[5-4] 私にも守ることができる

 格納庫に向かっていたイナミは、通路で防衛線を張る一隊と出会った。

 誤射を避けるため、一応、対物ライフルをセットしている兵士に告げる。


「特務部だ。前に出る。戻ってくるときには合図を出す」

「了解」


 通り過ぎた後で、背中から兵士たちの囁き声が聞こえてきた。


「あんなの、いたか?」

「特務部の男らしいぞ。パワードアーマーの一種らしい」

「……あれがか?」


 イナミは聞き流した。この姿が人に恐れを与えることはよく分かっていた。

 それよりも、歩兵の動向が気になる。


「格納庫に行く前に、少し外の様子を見ていく」

《かしこまりました。損壊箇所――でございますね?》

「ああ。お前にとってはショックが強いかもしれないが、静かにな」

《はは、ご冗談を。わたくしに精神などございませんよ。ショックも受けようはずがございません》

「……そうだな」


 イナミは大穴からそっと身を乗り出した。


 外から影が落ちている。野生動物ではない、直線的なものだ。

 少数の歩兵が内部を覗き込んでいる。こちらの出方を窺っているらしい。


 イナミは状況を伝えるため、エメテルに通信を送った。


《船の上に歩兵を視認した。侵入の可能性はあるが、壁のツタやコケを見る限り、普段から出入りしている様子はない。運がよければ足を滑らせてくれるだろう》

《了解です。警備隊に伝達しておきます》


 通信を切り、通路を引き返す。

 指示どおりに黙っていたギアーゴが、しんみりと呟く。


《わたくしが眠っている間も、歩兵は戦闘を継続していたのですね》

「誰かが、もう戦争は終わっているんだと教えてやらないとな」

《破壊をもって、でございますか?》

「話して分かる相手なら楽だ。言葉の通じる俺だって、事実を受け入れるのには時間がかかったよ」


 ギアーゴはディスプレイの『目』を拡大して、こちらを仰いだ。


《あなた様は……?》

「想像に任せる。そして、想像に過ぎないことは人には話すな」

《……かしこまりました》


 イナミは縦穴を跳び下りた。着地の衝撃を〈超元跳躍ディメンショナル・ジョウント〉で消したものの、ギアーゴの落下エネルギーは残っていたため、受け止めようとした手から弾かれた。

 イナミは宙を舞うギアーゴをどうにか受け止める。


「……っと、悪い」

《重力というのは不便なものですな》

「まったくだ」


 うんうんと頷き合いながら、格納庫へと足を踏み入れる。

 かつて、大量のロボットと兵器が並んでいたであろう広間だ。

 今はたった一機の壊れた〈スティンガー〉が残されている。


 イナミの手から床に下りたギアーゴは、するすると遺物に近づいていった。


《これは発進に間に合わなかったのでありましょう》

「下が開くようになっているのか」

《そのとおりでございます。ハッチ展開後、〈スティンガー〉の逆噴射によって母船から離脱する手順になっているのでございます》

「それで、どうだ。直せそうか?」

《やってみましょう。作業を始めても?》

「頼む」

《かしこまりました》


 ギアーゴは作業アームを一斉に展開し、自分より数倍も巨大なマシンに取りつく。

 柔らかい素材の『指』を、外装パネルの留め具に押し当てて硬化。やや擦れるような甲高い音を立てつつも、アームを回転させて内部を露出させる。


 発射原理については知らないと言っていた。が、ギアーゴにとって必要な知識は『どのような構造か』が全てだ。

 修理作業はあまりに高速で、早送り映像を目の当たりにしているようだった。


 スコープカメラで破損個所をチェック。パーツを一度分解した後に再度組み立てる。千切れたケーブルを接合。フレームの歪みを矯正。


 イナミは、ギアーゴが一流の修理工であることを確信した。


《バッテリーは使い物になりませんね。取り外しても?》

「ああ」


 ごろんと床に転がったバッテリータンクの容器は破裂しており、漏れ出た液体が乾燥してこびりついていた。

 バッテリーが納まっていた空洞も同様だ。付着物を綺麗に掃除したギアーゴは、イナミに振り返った。


《それで、こちらのプラグを繋げればよろしいのですか?》


 と、手で示したのは、イナミの後頭部から垂れるシロヘビ柄のケーブルである。確かに、先端には三又プラグが備わっていた。

 イナミは思わず笑ってしまった。


「これに意味はない」


 自分自身でも、なぜ外骨格の一部として形成されるかは分からない。

 カザネは自己像が反映されているのでは、と推測していたが――


 そう、意味はない。


 そのはずなのだが、イナミはふと笑みを消して、ケーブルを持ち上げる。

 ギアーゴの『指』がふと脳裡をよぎった。どんな留め具にも合う工具。それならナノマシン体にだって可能なのではないか。


 意を決し、〈スティンガー〉の発電機構にプラグを突っ込む。

 ケーブルが脈打ち、今まで意識もしていなかった末端器官がマシン側に食い込むのをはっきりと感じる。


 接続完了。イナミは思わず、自分と一体化したマシンの外装を叩いていた。


「よし、いけた!」

《……つかぬことをお伺いしますが、あなた様の当初のプランはどのようなものでございましょうか?》

「原動機に繋がるケーブルを引っ張り出して、送電するつもりだった。まあ、これとあまり変わらない方法だ」


 ギアーゴはディスプレイ上で『まばたき』を行った。


《あまり……変わら……? まあ、わたくしにはなんとも言いかねますが、ともあれ修理は終わりましたよ》

「お疲れ様だ、ギアーゴ」


 イナミは小さなサポートロボットの前に膝をつき、その頭に手のひらを軽く乗せる。


 立ち上がって〈スティンガー〉を起こすが、あまりの重さに、イナミでもやっとだった。

 上部のハンドルを掴み、引きずるように運ぶしかない。

 重力の弱い月面ならともかく、この地球では機動性に欠ける兵器に思えた。


「発射する粒子というのは、どうやってこれに装填するんだ?」


 ギアーゴは、なぜか自分の頭に両手を乗せていた。それからイナミの質問に反応し、腕をぱっと広げる。


《わたくしにお尋ねしますか》

「……エメテル」

《はい、私も分からないので、モーリスさんに代わりますねー》


 ざざ、というノイズが走った後に、調査隊主任の声が聞こえてきた。


《金属芯がセットされているはずだけど、分かるかな》


 そのことをギアーゴに伝えると、下部に装着された金属芯を見せてくれた。


「ああ、確認した」

《その金属芯をイオン化――分かりやすく言うと蒸発させて、粒子を取り出すんだ。その状態で発射装置を作動させると、砲弾になる……と思う》

「分かった。ここで試射を行う」

《えっ?》


 モーリスの戸惑いに、イナミはいちいち説明しようとはしなかった。


 壁の薄い場所――船体側面の貨物搬入ハッチになるだろうか。

 イナミは砲口をそちらに向け、手元を見下ろした。

 送電を始めると、マシンがぱちぱちと危なっかしい音を立てて起動する。しかし、トリガーはがっちりと固定されたままだ。安全装置がどこかにあるはずだった。


「あー……ギアーゴ?」

《はい》

「発射マニュアルがあれば見せてほしい」

《わたくしのメモリーチップには保存されておりません。何せ戦闘担当ではなく貨物管理担当でございますから》

「だよな」


 モーリスからの通信も無言のままだ。


 ――しまった。


 イナミは動揺のあまり、パルス光の明滅を乱す。

 これではロボットたちが持つ物と同様に、ただの鈍器、ただの盾にしか使えない。

 冗談ではない。突破口をこじ開けなければならないのに。


 制御装置らしきパネルを見つけ、どうにかできないかと頭を働かせていると――


《イナミ》


 脳内に、少女の控えめな声が響いた。

 ナノマシン体が持つ通信機能に、クオノが語りかけてきたのだ。


《その子の起動を感じた》

《感じた?》

《うん。イナミを通して》


 考えられるのは――イナミは後頭部から伸びるケーブルを見つめた。

 自分が外部通信機器となって、クオノと〈スティンガー〉を繋げているのか。

 と、すればだ。


《こいつを制御できるか?》

《うん、可能。でも――》


 クオノは一瞬、ためらいを示した。

 しかし、間を置いてはっきりと答える。


《大丈夫、やる。私にも守ることができる。彼らも、ルセリアとエメテルも、イナミも》


 その言葉を聞いて、イナミは驚きを覚えた。

 誰かにとって、自分が守られる側にいるなど、考えもしなかったことだ。


 驚きが、再会時に感じたものと同じ感慨に変わる。

 自分に抱きかかえられていた少女とはもう違う。クオノは自分の足で歩き始めている。


 イナミは外骨格のパルス光を穏やかに明滅させた。


《頼む。俺一人じゃこいつをまともに扱うことすらままならない。一緒に戦ってほしいんだ》

《任せて。イナミの意志をそのままその子に伝える》

《……よし、送電量を上げるぞ》

《分かった》


 原動機の回転数が上がり、高周波音が奏でられる。まるで〈スティンガー〉が稼働の歓喜を歌っているかのようだ。

 トリガーに指をかけると、ロックが解除されていた。


「ギアーゴ、下がっていろ」


 サポートロボットが両手を上げて逃げていくのを確認して、声高に叫ぶ。


「〈スティンガー〉、撃つぞ!」


 指に力を入れた瞬間――


 発射された光の粒子が、ハッチに命中した。

 幾層も重なった防護合金が、その原子構造から破壊。崩壊から免れた周辺にも、熱の余波が広がって融解していく。


 人が感知できる現象としては、『閃光』と『爆風』。これに尽きた。

 イナミは発射の反動で〈スティンガー〉ごと後方に吹き飛ばされていた。


 予想以上の衝撃で、受け身もまともに取れない。

 首から下の感覚が一時的に消失し、捩じ切られたかと戦慄してしまう。直後、床に叩きつけられ、まだ手足があることを知るのだった。


〈スティンガー〉さえも床を滑ったが、こちらは自重で止まった。外装パネルに新しい擦り傷が刻まれていた。


《……無事?》


 クオノの声で、イナミは自分が倒れていることに気づいた。どうにかマシンを支えに立ち上がり、精一杯の強がりで答える。


《〈スティンガー〉は正常に作動した》

《そうじゃなくて……》

《俺なら大丈夫だ。ナノマシン体だからな》

《……ギアーゴみたいなこと、言っている》


 なかなか鋭い指摘である。

 ギアーゴはというと、遠くで呑気に拍手していた。


 ふるふると頭を振り、改めて携行型破壊兵器をやっとで持ち上げる。

 通信先を、第九分室のチャンネルに変更。


《エメ、ルーシー。俺はここから外に出る。許可を》

《了解です。ルーシーさんは搭乗口のほうから反撃を始めてください》

《オーケイ、行動を開始するわ》


 イナミは、彼女たちの返事を聞いて、足を踏み出した。

 発射後の放熱で、〈スティンガー〉からはもうもうと白煙が立ち昇っている。

 その煙幕を破るように、一歩。また一歩。

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