[6-3] ちっちゃな身体におっきな存在感!
「あの」
クオノが控えめに声をかけると、男性調査員は大げさに驚いて振り返った。
「あ、ああ? なんだ、特務部か……」
普段は誰かの背中に隠れているのに、ひとたび目を合わせると、なぜか視線を逸らすことができない。
クオノはそんな雰囲気を纏っている――のだが、本人は自覚しておらず、調査員の過敏な反応に気圧されて後ずさった。
「……ギアーゴのコンテナを開けるのに、主任の許可が必要と聞いた。連絡がつかないみたいだけど、彼はどこ?」
「コンテナ?」
調査員が初耳だというように首を傾げ、手元のタブレットデバイスに視線を落とした。
「ギアーゴって、あのサポートロボットだろう? まだコンテナに詰めていないはずだ。完了リストにも載っていない」
エメテルが横からタブレットを覗き込む。
「あの、このリスト、特務部には回ってきてませんけど」
「そりゃそうだろう。一々通信するにも面倒な状態だし、これは忘れ物チェックリストみたいなものだからな。わざわざ特務部に確認してもらうようなものじゃない」
調査員はタブレットを漂着船のほうへ傾けた。
「主任なら船のほうに入るのを見かけたが。迷子のサポートロボットもそっちじゃないか。船外をうろつくとは思えない」
クオノはこくりと頭を下げる。
「感謝。探してみる」
続いて、エメテルもぺこりとお辞儀をした。
よく見れば小動物的な二人に、男性調査員は警戒を解いたようだった。
「いやはや、こういう現場で子供を見かけることはないからな。しかも、双子に見えた。悪く思わないでほしいんだが、つまり、その……」
「幽霊?」
「たまにあるんだよ。ストレスによる幻視だとか、磁場的なノイズだとかでな。ついに俺もそういうのを見てしまったのかと思ったよ。特にあんなことの後だからな……すまない」
「気にしていない」
素っ気ないようにも思える返事に、むしろ調査員はぎこちなく笑った。
あまり作業を邪魔するのも悪いと思って、二人は彼から離れる。
その後で、見知らぬ人間に対してよそよそしい立ち居振る舞いだったエメテルが、急に情けない声を出した。
「ふ、双子だなんて、私、クオノさんみたいなオーラないですよう」
「オーラ?」
「ちっちゃな身体におっきな存在感! ですです」
エメテルは優秀な情報分析官だが、データバンク外のことに関してはどうも印象に左右されるようだった。
とはいえ、クオノは、そう感じさせる要素があるのだろうか、と自分の身体を見下ろした。
「普通にしているだけ」
エメテルは首をぶんぶんと横に振った。
「その『普通』が、さすが、ってお方だなあ、と思います」
「多分、エメテルの勘違い。私はお父様の背中を見て育ってきた。私はただのはりぼて。同じ環境に置かれたら、誰でもそうなれる」
自分は何を言っているのだろうか。
クオノは己を恥じた。七賢人ともあろう者が、一市民に弱音を吐いてしまった。
しかし、エメテルはきょとんとしているものの、失望の表情では、決してなかった。
「実務をこなしていたら、『はりぼて』って言わないんじゃないですか?」
「え」
「どうしてそんなふうに思ったんです?」
「私は『力』のおかげで今がある。私自身に何かあるからじゃない。みんなが守っているのは私ではなく私の力――」
クオノは、まだ目をぱちくりしているエメテルに、首を傾げる。
「……じゃないの?」
「……じゃないですね」
互いに心中を推し量ろうとするような、奇妙な間があった。
「クオノさんはそう感じてたんですか?」
「うん。イナミはあまり私を頼りにしてくれない。力は必要とされている」
「そう……でしたっけ?」
「遺物取引の現場。イナミは怪我した。私には『大丈夫』って言ったのに、ルセリアには本当のことを言っていた。私は信頼されていない」
クオノは真剣に相談しているつもりだった。
本当に寂しかったのだ。ないがしろにされたとさえ感じた。そもそも、自分はイナミにとって重荷なのではないか。だから、イナミのために何かをしたかった。しかし、力の通用しない場面では、自分は役立たずだ。
それで、空虚さを覚えていた。はりぼて。
だというのに、話を聞いたエメテルは、かく、と肩を落とすのである。
「それって、あのう……」
「何?」
「……は、判定が難しいところですが」
「だから、何?」
きつく睨むと、エメテルは手のひらを胸の前に持ち上げて笑った。
「イナミさんは単純に心配させたくなくて、そう言ったんだと思いますよ」
「なら、どうしてルセリアには報告したの?」
「遭遇した敵の危険性は共有しないといけませんから、報告しただけです。ルセリアさんが来てなかったら、私にそれを言ってたと思います」
「危険性の、共有……」
「逆に、クオノさんはそのとき、負傷したイナミさんに頼られたかったです?」
「う……」
指摘されて初めて、クオノは気づいた。
自分にできること以上のものを、相手に求めてほしいと考えていたのだ。
なんてつまらない悩みで悶々としていたのだろう。
急に恥ずかしくなって、つい、顔を両手で覆う。体中が熱かった。
「私、わがまま……」
「まあまあまあ」
エメテルが背中をさすってくれる。それこそ、泣きじゃくる妹をなだめる姉のように。
「分かります。私もこういうことあるんですよ。ルーシーさんのパートナーとしてどうなんだろーなーってよく思ってました。というか、割と今も思ってます」
「そうなの……?」
「そうなんです。でもまあ、もしアレなら、ルーシーさんのことだから、ずばばっと言ってくれると思うんですよね」
ルセリアのことは、イナミも同じように言っていた。
彼女は信頼されているのだ。
なら、イナミに対しても、そうした信頼を寄せればいいのではないだろうか。というより、これではまるで自分がイナミを疑っているみたいではないか。自己嫌悪がさらに膨らむのを感じる。
エメテルは「うーん」と考え込むような表情を作った。
「そういうことなら、どどーんと甘えちゃってみるのも一計ではないでしょうか。変に遠慮してるから不安になっちゃうんですよ」
「甘える……どんなふうに?」
「スキンシップ多めな感じはどうでしょう」
「……試してみる」
と、クオノはついつい深刻に頷いてしまう。
二人は話しながら、タラップを上がって船内に入った。
機材の運び出しは完了し、人のほとんどが外に出ているため、通路は不気味に静まり返っている。
先ほどまで助言者だったエメテルが、打って変わってクオノに寄り添ってきた。
「う、うう……モーリスさんもギアーゴもどこに行っちゃったんでしょう」
床置き照明の明かりはついていない。クオノはリストデバイスをフラッシュライト代わりにして、通路の先を照らした。
「転倒注意」
「は、はい」
まず
二人は両者どちらかの名前を呼びながら、通路の反対側へと進んでいく。
「格納庫かも」
ギアーゴは去る前に自分の職場を記憶しようとしているのかもしれない、とクオノは想像力を働かせる。
縦穴を下りるときには、交互に梯子の下方へと光を向ける必要があった。
後から来たエメテルが再びしがみついてくる。なるほど、これがスキンシップか、とクオノは理解した。
それはそれとして。
「……怖がりすぎ」
「だってだって、誰もいない漂着船ですよ? 雰囲気ありすぎですよう」
「誰もいないなら無問題」
「それはそうなんですけど……ほら、さっきの人が言ってた幽霊とか……」
「大丈夫。ここにはいない」
エメテルはぎょっと目を丸くし、間近で顔を凝視してくる。
「ここには? 他の場所にはいるんですか?」
「いることもある」
「あ、あわわ……」
エメテルの怯える様子が面白い。
クオノはふっと息を洩らした。
「冗談。私にそんな知覚能力はない」
「で、ですよね?」
「でも、頑張れば感じ取れるかもしれない」
「そこは頑張らないでくださいよっ!」
エメテルは「うー……」と可愛らしく唸った。
じゃれ合いながら、二人は格納庫へと足を踏み入れる。
そこでは、男が屈んでいた。
モーリスだ。何か作業をしているらしい。
彼に声が届くよう、エメテルが口元に手を当てる。
「モーリスさーん!」
振り返った調査隊主任は、無表情だった。
気軽に近づこうとしていたエメテルが、つんのめるように立ち止まる。
モーリスの足元にはギアーゴが転がっていた。
動いていない。
外装が取り外されている。
モーリスはロボットの中から何かを取り出そうとしていたのだ。
クオノにはその姿が、獲物のはらわたを抉り出そうとする野蛮な獣に見えた。
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