[6-5] 私の言葉


 飛び出した弾丸は、ルセリアに向かって、飛ぶことはなかった。


 発砲の直前、モーリスの背後からぬっと伸びた手が、ハンドガンを掴んで天井へと向けさせたのだ。


「な……わっ!?」


 モーリスの腕が力任せに捻じられる。


 拘束が解けたと見て、クオノは即座に脱出を図った。ルセリアが駆け寄って、抱き留めてくれた。

 安堵を覚えながら振り向くと、


「あぎィ!?」


 モーリスが肩の関節を外されていた。


 掴みかかっていたのは、漆黒の外骨格兵士、イナミだ。

 イナミはモーリスを柔術さながらに倒すと、無慈悲に拳の鉄槌を振り下ろす。鉄と鉄を打ち合わせる音が格納庫に反響した。

 遅れて、彼の体表面に青白い光が灯る。


「必要なら、抹殺することを認められている」


 彼はそう言って、モーリスから離れた。

 拳が叩きつけられたのは、頭のすぐ横だった。男はまだ生きていた。


 警備隊数人が側面ハッチの穴から乗り込んでくる。中にはマーティンもいた。イナミたちが知らせてくれたのだった。

 マーティンはモーリスの肩を診ると、やや乱暴に関節をはめる。


「い、ぎィ!」

「人質を取っておいて、ぴーぴー喚くな、みっともねえ」


 兵士がモーリスの両手を揃えて、手枷を装着させる。がしゃんという無機質な音に、モーリスは気が抜けたような笑みを洩らした。


「は、はは……」


 イナミが外骨格を解いた。フェイスマスクの下に隠されていた双眸は、まるで氷の下で炎が揺らめいているような光を宿していた。


「残念だよ、モーリス。お前の遺物に向き合う姿勢には感銘を受けたんだがな。あれは嘘だったのか?」


 兵士たちに立たされたモーリスは、『何を言っているんだ』という顔を浮かべた。


「嘘なものか! 感銘だって? きみたち機関の犬が……笑わせるんじゃない!」

「……犬?」


 訝るイナミの横を、クオノはすっとすり抜け、モーリスの衣服のポケットをまさぐった。

 硬い感触を指が探り当て、隠されていた物を光の下に晒す。


「ギアーゴのメモリーチップ。返してもらう」

「く……」

「あなたは反機関派の一人。大方、遺物を流出させて機関を混乱させたかった、というところ」


 後ずさるように離れると、横に並んだイナミが尋ねてきた。


「反機関派?」

「機関が支配社会を作ろうとしている、と思い込んでいる人々。人類の自由のために機関を打倒しようと散発的活動を行っている」


 クオノは発掘調査隊に紛れ込んだ犯罪者を見つめる。


「というのは名目で、機関の代わりに権力を掌握したいだけ。新人類の頂点だって」


 モーリスが頬の筋肉を引きつらせた。


「なかなか勉強しているね、ナガスさん。感心するじゃないか」


 ルセリアが汚い物を見るように、モーリスを睨む。


「本気でそんな妄想してるの?」

「きみたちはまるで分かっていない! まったく可哀想な人たちだ!」


 モーリスは自分の正しさを信じて疑わず、禍々しく唇を歪める。


「機関は僕から幾度となく発見と研究を取り上げてきた」


 クオノは、七賢人の一人として反論する。


「封印措置は、技術が人類が手にするには早すぎると判断されたから」

「そのふざけたお題目で、機関はテクノロジーを占有しようとしている! 七賢人が何者かだなんて、誰も知らない! どこの馬の骨かも分からない連中が人類を支配しようとしているんだぞ!」

「機関の目的は、人類が各々の力で歩み出せるその時まで導くこと」

「刷り込まれた子供が、自分の言葉でもないものを、ぺらぺらと喋るんじゃない!」


 まばたき一つ。クオノは考える必要もなく返した。


「これは、私の言葉。私の意志。あなたはどうなの? 誰かに吹き込まれたのではないと胸を張れる? 兵器を流出させて機関を滅ぼして、その先の未来を語れる? 機関さえなくなればあなたの研究の自由が得られるとでも?」


 怯むことのない少女に、モーリスは言葉を失った。


 クオノも自身に驚きを覚えていた。

 自分は『はりぼて』なんかじゃない。


 エメテルのほうに視線を向けると、なぜか彼女が両手をぐっと握って興奮していた。こんな状況なのに、さっきの会話を思い出して笑いたくなってしまう。


 一方、この短時間で著しく憔悴したように見えるモーリスは、第三者に向かって叫んだ。


「バートランド、きみはどうだ! きみなら分かってくれるだろう!?」


 いきなり話を振られて、マーティンは露骨に嫌悪を露わにした。

 それすらも目に入らないのか、モーリスは唾を飛ばして続ける。


「割を食っているのは末端の人間だ! でも、中枢の連中は末端の働きなんて評価しないどころか関心すら持っていない! こんなことって、おかしいじゃないか!」

「関心、ねえ」


 マーティンはちらりとイナミたちを見た。


「まあな。オレも部下も、損な任務に就いているとは思っている」


 と、モーリスに同調するそぶりを見せておきながら、突き放すように言う。


「しかし、なんだ、オレも警備局の人間でな。都市のためだとか市民のためだとかで、こんな危険地帯に志願しちまったというワケだ。勝手に仲間意識を抱かれていたようだが、『評価』だって? んなもん、俺の知ったこっちゃねえな」


 唖然とする犯罪者を一睨みした辺境警備隊隊長は、部下に「連れていけ」と命じた。

 モーリスはもはや抵抗こそしなかったが、


「見ていろ! 彼は新しい道を示してくれたんだ! 後悔したって遅いからな!」


 と喚き散らしながら、船外へと姿を消した。

 場が落ち着きを取り戻したところで、マーティンはルセリアをぎろりと睨む。


「特務部が査察に来るなんておかしいとは思っていたぜ。さてはお前たち、あの男を調べに来たんだな?」

「初めから容疑者を絞ってたワケじゃないんだけど、ま、機密事項、ってことにしといて」


 ルセリアは笑顔ではぐらかす。

 マーティンも緩やかにかぶりを振って、外へと出ていった。


 緊張の糸が途切れた。


 クオノは取り返したメモリーチップを大事に抱えて、ギアーゴの元に駆け寄る。

 チップを抜き取るのに、周辺の部品がかなり細かく分解されている。このままでは再起動できないだろう。

 床に視線を走らせる。あった。クオノはモーリスが使っていた工具を拾った。


「エメテル」

「は、はいっ?」

「さっき、映像記録を取っているって言っていた」

「あ……はい!」


 エメテルはリストデバイスに保存された映像を投影する。


 それを見ながら、ギアーゴの部品をどうにか元通りにしていく。義体化サイボーグ兵士であるジヴァジーンのメンテナンスを手伝うよりかは、ずっと気楽だったし、簡単でもあった。


 十数分ほどの奮闘の末、最後に、外装パネルを取りつける。

 試しに電源スイッチを押したところ、ギアーゴが激しく振動し始めた。


「……っ」


 驚いたクオノは、つい、無言でギアーゴを放り出してしまう。


 円筒形のボディが床を跳ねる直前、内蔵されていたフレキシブルアームが飛び出し、見事な宙返りを披露する。

 長年の眠りから目覚めたときと同じく、ディスプレイ上にランダムな光点が走った。


《おはようございます》


 呑気な挨拶とともに、『目』がぱっちりと開いた。


《おや、皆様お揃いで。わたくしに何か御用ですかな?》


 例の調子だ。クオノは胸を上下させ、安堵の吐息をつく。


「何があったか、覚えていないの?」

《はて、なんのことでございましょう。わたくし、スミス様のご厚意でメンテナンスを受けておりまして……スミス様はどちらに行かれましたか? お礼を申し上げたいのですが》


 その場の全員が、どっと疲れ切ったような表情を浮かべた。

 ルセリアが額に手を当てて呻く。


「……あんた、騙されてメモリーチップを盗まれるトコだったのよ」

《なんと!》


 サブアームを展開した後で、ギアーゴはすでに危機が去った後だと察したらしい。ぱちくりと『目』をまたたかせ、クオノの顔を見上げるのだった。

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