六―決闘

六の壱 激突

 涼しげな風が吹く澄み渡るような夜だった。

 空鵞家の門前に停めたオートバイに跨った柚葉は待ち人の仕度が終わるのをそこでじっと待ちわびていた。

 それからしばらくして玄関扉が開く。白衣と緋袴――巫女の装束を纏った黒髪の少女がその中から一歩を踏み出した。


「お待たせしました」


 少女は恭しくお辞儀をする。清楚で可憐なその立ち姿を前に言葉を失った柚葉はボーっと彼女を見つめ続けていた。


「あ、あの、何か言っていただけると嬉しいのですが……」

「……えっ、あ、ごめん、見惚れてた。あんまりにも綺麗だったから、つい。やっぱりカナは巫女さんなんだね」

「巫女の作法とかは全然知らないですけどね」


 奏恵はくすりと微笑んだ。釣られて柚葉も笑い出す。お互いにいい感じに緊張が解れたところで、奏恵の父親が彼女を見送りに出てきた。


「……本当に行くんだね、二人とも」


 眼鏡の奥の穏和なタレ目が心配そうに細くなっていた。父親として、大切な娘たちに傷ついてほしくないと願う想いと、彼女たちの意志を尊重したいという想いに板挟みになった結果の、最後の確認だった。


「はい、行ってきます」


 だが、二人の意志は今さら変わらない。覚悟はとっくに出来ているのだから。

 圭悟にもそれは判っていた。だからこそ、彼は精一杯の笑顔を作って、


「いってらっしゃい。……頑張ってね! 家の鍵は開けておくから、いつでも帰っておいで!」


 彼の思いつく限りの激励を背中で受け止めながら、奏恵を後ろに乗せたオートバイは柚葉の手で走り出した。

 圭悟は二人の姿が地平線の向こう側へ見えなくなっても、ずっと応援の言葉を送り続けていた。


 桐花山へと向かう道を走り続ける中、奏恵は柚葉に抱き着く手にギュッと力を込めた。奏恵の緊張が柚葉の背中から伝わってくる。


「……虎鉄を倒して、絶対に帰ろうね」

「はい」

「そしたらみんなで美味しい物を食べに行こうよ」

「はい」

「あと、二人だけでちょっと遠くに出掛けてみたりとかさ」

「はい」

「だからさ」

「………」

「絶対に、勝とう!」

「はい!」


 二人の少女を乗せたワインレッドのオートバイは風を切って駆け抜ける。

 決戦の地である桐花山はもうすぐそこまで迫っていた。


 ◇ ◇ ◇


 虎鉄が二十二時ぴったりに虎鉄が指定された場所へ向かうと、そこにはすでに二人の少女が彼を待ち受けていた。お互いを支え合うかのように手に手を取り合う姿を見た虎鉄は鼻で笑う。


「おいおい、お手手繋いで仲良しこよしってか? そんなんで俺に挑もうだなんて、随分と舐められたもんだな」


 だが、その程度の挑発でそう易々と怒るような今の二人ではなかった。


「誰があんたを舐めるかバーカ」

「勝負です、虎鉄!」

「ハッ、望むところだ!」


 見合う三人の胸元に提げられた勾玉がそれぞれの光を放つ。奏恵は紅く、柚葉は白く、そして虎鉄は黒く。輝きは競い合うようにその強さを増し、激しく降り注ぐ稲光を呼び寄せた。

 そして、


 式機解放、《羅生紋》!


 式機解放、《舞秘女》!


 餓機見参、《斬月鬼》!


『さあ、覚悟するが良い』

「空鵞の巫女と羅殺の【式機】が、あなたを滅します!」

「《舞秘女》、颯爽登場ッ!」


 一、金色の鬼の骸の面を被った黒鋼の鎧武者、《羅生紋》。


 一、数々の武装を積んだ青と白の小柄な少女、《舞秘女》。


 一、巫女を糧にして動く三日月の兜の甲冑武者、《斬月鬼》。


 三者三様の巨大な機体が今、桐花山に降り立った。


 星が瞬く美しき夜空の下で三機は互いを一瞥してその位置を確認し、それぞれの得物を手携えて、


 全員が一様に跳び出した。


「大狼ィィィーッ!」

『来るか、虎鉄!』


 《斬月鬼》が持つ阿修羅丸の鮮血の刃が《羅生紋》に振り下ろされる。《羅生紋》はそれを草薙羅殺の白銀の刃で受け流し、返し刀で斬り込んだ。だがその一閃は《斬月鬼》の左腕を覆う厳重な拘束具によって弾き返される。

 決定打を叩き込めなかった《羅生紋》は素早く後退った。すると彼と《斬月鬼》の間にできた空間にひと際小さな影が長い髪を翻して飛び込んでくる。単純なスペック差で二機のスピードに追い付けなかった《舞秘女》だ。彼女は祖父仕込みの薙刀を振り回し、舞うが如く《斬月鬼》に挑みかかった。


「神力を持たぬただの人の身でありながら《轆轤首》を殺し、あまつさえ【鬼ノ腕】を解放した《羅生紋》を相手にしても臆することなく戦い抜いた貴様は敵ながら称賛に値する!」

「お褒めに預かりどうも! ぺちゃくちゃ喋ってると舌噛むよ!」

「この俺を前にしても動じぬその心……貴様もまた羅殺に至るに相応しい人間なのかもしれねえなァ!」


 虎鉄はどこか楽しそうに叫んでいた。休みなく繰り出される薙刀の連撃を避け続け、


「だが、まだまだ甘い!」


 脇を掠めた薙刀を左の巨腕で封じ込め、そのまま力尽くで彼女から分捕った。以前の戦いを鑑みるに《舞秘女》の武器はこの薙刀だけだと踏んだ虎鉄はこれで彼女から力を奪ったと思っていた。だが、


「そっちの方が甘いよ!」


 《舞秘女》は即座に右腕を突き出した。その前腕部に装備されているボックス状の物体のシャッターが開く。すると中から二連装砲口が出現し、《斬月鬼》に向けて二発の擲弾を発射。《斬月鬼》の顔面に直撃すると一瞬の閃光の後に炸裂した。組織から提供された新装備の一つ、「グレネードランチャー」である。


「なにっ!?」


 虎鉄が機体の中で見ている鏡面がバチバチと弾け、視界を覆いつくした。一時的にではあるが、これで《斬月鬼》の動きは封じることが出来た。

 その隙に背後へと回り込んでいた《羅生紋》が両手で構えた刀で鋭く斬り込んだ。鎧が裂け、そこから火花が散る。


「小癪なァ!」


 視界が回復した《斬月鬼》が振り向きざまに薙刀で《羅生紋》を打った。

 そして薙刀を適当に投げ捨てると空いた左手で拳を握り、怯んでいる《羅生紋》に殴りかかる。


『奏恵!』

「任せてください、結界!」


 その拳が届く前に結界を展開。すると光の壁に阻まれた拳は神力のエネルギーによって弾き返された。

 以前の奏恵ならばその結界は容易く破られていただろう。だが、神力の流れを活性化させる巫女の装束を纏い、そして確固たる覚悟を決めた今の彼女が発揮する神力は、それまでの比にならないほど強力なものとなっていた。

 拳を弾かれて体勢を崩したところへ、《羅生紋》は右の拳を真っ直ぐに撃ち込んだ。神力を込めて放たれた正拳突きは《斬月鬼》の甲冑を砕き貫き、その巨体を吹き飛ばした。

 宙を舞う《斬月鬼》は辛うじて両足で地面に降り立とうとするが、先の一撃によるダメージが響き、片膝をついてしまった。


「俺に膝をつかせるとは……数日の間で随分と強くなったじゃねえか」


 ゆらり――。《斬月鬼》が立ち上がる。眼窩に埋め込まれた小さな真紅の眼光が二機を見比べる。そして骨だけの顎で不気味に笑った――ように見えた。


「いいぜ、全力で相手してやる。簡単にぶっ壊れるんじゃねえぞ!」


 空気が途端に冷たくなった。夜空に浮かぶ星々の輝きが届かなくなった。

 《斬月鬼》の頭上を中心に、黒く渦巻く雷雲が空を覆い尽くしていた。まるで彼がそれを呼び寄せたかのような、そんな気がしてくる。

 稲光が轟くのも構わず、虎鉄は《斬月鬼》の左腕に邪気を集中させた。これまでで一番強い邪悪な念がその封印を解き放つ。

 厳重な装甲の下から姿を現したのは、はるか昔に自我を取り戻し【修羅】からの離反を企てた大狼と一戦を交えた際に、彼から斬り落とした物。


 左の【鬼ノ腕】だった。


 自由になった【鬼ノ腕】から放出される無尽蔵の邪気が《斬月鬼》の全身を駆け巡り、装甲をパージさせる。露わになったその身体は猛虎の如き雄々しさを誇り、青白いガス状の炎を節々から吐き出している。


 ――うおおおおおおおおおおお!


 身の毛もよだつ咆哮を轟かせ、身を屈めた《斬月鬼》は手近なところにいた《舞秘女》に飛び掛かった。

 《舞秘女》は左腕のグレネードランチャーを射出する。それは確かに《斬月鬼》の身体で爆発した。だが、《斬月鬼》はダメージを物ともせずに爆炎の中から跳び出し、【鬼ノ腕】でその小柄な身体を容赦なく殴り飛ばした。


「キャア!」

『損傷率二十七パーセント。外部強化装甲破損』

「ゆずちゃん!」

「大丈夫、今回は肩も捻ってないよ!」


 受け身を取って地面への直撃を免れた《舞秘女》はくるりと回転して無事に着地した。さっきの一撃で装備していた強化アーマーが破壊されてしまった。だが、むしろこれが無ければ即死レベルのダメージだっただろう。危なかった、と息を吐くと同時に、柚葉は叫ぶ。


「そっちに向かった、気を付けて!」


 《斬月鬼》は狙いを《羅生紋》に変えて動き出していた。

 奏恵は慌ててそれに応戦しようとするが、すでに懐に飛び込んでいた《斬月鬼》の鉤爪が《羅生紋》の胴体をガッシリと握り締めていた。

 そして熱を帯びた【鬼ノ腕】は邪気のプラズマを《羅生紋》に直接浴びせた。


「キャアアアァァァーッ!」


 奏恵の悲鳴が響く。プラズマは徐々に火力を高め、《羅生紋》の各部を破壊して火花を散らさせる。


「どうしたどうしたァ! このままだと破裂しちまうぞォ!」

『ぐっ……ぁ……!』

「ッ、負けて、たまるか!」


 奏恵は力を振り絞って《羅生紋》の外に神力を放出させた。そのやり方は結界を生み出すのに近いが、今回のそれは《羅生紋》の頭上で集束すると手の平大の光の球体に変わる。

 そしてその球体は光の弾丸を《斬月鬼》に集中させて解き放ったのだ。


「チィッ」


 それの直撃を受けまいと《斬月鬼》は《羅生紋》を手放して後退った。だが無数の弾丸は《斬月鬼》を追い、その肉体を射ち続ける。

 解放された《羅生紋》はその隙に体勢を立て直した。


『今のは「光の雨」か。まさか自力で会得するとはな』

「……大狼さん。【鬼ノ腕】を使います!」

『……いいのか?』

「向こうの【鬼ノ腕】に勝つにはそれしかありません。大丈夫です、前のようなことにはなりませんから」

『承知。汝を信じよう。【鬼ノ腕】、解放!』


 一度解かれた封印を再び解くのは案外楽なものだった。

 《羅生紋》は自らの意思で【鬼ノ腕】の邪気を高め、封印から解き放ったのだ。

 黒く硬化した異形の鉤爪が姿を曝す。その腕に宿る邪気が《羅生紋》を呑み込み、その姿を変えさせる。

 ボロボロの外套は剥がされて、その下に隠れていた亀裂の入った鎧から赤いガス状の炎を噴出している。


 町を滅亡させかけた地獄の鬼が、再びその姿を現したのだった。

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