伍の弐 大切だから

 一同がこの場に集められたのにはある理由があった。

 それは、昨夜のことを反省した上でのこれからの行動について考えることである。


「昨日は本当にご迷惑をお掛けしました! ……いえ、町の事を考えたらきっと迷惑どころではないですし、謝っても謝り切れません。私はそれだけのことをしてしまいました」


 柚葉にどれほど許されても、それは個人的なものだ。世間体で考えれば、奏恵のしたことは決して許されることではない。それは誰もが理解している。だが、咎めるつもりもない。その贖罪など、一介の女子高生が出来ることではないからだ。


「重傷者は多く出ましたが、幸いにも死者はゼロ。工業地帯の損失は計り知れないですが、そちらも含めて、被害者のフォローはわたくしたちで行わせていただく所存です」

「で、でも、私は……!」

「巨大な兵器で戦う以上は仕方のないことです。その後処理を行うために我々組織があるのですから、奏恵ちゃんが気に病む必要はありません」


 今の瞳子は先ほどまでのユーモラスさを感じさせない組織の一員としての事務的な対応をしているが、その言葉の内には優しさが込められていた。

 ここで奏恵が自らの罪について深追いしたとしても、それでは昨夜から今朝にかけて処罰を求めた大狼と何ら変わらない。奏恵はその罪の意識を決して忘れないように胸に留めた。


「今回の暴走の原因は【鬼ノ腕】の起動によるものと見てよろしかったですか?」

「ああ。吾も奏恵もこの腕を制御できるほどの力がまだ無かったということだ」

「私も同じ気持ちです。だからこれからはそちらにも気を遣わなきゃ。……ところで【鬼ノ腕】って、大狼さんが【修羅】にいた時に着けられたものなのですよね。本来の腕はどうなさったのですか?」

「【鬼ノ腕】を接続するために両方とも斬り捨てた。当時の吾はそれほどまでに【修羅】に陶酔していたのだ」


 大狼は包帯に巻かれた右腕を忌々しげに見下した。【鬼ノ腕】を斬り落とされた左腕は後に「人間としての腕」を意識して神力によって復元させたとのこと。


「そういやさ、昨日大暴れした挙句に逃げたあの虎鉄とかいうやつ。あれ、結局何だったの?」

「彼奴は、吾の友だった男だ」


 重々しく開かれた大狼の口から飛び出したその言葉に柚葉と奏恵は驚愕した。

 大狼は続ける。


 虎鉄は元々、鳴かず飛ばずの詩人だった。しかし傲慢だった彼の作品を好意的に受け止めてくれる人間はおらず、やがて彼は自分の才能を認めない人々に強い憎しみを抱くようになった。そんな彼が邪気を取り込んで【修羅】に堕ちるのは時間の問題と言えよう。

 大狼が【修羅】の軍門に降った頃には既に彼がいた。二人は出会った当初こそいがみ合う仲だったが、与えられた二対の刀を分け合ったのをきっかけに、数々の戦場を乗り越えていく中でお互いに背中を預けられるほどの戦友となった。

 だが、それから三年後に二人の絆が崩壊する事件が起こる。

 いつも通りの人間との戦いの最中、大狼が【式機】としての自分の本来の在り方を思い出そうとしていたのだ。

 自分は【修羅】ではなく人間の味方。当時はその事実だけが大狼の脳裏に木霊していた。

 そして【修羅】を裏切り、約束の地である羅生門へと赴こうとする彼の前に立ちはだかったのが虎鉄だった。

 かつての友はお互いに刃を交えた。そして互いに左腕を斬り落とされ、大狼は結局その場での決着をつけずに逃げ出した。

 その日を境に、虎鉄は執拗に大狼を追い続けた。自分を、そして【修羅】を裏切った者を斬るために。あの日の決着をつけるために――。


「今こそ謂おう。吾が真名は『大神オオガミ』。空鵞によって産み出された最初の【式機】として、力なき人々にとっての神の象徴であれとの願いを込められた名だ。然れども、吾はその願いを裏切り【修羅】に堕ちた。故に吾は、その宿業を忘れ得ぬために『大狼オオカミ』と名乗り続けたのだ」


 大神――その真名を聞いた時、奏恵はどこか懐かしいような気がしていた。

 彼女に流れている空鵞の血がそう感じさせているのだろうか。


「じゃあ、あんたと虎鉄はあたしと奏恵みたいな関係だったんだ」


 自分たちも一歩間違えれば同じようなことになっていたかもしれない。もしも新稲寺に《舞秘女》が無ければ、あたしは【修羅】の誘いに乗ってしまったかもしれないから。そうなった時、あたしたちは互いに殺し合うことになっていただろう。

 そう考えると、親友に裏切られた虎鉄の気持ちもわからなくもなかった。


「……大狼の方が呼び慣れてるからこっちでいい?」

「ああ、構わぬ」

「ありがと。……大狼はかつての親友と斬り合うことに抵抗はないの?」

「無い、と言えば嘘になろう。【修羅】に降ったことは吾の罪であるが、己の使命の為に彼らを裏切ったのもまた罪である。しかし、だからこそ吾はこの道を進み続けなければならないのだ。喩えかつての戦友と時代を超えて幾度となく刃を交え、殺すことになろうと、吾は進む。それが、使命に準ずる吾の覚悟である」


 ある意味想像通りの答えが返ってきてホッとしたような気がする。柚葉には想像もできないくらい昔から戦い続けてきた彼の覚悟は、きっと何人たりとも挫くことができないだろう。

 ともすれば、後は――。


「カナは? 虎鉄のあの機体は、その、カナのお母さんが……」

「気を遣っていただいてありがとうございます。確かに、もう一度あの機体と戦うのは恐いです。また理性を失って暴走してしまうかもしれない、お母さんのことが頭をよぎってうまく戦えないかもしれない……でも、きっとお母さんの方が苦しいはずなんです。だから、私はお母さんをゆっくりと眠らせてあげるために、《斬月鬼》と戦います」


 それは昨晩の間に何度も何度も自分で考えて出した結論だった。

 戦わないという選択肢だってあったはずだ。それでも、奏恵は戦うことを選んだ。

 「お母さんの仇を討つ」ためではなく、「今も苦しんでいるお母さんをゆっくり眠らせる」ために戦うというのは、いかにも奏恵らしい。

 さらに奏恵は柚葉の手を取り、


「それに、ゆずちゃんが一緒にいてくれるから。それだけで私、すごい力が出せそうなんです!」


 恥らうことなく、そう言ってのけたのだ。


「確かに、《轆轤首》との戦闘の際も柚葉が合流する前より後の方が神力の活性化が著しかった。それに奏恵を闇の中から呼び戻したのも柚葉の呼び掛けだったな」

「あらあら、仲が良いのね」


 奏恵は嬉しそうに柚葉に抱き着いた。柚葉は嬉しさと恥ずかしさで困惑していたが、ふと奏恵が服の裾を強く掴んでいたことに気付いた。


 ――ああ、本当はすごく不安なんだ。きっと不安なだけじゃなくて、色々な感情がぐちゃぐちゃになってる。なら、せめて少しだけでも気を楽にしてあげなくちゃ。


「で、その柚葉さんはどうするのですか?」


 話を振られた柚葉は奏恵の肩を抱いた。


「もちろん、あたしも《舞秘女》で出撃します。性能差は大きいし、戦闘では役に立たないかもしれない……でも、カナの支えになれるのなら、あたしは全力でやります!」


 はっきりとそう宣言する柚葉の顔が奏恵にはとても眩しく映った。

 幼馴染として、親友として、そして――、これ以上心強い存在はない。

 彼女と出会うことができて本当に良かった。


「お二人の覚悟はよくわかりました。ただ、一応保護者の方の意見も聞いておきたいところなのですが――」

「娘にツラい役目を押し付けてしまっていることは今でも胸が苦しいよ。でも、それが奏恵の選んだ道なら、僕は全力で応援したい。だから、二人とも必ず生きて帰ってきてください」

「今更オレが言うことなんざねェよ。全力でぶつかってこい!」

「まあ、当然そうなるわよね……」


 わかり切っていたと言わんばかりに瞳子は苦笑した。だが、この二人が問題に対して真摯に向き合っているからこそ、子供たちも自分の気持ちに素直になれるのだろう。


 ――彼女は私に何も手伝わせてくれなかったのに。


 かつての大切な人を思い、瞳子は目の前の家族たちの関係性に少しだけ妬いていた。


「では、わたくし共も全力でサポートさせていただきます。生憎人員の派遣は行えませんが、物資の調達などであれば可能な限り応じましょう」

「じゃあ、《舞秘女》の追加武装とかも用意できます? 流石に薙刀だけじゃ心許なくって」

「わかりました。上に掛け合ってみましょう。それと、奏恵さんには個別に受け取っていただきたい物があるので時間がある時に空鵞神社へといらしてください」

「は、はい、わかりました!」


 瞳子の指導の下、これからの戦いに対する支援の手続きが進められていく。これで正式の組織のバックアップを受けながら【修羅】と戦うことができるようになる。身が引き締まる思いがした。

 そして最後に、虎鉄への対策案を考えることになった。

 他の【修羅】との戦闘で消耗したところに襲い掛かられたら昨夜の二の舞である。否、今度こそ二人揃って殺されてしまうだろう。

 何とかしてこちらの戦力が万全の状態で奴と戦えるようにしなければならない。だが、そのためにはどうすれば良いのだろうか――頭を悩ませていたところに一石を投じたのは、大狼の一言だった。


「果たし状はどうだろうか」

「果たし状?」

「然り。彼奴はああ見えて律儀なところがある。故にこちらから日時と場所を指定して決闘を申し込めば彼奴はそれに応じるだろう。無論、それまでに手を出してくることもあるまい」


 実際、虎鉄は昔から果たし状の類に対して律儀に対応していたのだと言う。かつての親友がそう言うのなら間違いないのだろうが、問題はどうやって果たし状を送り付けるかだった。

 だが、それについてもすぐに答えが出た。


「あ、じゃああたしに任せてもらってもいい? あいつの行きそうな場所に心当たりがあるんだ」


 驚く面々を前に、柚葉は不敵な笑みを浮かべた。

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