる闇の中で、ひとつだけ様子の違う声が微かに聞こえてきた。
どうしてだろう。闇に身を任せた方が楽なはずなのに。それでもその声が気になってしまった。
耳を澄まして、その声をよく聞き取ってみる。
――よく聞いて奏恵ちゃん。この世には人ならざる悪意があるの。
――それは人の善き心を踏みにじり、貪り、最後には滅ぼしてしまう。それはとても恐ろしい事。
――でも、誰かを大切に思う優しい心を持ち続ければ、その悪意に負けることはない。
――だから忘れないで、あなたの優しさが愛する人たちを護るということを。
それは光の声だった。おばあちゃんが奏恵に遺した最期の言葉だった。
あの時はその言葉の意味がわからなかった。そこまで深く考える必要のない言葉だと思っていた。
でも、今聞いたその言葉は、なぜかスッと胸の中に溶け込んで、全身に澄み渡って、そして、涙が止まらない。
何も見えない闇の中で奏恵は自分の左腕を探った。すると、そこには確かに、ブレスレットの感触があった。
柚葉と一緒に買ったお揃いのブレスレットだ。それを見ていると柚葉の笑顔が脳裏をよぎって、胸の奥が暖かくなって、自然と笑みが零れる。
ああ、どうして忘れようとしてしまったのだろう。誰かを愛する気持ちは、こんなにも暖かいものなのに。
怒りも憎しみもあっていい。でも私は、その感情で戦ってはいけない。
だって私は、みんなの笑顔のために戦うのだから――!
奏恵の全身が光輝く。その眩き光は冷たき闇を払い、奏恵の世界を優しい光で満たしたのだった。
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