[2-3] 掟に従い始末するのみ

〈セントラルタワー〉七賢人評議会室では、白装束を纏った者たちが円卓を囲んでいる。

 ほぼ全員が、実体ではなくホログラム体で、都市の各地から議会室へとアクセスしているのだった。


 クオノもその一人だった。ヘッドマウントディスプレイを通じて、評議会室の光景を視界に映し出している。


 クリアウィンドウには、機関各部局からの報告が表示されていた。

 今、目を通しているのは、技術研究所ラボでの成果報告だ。


『〈プロメテウス〉、試射成功』


 機関が使用している兵器のほとんどは、発掘した遺物、およびデータからの復元から作られた『模造品』がオリジナルになっている。

 ラボで新たに開発された〈プロメテウス〉も同様だったが、一つ、大きな問題が解消できていなかった。


《発射の反動で、台座が壊れたとあるわ》


 欠点を指摘したのは、老婆の声を発するフェクダである。ドゥーベの隣に座り、七賢人でも二番目に存在感を発揮している。クオノの印象としては、柔らかな物腰で上品だが、なかなか手厳しい人物でもある。


《この『台座』というのは、甲冑兵士よりも脆い物なのかしら。人工筋肉のパワーで制御できる反動? 試射は成功しても、実戦に投入できなければ意味がないわ》


 ドゥーベは割り切るように力強く答える。


《車両搭載を検討すべきかもしれぬな。元来、人が使用していた兵器にあらず。少なくとも発射機構の再現には成功したのだ。我々はまた一つ、力を手にしたと言えよう》


 一方、フェクダの声は明るくない。


《都市内で使える兵器とは思えないのだけど》

《先の襲撃後も、ミダス体の動きは停滞せず。対集団に対して用意しておくべき、と我は考えるが》

《それにしてもまず試験が必要でしょう? どこの部隊がこれを使うのに相応ふさわしいかしら》

《……ふむ》


 クオノは、ほんのわずかな隙間を見計らって、挙手した。自室での動作は議会室のホログラム体にも反映される。六人の視線がこちらに向いてなお、クオノは臆さずに発言した。


「運用できる個人が、一人いる」

《イナミ・ミカナギのことかしら》


 さすがフェクダだ、とクオノは思った。とっくに候補としては考えていたのだろう。


《彼には実績がある。それに、特務第九分室は、ミダス体との戦闘が多いから、試す機会も十分。適任者の一人であることは同意するわ》


 妙な釘刺しがクオノの胸を抉る。

 もしかして、何か勘づいているのだろうか。その上で、こちらの話に乗ろうというのか。


 別の方向から、声が上がる。


《私は反対だな》


 こちらを威圧するように、男性の声のメラクが身を乗り出す。この男は否定で評議を制止させることが多い。ドゥーベに言わせれば、暴走を防ぐために必要な役割らしいが、クオノはあまり好感を抱けなかった。


 つい、日頃の印象が返事のそっけなさに表れる。


「なぜ?」

《ヤツはミダス体だぞ。いつこちらに牙を剥くか、分かったものではない》


 よりにもよって、この発言だ。

 クオノはむかむかとした感情を心に芽生えさせながら反論する。


「現状、彼の精神と行動に、反機関的、反社会的傾向は見られない。それにミダス体ではなくナノマシン体。そのことを間違えてはいけない」

《同じ『もの』だと当人が言っていただろう。しかも、従順なのは現状に過ぎん。当初のヤツの行動を忘れたか》

「自分の置かれた状況に混乱していただけ。すでに解決」


《やけにヤツを信頼するではないか。疑うことを忘れれば、私たちの存在意義も失われる。心するのだな、若きベネトナシュよ》

「『使えるものはなんでも使う』のが機関だと思っていた。価値を見出すのも、私たちの存在意義。違う? 老メラク」


 火のついたメラクが立ち上がりかけたのを見て、ドゥーベが《待て》と鋭く介入する。


《両人、評議に老若を持ち出すでない。鑑みるは各々おのおのの言葉、それのみ》


 メラクは勢いを削がれ、《ぐ……》と唸る。

 クオノはというと、言い出したのはあっちが先だ、と澄ました態度で黙ってみせた。


《ドゥーベ》


 いつしか楽しむように場を見守っていたフェクダが、何気なく話を振る。


《そういうことなら、彼についてあなたの評価を聞きたいわ》


 ドゥーベは、イナミがナノマシン体だと知った上で〈アグリゲート〉に引き入れた。他の七賢人からすれば、当然、今も手駒として動かしていると思われているだろう。

 クオノの心配をよそに、父、ドゥーベは即答した。


《汝の言葉どおりだ。あやつには実績がある。我が評価するはその一点。なれば、次の実績も期待できよう。仮に反乱を起こすようであれば――掟に従い始末するのみ。分かり切ったことではないか》


 冷徹な響きだった。

 誰もが一瞬、黙り込んだ。


 クオノでさえも、その言葉に偽りはないように聞こえた。

 考えてみれば、父がイナミを庇護する理由はさほどない。


 ――私とイナミには、繋がりがあるから……。


 それが生かしている理由、なのかもしれない。そうでなければ、父だってイナミをミダス体と同一視していただろう。将来的に危険だと判断して、抹殺していた可能性もある。そういう判断ができる人物、元特務官なのだ。


 詮索半分に問うたのだろうフェクダが、《そうね、そのとおり》と引き下がった。


 ドゥーベはさらに少し待ってから、発言を続ける。


《より多くのデータを収集するため、試作品を、適性のあるサイボーグやシンギュラリティ能力者に託した例は数知れず。イナミ・ミカナギに〈プロメテウス〉を使わせれば、携行型兵器としての試験が可能だ》


 そこで一同を見渡してから、余裕綽々しゃくしゃくの様子で尋ねる。


《他に考えのある者がおるのなら、伺おう》


 七賢人の間に、上下関係はない。

 だが、この場を支配するのは、いつだってドゥーベ、その人であった。



 会議が終わった後で、クオノは個人通信に切り替え、ジヴァジーンに質問した。


「もしかして、私に言わせた?」


 プライベートの会話において、クオノの口調はそう変わらない。ジヴァジーンのほうが威厳を感じさせる低い声そのままに、柔らかい喋り方となる。


《考えの近い者をまずけしかけ、己は後押しをするのみ。覚えておくのだな、娘よ》

「……うん、そのうちやり返す」


 できる限りの怒気を含んでみたが、ジヴァジーンは愉快そうに笑うだけだった。それから微妙な間を置いて、軽く咳払いをする。恐らくはリアルタイムで更新されるミッションレポートに目を通したのだろう。


《第九分室は、そろそろ〈血龍シュエロン〉と接触している頃か》

「イナミを待っている人って、誰?」

《私とイナミ・ミカナギだけが知っていればよいことだ》

「……イナミに危険はない?」


 父は彼を利用しているだけ。

 先ほど感じた不安を引きずっての、つい洩らした質問だった。


 気まずさを覚えるクオノだったが、ジヴァジーンは特に構っていない様子だ。返事も平然と放たれる。


《ないとは言い切れんな》

「……!」


 クオノは慌ててイナミに警告しようとする。が、彼との通信は途絶状態にあった。物理的な障壁で隔離されているのか。同行しているはずのルセリアは、敷地前で待機している。分断されている。


「お父様、これは?」

《案ずるな。悪いことにはならんだろう》


 信じる父親がそう言うのであれば、そのとおりなのだろう。

 だからといって、不安が晴れるわけでもない。


 第一、自分はもう大人なのだ。第九分室にいるといまいちそういう気がしないのだが、そうなのだ。少しは秘密を明かしてくれてもいいではないか、と思うクオノだった。


 そうやきもきしている最中にも、ジヴァジーンは、


《では、次の報告を待つ。風邪を引かぬよう、体調管理はしっかりするのだぞ。お前は私のように機械の身体ではないのだから――》

「分かっている……!」


 クオノは父親の小言を途中で打ち切った。

 まったく、もう。

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