[5-3] 躊躇というものがない
改めて、イナミはギアーゴに語りかけた。
「停戦命令のコード――は知るワケないよな」
《申し訳ありません。先ほども申したとおり、わたくしは貨物管理担当ですので》
「じゃあ、〈ハイブ88E号〉の出入り口を全て教えてくれ。貨物の搬入口もだ」
《かしこまりました》
ギアーゴのディスプレイに、破壊される前の船内図が表示される。
《四か所ございます。乗組員搭乗口と後部格納庫の搬入ハッチ、及び発進ハッチ。それから脱出装置の射出口が船外に通じております》
エメテルが、調査時に作成した船内図と重ね合わせて、辺境警備隊と共有する。
「砲撃を受けた大穴を含めれば、五か所ですね。後部区画に関しては、直線通路なので実質一か所みたいなものですけど――マーティンさん、お願いできますか?」
「おうよ、任せておけ」
彼は部下たちを手招きして呼ぶと、通路へと向かわせた。
対物ライフルで迎撃するつもりらしい。相手は銃火器を所持していないようなので、それで守り切れるだろう。弾薬が尽きるまでは。
イナミは船内図を食い入るように見つめた。
「射出口は船の下――いざとなったら地面を掘るか。せめて非戦闘員と負傷者を避難させたいんだがな」
ルセリアが不敵に笑みを浮かべた。
「分かりやすくていいじゃない。とりあえず救援が来るのを祈るってことでしょ」
絶望的な状況だ。
モーリスたちの顔は青ざめている。
しかし、イナミはルセリアに首を傾げてみせた。彼女と同じように、笑みを作って。
「祈ろうなんてこれっぽっちも考えていないだろう」
「あ、分かる?」
「歩兵を片づけるか」
「そっちのほうが手っ取り早いもの」
エメテルが「はああ……」と盛大に溜息をついた。
「ルーシーさんって、時々、イノシシさんになりますよね」
「……イノシシって何?」
真面目な顔で訊き返す彼女に、エメテルは「勇猛果敢だってことです」と答えた。
イナミは『それを言うなら猪突猛進じゃないのか』と指摘しそうになったが、すんでのところで堪える。エメテルは知っていて誤魔化したのだと察したからだ。
ルセリアは嘘を鵜呑みにして胸を張った。
「こんなところで震えてても仕方ないでしょ」
「相手は機械です。まず、ルーシーさんのシンギュラリティは相性が悪いですよね」
「う……で、でもイナミなら――」
「イナミさんの手足は二本ずつしかないんですよ。一体に攻撃するってことは、他の何体かに背中を見せるってことです。電磁ブレードでざっくりされちゃいます」
「……う、ぐ」
「相手が船の中にほいほい入ってきてくれれば、警備隊のみなさんと協力して堅実に数を減らしてこうって話になってたんでしょうけど――」
現状、そうなってはいない。
ルセリアは腕を組んで黙り込む。が、なかなか名案は思いつかないようだった。
イナミも、ルセリアの考えには賛成なのである。来るかどうか分からない助けを待つより、自らの力で活路を切り拓くべきだ。
とはいえ、エメテルが慎重なのも当然と思う。
何か武器が必要だ。
機械兵団を圧倒できるような、武器が。
幸いにも、この〈ハイブ88E号〉は軍の船だ。
イナミは顔を上げ、船橋全体に聞こえるように言った。
「格納庫の兵器を使おう」
ルセリアとエメテルが同時に尋ねる。
「アレって壊れてるんじゃないの?」
「そもそも、どういう兵器なんでしょう、アレ」
ギアーゴは右腕を上げて、指をぱっと開く。
《あなたが仰った『兵器』とは、〈スティンガー〉のことでございましょうか》
ディスプレイに、兵器の情報が投影されれる。
真紅の外装に覆われたマシン。その正体は――
《歩兵用に小型化された、荷電粒子砲でございます。想定された用途は基地防衛設備の無力化、施設の迅速な破壊となっておりまして――》
「ちょ、ちょっと待って」
ルセリアは慌ててギアーゴの解説を留める。
「まず、かでんりゅーし砲って、何?」
《申し訳ございません。わたくしも荷電粒子そのものにはとんと無知でして。なんと申しましても、わたくしはあくまで貨物管理担当でございますから! 理屈はともかく稼働すればよいのでございます!》
「……ま、そーでしょうね」
いつの間にか近くで会話を聞いていたモーリスが、こんな状況でも興奮した様子で口を開いた。
「イクタスさんにも分かるように言うと、荷電粒子というのは電気を帯びた原子や電子のことさ」
「……ちょっと引っかかるけど、それを撃ち出したところで威力なんてあるの?」
「遺物に保存されていた文献には、加速器で射出するとあった。たとえるなら、目に見えないくらい小さな銃弾をほとんど光に近い速さで発射するような機構なんだよ」
「なるほどね。つまり、すごく強力な兵器なのね」
一言でまとめられて、モーリスは笑みを引きつらせた。
「そ、そういうことになるのかな」
「……何よ」
「いやいや、なんでもないさ。とにかく――」
モーリスは表情を引き締め、イナミに厳しい目を向ける。
「あの大きさでとんでもない破壊兵器みたいだ。間違いなく周囲に影響が出る。遺物保存の観点から、使用は止めてもらいたいな」
「命がかかっていてもか」
「ミカナギくんはどうも、
「どういう意味だ?」
「悪く言っているワケじゃないよ。むしろ、七賢人よりよほど現実的だ」
視界の端で、クオノがぴくりと肩を震わせるのが分かった。
モーリスは渋い顔だったが、熟慮の末、背に腹は代えられないと決心したようだ。
「よし、人命優先で考えていこう。僕だってこんなところで死にたくはないからね。あの兵器――〈スティンガー〉だっけ? あれを修理しなければならない」
《それでしたら、わたくしにお任せください》
ギアーゴが作業アームをがシャリと展開してみせた。
《わたくしの本分でございます。〈スティンガー〉のメンテナンスマニュアルはしかとわたくしのメモリーチップに保存されております》
「……ふうん?」
と、モーリスはギアーゴをしげしげと眺めた。
「修理はいいとしても、荷電粒子砲を起動するには相当なエネルギーが必要だと思う。さすがに、それだけのバッテリーは予備でも持ってきていないよ」
「なら、俺が生体電池になる」
イナミは指先で放電してみせた。
スパークがばちりと迸る。
これにもまた、モーリスは怪訝そうな顔を作った。
「『液体金属』の応用、かな。しかし、きみに来る負担は尋常じゃないよ」
「ありったけのATP補給剤を持っていく。なんとか耐えるさ」
ルセリアが「そうね」と頷き、イナミの背中を軽く叩いた。
「じゃ、あんたはかでんりゅーし砲を取りに行って。あたしは警備隊の援護に回るわ」
「対物は苦手なんじゃないのか?」
「やりようはあるわよ」
彼女は足元の段ボール箱から、飲料水のプラスチックボトルを抜き取った。
「……水の手榴弾か」
「そういうこと。エメ、使っていい数を計算できるかしら」
「お任せくださいっ」
すべきことは決まった。
一人、所在なさげに佇むクオノに、イナミはそっと囁いた。
「ここにいればきっと大丈夫だ」
「……分かった。イナミを待つ」
「任せろ」
イナミはクオノの首にネックレスをかけてやり、決然と立ち上がる。
ルセリアが、二人のやり取りをそばで見守っていた。
「言っても聞かないだろうけど、くれぐれも無茶はしないように、ね」
「ああ。行ってくる」
イナミはギアーゴを抱え上げて、格納庫へと駆け出した。
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