四の弐 共闘撃破、そして・・・

 《舞秘女》の乱入によって戦場の空気は変わっていた。

 まず、周囲を浮遊する数々の生首共は過去の記憶にすら存在しないその姿に戸惑っていた。

 次に、《羅生紋》もまた驚愕したものの、その動向を冷静に伺っていた。

 そして、《羅生紋》の中にいる奏恵は――


「ゆずちゃん! ゆずちゃんなんですよね!」

「そだよー。あなたの大事な親友のゆずちゃんなのです」


 返ってきたその言葉の嬉しさのあまり、表情が今日一番に綻んでいたのだった。


「助けてくれてありがとうございます! でも、その【式機】はどうしたんですか? それに、どうしてゆずちゃんがその機体を動かしているんですか? あとあと、怪我とか無いですか大丈夫ですか?」

「はいはい、落ち着いて。色々と説明したいのは山々なんだけど……」


 そこまで言うと、《舞秘女》は薙刀を構え直した。周囲の生首共が再び臨戦態勢に入ったからだ。


「話はこいつらを倒してから!」

「は、はい!」


 飛び込んでくる敵に対して二体の巨人はそれぞれが動いた。二つの銀色の閃光が闇夜を駆け抜け、敵の肉を抉り、どす黒い体液と共に引き裂いた。

 《舞秘女》の振るった薙刀は的確に敵の命を奪った。だが《羅生紋》の刀は精細さを欠いていたのか致命的な攻撃にはなり得なかった。奏恵にはまだ、人の姿をした敵と戦うことへの迷いがあったのだ。

 それを察した柚葉は、生首が集まる頭上へと《舞秘女》を跳躍させた。その跳躍力は身軽な彼女だからこその身のこなしだ。


「それにしても悪趣味な姿ね。これはカナが苦戦するのも頷ける。でも――」


 生首と同じ高度までたどり着いた《舞秘女》は薙刀を両手で構えて横凪ぎに旋回した。


「――あたしはカナほど優しくないから。敵である以上は容赦なく叩きのめす!」


 ベーゴマのように回転する刃が生首をまとめて薙ぎ払う。死肉の断片が削げ飛び、次々と爆散していった。

 爆炎をバックに《舞秘女》は着地し、薙刀に付いた血を払ってから《羅生紋》の方を振り向いた。


「す、すごい……やっぱりゆずちゃんはすごいです!」


 初戦闘とは思えないほどの鮮やかな腕前に奏恵は見惚れていた。もしかしたら今の奏恵よりも強いのかもしれない。しかし悔しさはなく、むしろこれ以上ないくらい心強かった。


「褒めてくれるのは嬉しいけど、気を付けて」


 《舞秘女》が指差した先を見上げると、そこでは残った六体の生首共が集い、ぐるぐると渦巻いていた。


 ――おのれ、長い時間を掛けて増やした我々が!

 ――許さぬ、決して許さぬぞぅ!

 ――こうなれば、残った我々の力を集結するのみ!


 邪悪な気配が彼らを包み込む。皮膚が溶け、水に浮かべた油のように広がり、混ざり合い、結合した。

 まっさらなボールに仮面を貼り付けて埋め尽くしたらこのような見た目になるだろうか。物言わぬ仮面ならまだいい。目の前のそれは、一つ一つの顔が意思を持ちバラバラの言葉を発する。それはそれは見るも悍ましい異形の姿。

 これをただの生首と誰が呼べようか。死人の顔を張り巡らせた《轆轤首》の集合体が上下左右前後、全方位を睨み付けている。まるで膿の塊のようにさえ錯覚してしまうそれに死角は存在しない。


「おーおー、まさに第二ラウンドって感じね」

『奏恵よ。あれを見てもなお、彼奴らを斬ることを躊躇うか?』


 生者を喰らい、死してもなお弄ぶ。それはもはや死者に対する冒涜の証。まさに許されざる鬼の所業だ。


「……大丈夫です。死んでいった人たちを【修羅】から解放します」


 意を決して、《羅生紋》に刀を構えさせる。剣先を真っ直ぐに《轆轤首》の巨体へと向けようとするが、ゆらりゆらりと漂っていてうまく捉えることができない。


「この子には《羅生紋》みたいなかっこいい必殺技がないからさ、ズバッと決めちゃってよ。あたしたちは全力であいつの足止めをするから」


 《轆轤首》に狙いを定めた柚葉は操縦桿を動かした。それに従って《舞秘女》はバスケ選手さながらの跳躍力で華麗に宙を舞う。敵との距離は充分。両手で構えた薙刀を振り上げる。闇夜に煌く刃は《轆轤首》を的確に追った。だがそれまでの比ではないスピードで動いた《轆轤首》が刃をかわし、お返しと言わんばかりに顔のひとつから火の玉を吐き出した。

 柚葉は持ち前の瞬発力で火の玉がこちらに着弾する前に薙刀を扇風機のように回転させる。すると、発生した風圧によって勢いが落とされた火の玉が薙刀にぶつかり八方に弾け飛んだ。


「まだまだァッ!」


 《舞秘女》は止まらない。機体が落ち始めるよりも速く薙刀を振り回し、刀ではなく棍の部分を《轆轤首》の脳天に叩き込んだ。そうすることにより、《舞秘女》は《轆轤首》を地上に打ち落とすことに成功したのだ。

 アスファルトに押しつぶされた《轆轤首》はぎちぎちと体液を散らす。中には泡を噴いて気絶している顔もあった。


「カナ!」


 相手の動きを《舞秘女》が封じた今が絶好のチャンスだ。

 奏恵は《羅生紋》の持つ刀の刀身に神力を集中させた。青白い稲光を放つ白銀の刃は暗闇の中で力強く明滅する。

 必殺の剣を解き放つための力が集った。あとはこれを敵にぶつけるのみ!


「ゆずちゃん、離れて!」


 瞬間、《舞秘女》はその場から飛び退いた。地面に叩き伏せられた《轆轤首》のみが、《羅生紋》の視線の先に取り残されている。

 そこに向かって、跳び出す。

 浮遊して逃げるほどの余力がない《轆轤首》は火の玉を吐いた。

 だがその火の玉は最大まで高められた神力の輝きによってかき消される。


「はあああああああああッ!」

『この一閃にて滅せよ……羅殺月影斬!』


 《轆轤首》の眼前に迫った《羅生紋》が縦に一閃、刀を振り下ろした。

 それはまるで落雷の様だった。青白い電光が《轆轤首》の顔を穿ったのだ。


『滅却!』


 ――ギエエエェェェ……!


 怖気が走るような断末魔を上げながら《轆轤首》は真っ二つに斬り裂かれた。血反吐を吐き、脳髄をぶちまけ、そして光の粒子となって爆ぜる。

 他に残っている首はない。よってこれが、この世に蘇った【修羅】・《轆轤首》の最期である。

 戦いが終わったことで肩の力が抜けた奏恵は深く息を吐いた。同時に、柚葉が操縦する《舞秘女》も《羅生紋》の側に駆け寄ってきた。


「お疲れ様、カナ」

「はい、ゆずちゃんもお疲れ様です。本当に助かりました」

「いやはや、これくらい当然のことよ。詳しいことは後で話すけど、これからもあたしはこの《舞秘女》と一緒にカナのサポートをするから、よろしくね」

「それはとても心強いです! これからもよろしくお願いします!」


 そう言って、奏恵は《羅生紋》の左手を差し伸べた。その意図を把握した柚葉も《舞秘女》の左手を出し、互いに握手を交わした。


「さて、それじゃあ帰りましょうか」


 やることを終えた二人は日常へ帰ろうとする。だが、それを制止する者がいた。


『待て、まだ油断をするな。凄まじく強い邪気を感じる』


 そう告げる《羅生紋》の声はいつにも増して低く、それでいてどこか震えているようでもあった。珍しく緊張していると、中にいる奏恵は感じ取っていた。


「おいおい、ようやく気付いたのかよ」


 聞き慣れない男の声が聞こえたのはその時だった。正確には奏恵だけが聞いたことのない声。柚葉は数時間前に聞いたばかりだった。


「まさか……!」


 二体の【式機】が声のした方を向いた。すると、少し離れた電柱の上に立っている金髪の男がいた。その男はチェーンやネックレスなどのアクセサリーをふんだんに身に着けている――そう、柚葉がラーメン屋で出会ったあの男だった。


『お前も蘇っていたのか……虎鉄コテツ!』


 虎鉄と呼ばれたその男の表情は、《羅生紋》の叫びを聞いた瞬間に歓喜と狂気でどす黒く歪んだ。


「会いたかったぜ、大狼ィ!」


 すると、虎鉄は服の下に隠していた勾玉のネックレスを掲げた。それは奏恵が持っている物と同じ【神霊勾玉】の形をしている。だが、夜の中に溶け込んでしまいそうな程に黒い色をしていた。

 そして彼はそれを手の中に握りしめたまま電柱の上から身を投げ出した。しかし彼の表情に恐れはない。なぜなら、死なないとわかっているからだ。


、《斬月鬼ザンゲツキ》!」


 刹那、漆黒の稲妻が彼の身を穿った。

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