参の四 新たなる式機
マンションを牛耳る《轆轤首》の群勢から逃げ続けた奏恵は踊り場の柵の上に乗り上げ、意を決して跳んだ。
重力に従って身体が地面に吸い寄せられていく。風の強さに震えが止まらない。
でも、もう震えているだけの自分じゃないから。
「――ッ、式機解放、《羅生紋》!」
奏恵の勾玉が真紅の輝きを解き放ち、稲光がアスファルトを穿つ。鋼鉄の巨人・《羅生紋》が奏恵を取り込んで顕現した。
マンションの前にそびえ立つその雄姿を生首共は畏怖の眼差しで睨みつけていた。
――あれは【式機】か! 羅殺の【式機】か!
――あの小娘が、忌々しき空鵞の巫女!
――欲しいなぁ、巫女の首が欲しいなぁ!
――喰い殺せ、喰い殺せ!
――巫女の肉は旨いぞぅ!
生首共は口々に怨嗟を叫び、《羅生紋》の周囲を取り囲むように漂った。
その数、実に二十。逃げる最中に何体かは斃したが、それでも多勢に無勢である。だがしかし、《羅生紋》にはその数の差を埋めるだけの力があった。
『さあ、覚悟するが良い』
「空鵞の巫女と羅殺の【式機】が、あなたたちを滅します!」
宣言した直後、外套を翻した《羅生紋》は愛刀の草薙羅殺を抜刀した。【修羅】を断つ白銀の閃光が闇夜に煌き、生首共を威圧する。
最初に飛び込んできたのは男の生首だ。唸りを上げて《羅生紋》に喰らい付こうとする。しかし《羅生紋》はそれに臆せず的確に刀を振るい、横凪ぎに両断した。顎から上を吹き飛ばされた男の顔はどす黒いヘドロを散らして絶命した。
だが、それだけでは敵は止まらない。
女の顔。
老婆の顔。
赤ん坊の顔。
次々に襲い来る顔、顔、顔。
それらを刀で斬りつける度に悍ましい断末魔が奏恵の耳を襲う。
「ひっ」
すでに死体となって【修羅】に操られているとは言え、また歪な姿をしているとは言え、人間の顔を斬るのはやはり気分が良いものではなかった。
「こ、この人たち全部、斬らなきゃいけないんですか?」
『然り。心苦しいだろうが、彼らも【修羅】に堕ちてしまったのだ。個体差はあれど、どれもが《轆轤首》。放置すれば被害は広まるばかりだ』
まるでパニック映画のゾンビのように勢力を広げる《轆轤首》を絶つには、現存するすべてを滅さねばならないのだと言う。
これまでで一番やりにくい相手だ。《絡新婦》と《百目鬼》は人外の姿をしていたため、慣れてしまえば戦うのにそこまでの抵抗はなかった。しかし、今回の《轆轤首》は人間の姿。頭部だけとはいえ生前の人間とほぼ同じ姿の彼らを斬るのは、どうしても抵抗がある。
もしも知り合いと同じ顔があったとしたらと思うと、ただただ恐ろしい。
『奏恵、右だ!』
ハッとなって右に視線を移す。すると、そこにいた老爺の生首が大口を開け、激しく燃え盛る火の玉を吐き出したのだ。
「結界!」
咄嗟に左手を翳して結界を展開。すると神力によって形成された五芒星の壁が火の玉をかき消した。
だが、結界が作用するのは一か所だけ。一瞬の間、他の場所は無防備となってしまう。
その隙を奴らは見逃さなかった。
それまで静観していた生首共が一斉に飛び掛かってきた。結界の範囲外である《羅生紋》の背後から、その背中、両腕、両脚に牙を立てて喰らい付く。
そしてそれらは凄まじい熱量と共に真っ赤に膨れ上がり、そして爆発した。
「キャア!」
紛れもない「自爆」だった。爆音が《羅生紋》の身体のあちこちから連鎖的に轟く。
もちろん、爆発のエネルギーを直接受けた《羅生紋》のダメージは大きい。その震動は内側にまで伝わっていた。
そして怯んでいる間にも、上空でエネルギーを集束していた他の生首共が一遍に火の玉を解き放ったのだ。
まさに火の雨が降り注ぐ。《羅生紋》が本来持つ性能でならこの状況も打開できるのだが、敵の自爆特攻に驚いた奏恵にはそこまで考える余裕がなかった。
《羅生紋》が思うように動けないのを好機に、火の雨を降らした生首共は真っ直ぐに突撃して来た。
「け、結界を!」
正面に展開した結界で敵の体当たりを押し返す。だが、それと時を同じくして背後に回っていた生首共が再び《羅生紋》の背中に飛び掛かろうとしていた。
「しまっ……!」
同じ手に引っかかってしまった。
反応が遅れ、背後の敵に対応できない。
このまま再び自爆特攻を喰らうのか……そう思われた時だった。
一陣の風が吹き抜けた様な気がした。それから間もなくして、アスファルトがぐらりと揺れた。
地震ではない。《羅生紋》よりも頭二つ分小さなひとつの影が、生首共の前に躍り出たのだ。
それは白と青を基調とした鋼鉄の巨人。《羅生紋》と同じ【式機】だった。だが男性的なフォルムの《羅生紋》とは異なって女性的な曲線美を意識したデザインだ。後頭部から伸びる翡翠色の髪の毛状の器官も相俟って、踊り子の少女を思わせる。
「危ないところだったね、カナ。でも、あたしが来たからにはもう大丈夫!」
その機体から聞こえた声は、とても馴染み深くて、安心できて、愛しいものだった。
小柄な【式機】は背中に備えていた長尺の金属棒を取り出すと、その先端から刃を出現させて薙刀のような姿に変えた。
そして突撃してくる生首共目掛けて横凪ぎに振るう。
優雅な一振りだった。五体の生首共はまとめて薙ぎ払われ、鮮やかに引き裂かれて爆散した。
――なんだあれは!
――あれも【式機】なのか!
――あのような姿、見たことも聞いたこともない!
突然現れ、舞うが如く仲間を一掃したその存在に《轆轤首》は驚きを隠せずにいた。
小柄な【式機】は振り向いた。そして髪と同じ翡翠の瞳で《羅生紋》を真っ直ぐに捉えた彼女は微笑んだ。
「《
その声の主の正体は、奏恵にはすぐに判っていた。だからその声を聞いた時には言葉にならないほど驚いて、嬉しくて、胸がいっぱいになっていた。
《羅生紋》の窮地を救った、踊り子の【式機】・《舞秘女》。それに乗っているのは奏恵の唯一無二の親友。
新稲寺柚葉だったのだ。
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