第6章 自立

[6-1] なんでこんな

《隊長!》


 部下の通信を受けて、マーティンはやぶの中を突っ切った。

 まだ隠れている残存勢力がいないか、森を捜索しているのである。


 長年、自然そのままの森は行軍困難な場所と化している。しかしながら、辺境警備隊はロボットの足跡を辿り、通り道をいくつか発見していた。

 部下が新たに見つけたのは、岸壁の洞窟だ。足跡が中へと続いている。


 マーティンは部下に命じ、地面を走るドローン〈アルマジロ〉に偵察させた。

 内部はさほど広くない。大きな図体のロボットが基地にするには、いささか狭すぎる空間だった。

 熱源探知も行ったが、ロボットらしき反応は皆無だった。


 マーティンはフェイスマスクを展開する。分化現象で獲得した嗅覚でも、生い茂る植物、湿った土、動物の糞、古びたオイルの臭いしか感じられなかった。

 それでも、マシンガンをいつでも撃てるように構え直す。

 用心に越したことはない。相手は、ただでさえ漂着船をダシに敵を誘い込む頭脳を持ち合わせているのだから。


「行くぞ」


 部下を連れて、洞窟内に足を踏み入れる。

 先行する〈アルマジロ〉はすでに行き止まりに辿り着いていた。奥行きはない。


 奇妙なことに、壁には〈スティンガー〉がいくつも立てかけられていた。

 まるで、古い遺跡の石柱だ。

 洞窟の壁にも奇妙な模様が彫られている。


 太古の文明に迷い込んだような気分にさせられた後で、マーティンは戦慄する。

 ミダス体とは何度も戦闘し、死線を潜り抜けてきた。これだけの数を投入した戦場は、それ以上の地獄に違いない。


 薄ら寒いものを感じながら進むと――


「なんですかね、これ……」


 洞窟の最奥に築かれていたのは、天井に届くほどのガラクタの山であった。

 見覚えのある赤錆びた装甲、機械製の手足が目につく。恐らくは、動かなくなったロボットたちの成れの果てだろう。


 部品の多くはまだ動く者に移植されたのか。そうとしか考えられない。ロボットたちは自分自身でメンテナンスを行い、今まで生き長らえてきたのだ。

 壁の模様は、人体解剖図ならぬ、ロボット解体図か。情報共有能力を持たない人工知能が、外部に記録を残そうと閃いたものだろう。


 ガラクタの山の左右に、一対のロボットが座っている。

 マシンガンで軽く小突くと、あっさりと軽い音を立てて倒れた。中身が取り除かれた遺骸を安置していたのだ。


 マーティンの印象はより強固になった。

 ここは、信仰心など持たないはずのロボットたちが作り上げた祭壇なのだ。


 部下の一人が腕の通信機能を立ち上げる。


「調査隊を呼んでも?」

「……ああ。とりあえず、このガラクタだけ調べるぞ。後で文句を言われないよう、撮影はしておけ」

「了解」


 辺境警備隊の兵士も、発掘調査隊の仕事ぶりは間近で見てきている。

 パワードアーマーに搭載されたカメラで、ガラクタを様々な角度から撮影する。その後に山を崩し始めた。


 数人がかりの作業に、マーティンも加わる。

 やがて、その中から機械部品とは異なる、衣服のような物が出てきた。


「……ロボットが服なんて着ねえよなあ」

「何を見つけたんで?」


 マーティンは部下に顎をしゃくってみせた。お前もここを掘ってみろ、という意味だ。

 ガラクタを取り除くにつれ、部下たちの呻き声が大きくなる。


 埋まっていたのは、膨らみのある気密服だ。


 ヘルメットのひび割れたシールドから中を覗くと、黒い何かが蠢いていた。

 虫だ。

 空気の流れに反応して服の奥へと逃げ込んでいく。


 すると今度は下から、白い硬質の何かが現れた。

 人骨である。


 部下の一人が撮影を続けながら呟いた。


「見つかっていない船員、ですかね。なんでこんなところに……」

「墓だな。仲間たちと一緒に弔ったんだろう」

「なんですって? ロボットがこんなことを?」

「まったく、『』ばかりだな。俺だって確かなことは分からねえよ。ただの想像だ」


 部下たちの表情はクローズヘルムに隠されて分からない。が、甲冑の動きからは『本気で言っているのだろうか』という戸惑いが垣間見えた。


「隊長、アレですか。ロマンチストですか。夜空に想いとか馳せちゃう系ですか」

「うるせえ。調査隊はまだか。お前、案内してこい」

「りょ、了解」


 茶化した部下がそそくさと洞窟を後にする。

 さすがに潜伏したロボットはいないようだ。

 マーティンは作業から離れ、『祭壇』をじっと眺めた。

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