四―餓機

四の壱 力なき者のやり方

 それは、デパート襲撃事件の翌日のことだった。柚葉は突然祖父に連れられて家の蔵の前に来ていた。

 まさか蔵掃除をしろと言うのではないだろうな。もう長年手を付けていない蔵の掃除など、想像するだけでも嫌になりそうだ。

 そんなことはお構いなしに祖父の剛三は蔵の鍵を開けて中に入った。柚葉もそれに続いて入るが、案の定と言うべきか、蔵の中は埃だらけで蜘蛛の巣もあちこちに張ってあった。特に蜘蛛の巣は奏恵が戦うきっかけとなった事件もあって、あまりいい印象がない。

 剛三が彼女を案内したのは蔵の奥深くだった。乱雑に積み重ねられた物を二人でどかすと、床の隠し扉のようなものが姿を現した。そして剛三が鍵を使ってその扉も開くと、その先には地下へと続く階段があったのだった。


「何、この階段?」

「いいから黙って着いてこい。とっておきのモンを見せてやる」


 言われるがまま、地下への階段を降りる。視界は真っ暗な闇に閉ざされていて、剛三の持っている懐中電灯と右手にある手すりだけが頼りだった。

 それからどれくらい降りていったのだろう。少なくとも五階分以上はあったのではないだろうか。ようやく地に足つけられる場所に辿り着くと、剛三が壁にあるスイッチを押した。

 すると、地下に設置されていた電灯が一斉に光を灯した。闇に慣れていた眼には眩しすぎて、柚葉は咄嗟に顔を背けた。

 そしてゆっくりと目を開けた時、その目に映る光景に柚葉は絶句した。

 そこは様々な端末や配線、資料などが入り乱れる科学の実験場のような場所だった。

 そしてその中央に片膝を立てて鎮座していたのは、

 少女の姿を模した巨大ロボットだったのだ。


「あれこそがオレの親父が造り上げた【式機】、《舞秘女マイヒメ》!」

「ま、《舞秘女》……!?」


 柚葉は驚きのあまり動けなくなっていた。自分を遥かに凌駕するその巨体に、ただただ圧倒されていた。


「……必要なンだろ?」

「え?」

「今のお前には、こいつが必要なンだろ?」


 その言葉の意味することが柚葉には何となく理解できていた。

 この機体を使って奏恵と共に【修羅】と戦う――それは、奏恵の力になりたいとずっと願い続けていたことが実現できるということだ。


「で、でも、あたしはカナと違って神力が無いから【式機】は動かせないんでしょ?」

「そんなンは正規品の話だ。こいつは模造品……言っちまえばパチモンだ」


 剛三は柚葉を《舞秘女》の近くに呼び寄せた。確かに、生物のような印象がある《羅生紋》に比べて《舞秘女》にはメカっぽさがある。関節の駆動部分はわかりやすいし、装甲は何のために使っているのかわからないようなパーツがたくさん継ぎ接ぎされている。もちろん装甲の下には無数の配線や回路が張り巡らされているのだろう。


「お前も知っているだろうが、《羅生紋》のような正規品は神力によって内部に空間を造り、その中で巫女たちが意のままに操る仕組みになっている。だが、こいつは神力を持たない人間が扱えることを前提としているから、そんなご大層な空間は用意されていない。バイクの操縦のように、大部分を自分の手でやらなければならない」


 言いながら、剛三は《舞秘女》の下腹部にあるハッチを開いた。その中には数々の端末がぎっしりと詰め込まれており、中心に小さく座席があった。


「まさか、この狭いのがコクピット?」

「ああ、このエコノミー症候群まっしぐらな空間がコクピットだ。こいつを持って入ってみろ」


 剛三が差し出したのは半透明なガラス製の勾玉だった。機体が模造品なら勾玉も模造品らしい。

 それを奏恵と同じように首元にぶら下げた柚葉は、端末を蹴ってしまわないように気をつけながらコクピットの中に入った。やはり狭い。身を屈めていないと身体をぶつけてしまいそうだ。そして座席に腰を下ろすと、目の前にオートバイのハンドルの様な二対の突起があることに気付いた。何も考えずにそれを握り、いつものように捻った瞬間、


『マガタマ確認――完了。生体情報確認――完了』

「え?」


 コクピット内でアナウンスが鳴り、ハッチが独りでに閉ざされたかと思うと、柚葉を取り囲んでいたディスプレイが次々に点灯した。


『《マイヒメ》起動――完了』

「ちょ、ちょ、ちょ、爺ちゃん、動いちゃったんだけど!」


 前方のディスプレイはどうやら《舞秘女》の瞳部分に備えられているカメラが映す映像がリアルタイムで流れているようだった。柚葉はそこに映る祖父に向かって叫んだ。

 すると祖父は柚葉の気も知らずに大口を開けて笑っていた。


「はっはっはっ、好都合だ。大まかな動かし方はバイクと同じだ。後の細かい動作についてはそいつの動力源である【神石】とやらがお前の思考をトレースしてくれる」

「と、トレースできるの?」

「あくまで真似するだけだ。例えば相手を拳で殴ろうとしても、何の勢いもないし力も入らん。だからその辺のバランス調整はお前が逐一気にして動かさないといけないぞ」

「な、なるほど。とりあえず立ってみるね」


 剛三が安全な場所に移動したのを確認した後、柚葉はハンドルとペダルを駆使して《舞秘女》を動かそうとした。


(思考をトレースするなら、立ち上がるイメージを合わせれば)


 そうして試行錯誤しながらも、柚葉は無事に《舞秘女》を立ち上がらせることに成功した。

 それからも歩く、手を伸ばすなどの基本動作を確認し、柚葉はコクピットから降りた。そして祖父が持ってきた缶ジュースを飲んで一息ついていた。


「ねえ爺ちゃん。本当にこれをあたしが動かしていいの?」

「いいも何も、本よりそのためにここに連れてきたんだ。それでどうすンだ?」


 柚葉は視界の先で座っている《舞秘女》に視線を向けた。ホワイトとブルーの涼しげなカラーリングの機体。少女らしい見た目をしているそれがじっと座っている様は、まるで出番待ちの踊り子のようだ。

 そんな造形をしているからか、それとも他に理由があるのかは本人にもわからないが、それでも柚葉は《舞秘女》に親近感を覚え、彼女を気に入っていた。


「あたし、《舞秘女》と一緒に戦いたい。模造品だろうとこの子が立派な【式機】だって証明する。そしてカナと肩を並べるんだ!」

「立った、歩いた、それだけじゃ【修羅】には勝てん。だからこれからは特訓をする必要がある。これまでの薙刀の訓練の比じゃないくらい厳しくいくつもりだ。それでもやれるか?」

「うん、やるよ爺ちゃん。カナを助けられるのなら、あたしはどんな試練だって乗り越えてみせる!」


 それが柚葉の覚悟だった。

 その日から柚葉は学校から帰るとすぐに訓練を受けるようにしていた。シミュレーターによる実戦訓練が主だったが、三日もすれば好成績を収められるようになっていた。

 そして今日。大狼を探す【修羅】と遭遇した柚葉は一刻も早く実戦に出るべく、最後の仕上げに取り掛かった。

 もはやこれ以上訓練することはないと踏んだ剛三は実戦許可を出した。奏恵がマンションに潜んでいた《轆轤首》と対峙したのは、まさにその瞬間だったのだ。

 柚葉は《舞秘女》を宿した勾玉を胸にオートバイを飛ばした。模造品とは言え、《舞秘女》には最低限の神力が宿っている。そのため、《羅生紋》と同じように勾玉の中へ収納することも可能であった。


「今まで素っ気ない態度してごめんね、カナ。その分、成長したあたしを見せてあげるから!」


 そして《羅生紋》と《轆轤首》が戦っている現場へと到着した柚葉は、勾玉を強く握りしめてキーワードを叫ぶのだった。


「式機解放、《舞秘女》!」

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