第5章 亡霊

[5-1] 全員は無理だ

 イナミとルセリアは船外へと飛び出す。

 そこでは、辺境警備隊と機械兵団が戦闘を繰り広げていた。


 敵は二足歩行型ロボットだ。

 塗装の禿げた鋼色の装甲が波のようにうごめいて見える。

 多関節アームで、格納庫に倒れていたマシンと同じ物を構えている。盾にしているところを見るに、兵器としては役に立たないようだ。


 一つ目の曇ったレンズが逃げる兵士を捕捉する。

 ロボットは俊敏な動きで獲物を追いかけ、マシンを鈍器のごとく振り回した。


 だが、殴られたように倒れたのは、ロボットのほうだった。

 マーティンが物資コンテナの上によじ登り、対物ライフルで狙撃したのである。その重い一撃によって、ロボットの頭部は穿たれていた。


 死を免れて茫然とする兵士に、マーティンはがなり立てる。


「死にたくなきゃ、走れ走れッ!」


 はっと我に返った兵士は、あらかじめ設営されていた遮蔽物を利用して逃れた。

 ルセリアはコンテナの下からマーティンに叫んで尋ねた。


「みんな撤収できてるの?」

「まだだ!」


 反射的に怒鳴り返したマーティンだったが、クローズヘルムの内で唸り声を洩らした。


「――全員は無理だ。いつの間にか囲まれていた。巡回に出てた連中は通信に応じねえ」


 言葉の最後のほうを掻き消すように、遠くで新たな爆発が起きた。

 航空機離着陸場の辺りだ。〈ケストレル〉が破壊されている。

 ルセリアは歯噛みしながら、こちらに突進してくる一体を睨んだ。


「〈切り裂く〉!」


 イメージをより深めるためのシンプルな言葉、いうなれば『詠唱』によって、強力な空間干渉が起きる。

 ルセリアのシンギュラリティは空間中の水分を凝縮し、凍結爆発を起こす能力だ。


 だが、ロボット相手には薄い氷が纏わりついて、動きを短い間だけ止めるのみに終わった。

 ロボット内部には冷却水が循環してはいるものの、


「まず……」


 不凍液なのである。


 イナミは〈制御変異コントロールド・シフティング〉を済ませ、ロボットへと立ち向かった。


 ロボットの図体はパワードアーマーを着込んだ人間よりも一回り大きい。

 その巨体と重いマシンから繰り出される殴打を、イナミは〈超元跳躍ディメンショナル・ジョウント〉で避ける。


 跳んだ先はロボットの頭上。

 肩に跨り、外骨格の内側からアーミーナイフを取り出す。ナノマシンに押し出された刃物を構えたイナミは、その刃先を首の根本――装甲で守られていない隙間に捻じ込んだ。


 太いケーブルの感触。

 暴れる間を与えずに、ナイフを通して生体電流を送り込む。


 全身の装甲内部で火花が飛び散り、破裂したバッテリー液が血のように溢れ出す。

 頭脳をも焼かれたロボットは、そのまま筋肉を硬直させた状態で停止した。


 肩から跳び下りたイナミはさらなる襲撃に見舞われる。

 複数のロボットが左腕に格納されていたブレードを突き出してきたのだ。


 紙一重でかわすも、肌を焼かれる感覚がシナプスを駆け巡った。

 ただの近接武器ではない。

 電流が流れている。


 イナミの外骨格は極めて頑丈だが、その実、弱点だらけだ。

 高圧電流は、ミダス体に対して有効であるように、イナミにも致命的な損傷を与える。自分が放電するのと、他者から電流を浴びるのとでは、全く違うのである。


 今の接触で、外骨格の一部は焼けただれていた。

 破壊されたナノマシンを剥離し、損傷部を再形成。


 イナミは相手の面倒さに苛立ちを覚える。跳躍ジョウントがあっても、これだけの数だ。跳んだところに電磁ブレードの猛攻が襲いかかってくるだろう。


 ――まるでハチだな。


 ギアーゴが船を〈ハイブ号〉と呼んでいたのを思い出す。この『ハチホーネット』たちが『歩兵』に違いない。


 ひとまず距離を取ろうとしたイナミの耳に、人の悲鳴が飛び込んでくる。


「ひ、ひいっ! 来るな! 来るなよ!」


 にじり寄るロボットに、兵士がマシンガンを乱射していた。


 イナミは即座に〈超元跳躍ディメンショナル・ジョウント〉で接近する。

 亜空間を通るため、踏み切り速度は消失。

 改めて足を踏ん張り、ロボットに肩から体当たりを食らわす。

 倒すことはできずとも、よろめかせることには成功する。


 イナミは背後の兵士に振り返った。


「今のうちに!」


 だが、兵士は錯乱状態に陥っていた。

 視界外から現れた漆黒の外骨格兵士に対して、マシンガンを向けたのである。


 イナミはもう一度叫んだ。


「特務部だ! 退け!」


 兵士は耳を貸さずに引き金を引いた。

 幸い、弾倉はすでに空だった。


 自分が銃撃を受けることよりも、跳弾による兵士の負傷を恐れていたイナミは、ほっと息をついた。なおも暴れる兵士を放電で気絶させると、乱暴に引きずって運ぶ。

 マーティンの援護射撃を受けながら、漂着船の入口までどうにか退くことができた。


「すまん、部下が……」

「いや、俺の割り込み方も悪かったんだろう」


 助け出した兵士は、その仲間たちに両脇から抱えられて、船内へと連れていかれた。


 ルセリアは地中の水分を利用し、氷柱つららを生成してロボットの足を貫く。


「イナミ! とりあえず逃げ遅れた人を助けるわよ!」

「了解」


 イナミは空高くに跳躍ジョウントして戦場を俯瞰ふかんする。

 一瞬でも視界を得れば、エメテルが救助対象を見つけ出してくれるだろう。

 その期待どおり、マークが多数表示される。

 その一つへと、イナミは重力に導かれるまま飛び込んだ――

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