[4-6] わたくしは
サポートロボットの修理に、時間はさほどかからなかった。
「これでよし、と」
モーリスが背面パネルをネジで固定した。元々の留め具は特殊な工具を要するため、代わりの部品を使ったのである。
特殊な留め具は、一般人が見ればただの金属片だが、それでも『遺物』指定を受ける貴重品だ。うっかり紛失しそうな小さい物は、速やかに保存ケースへと収納され、ラベルを貼られるのだった。
イナミは外骨格を解除し、肉眼でこの作業を『見学』していた。
盗まれている遺物は、持ち運び可能なサイズの物、もしくは分解された部品だ。
留め具のような小さい物でも、保管される手順を確認する必要が合った。
心情的には発掘調査隊を疑いたくない。
昨晩、使命を語ったモーリスの表情に嘘はなかった。他の調査員もそうだ。
任務は任務だが、裏を返せば、彼らの潔白を証明できる――
迷い半分の監視を受けているとも知らず、モーリスはサポートロボットを床に置いた。
反応はない。
しばしの静寂が流れた後、調査員たちは口々に呟く。
「ダメか?」
「やっぱり一度持ち帰らないと……」
クオノも視線を足元に落としたときだった。
《
やや高めの中性的な合成音声が、サポートロボットから発せられた。
調査員たちが沸いたのも束の間。
外装の金属パネルがぱかぱかと開閉し、ハイハットシンバルのように打ち鳴らされる。
かと思えば、ぴたりと静止。準備運動は終えたとばかりに、全ての機構がスムーズに動き始めた。
外装パネルがスライドし、一対の
底からは球形の脚部が現れた。三六〇度に回転して移動できるボールキャスターだ。
その姿を見たイナミは、ある物を想像してしまう。
宿舎の自室に置いてある円筒形のゴミ箱に手足が生えたような形だった。
イナミの隣にいたルセリアが真顔で呟く。
「歩くゴミば――」
「わ、わあ、可愛いロボットですね!」
エメテルがルセリアの「こ」を掻き消すように両手をぽんと打ち合わせた。
発想が同じとは――イナミは思わず背筋を伸ばし、視線を宙に漂わせる。
サポートロボットはディスプレイを露出させると、
その目が一行を見渡す。
《おはようございます。新しい乗組員ですか? わたくしは貨物管理担当のGEAR35型。ここではギアーゴと呼ばれております。お困りの際は、わたくしになんでもお尋ねください。もっとも、わたくしが関知する範囲は限られておりますが》
ギアーゴには気さくなパーソナリティが設定されているようだ。
それだけに、イナミは息苦しさを覚えた。
――こいつは時間の流れに取り残されている。
モーリスはロボット相手にも親しげに話しかける。
「僕たちは乗組員じゃないよ」
《おや、それでは――侵入者! 皆様! 侵入者でございます!》
「ち、違うよ。この船は地上に漂着していたんだ。僕たちはそれを調査に来たんだよ」
威嚇するように両腕をうねらせていたギアーゴは、それを聞いてぴたりと動きを止めた。
《漂着……》
「墜落と言ったほうがいいかな。重力があるだろう?」
ディスプレイ上の『目』が乱れた。
《乗組員の皆様はご無事なのですか?》
「遺体はまだ発見されていない」
《遺体……》
「この船が漂着したのは、およそ二百年前のことだ。だから、生き延びていたとしても、とっくに寿命を迎えているんだよ」
《寿命……》
ギアーゴは自分の身体をぺたぺた触ると、突然、酔っ払いのように歌い始めた。
《人間はぁ、かくも脆くぅ、撃って撃たれてぇ》
「気の毒にね」
モーリスはしんみりと言った。
立ち尽くすイナミの手に、誰かがしがみついてくる。
クオノだ。顔が青ざめている。
兵士の歌を歌うギアーゴを見て、恐れを感じたようだ。あるいは、何かよからぬ記憶を思い出してしまったか。
しばしフレキシブルアームを動かして踊っていたギアーゴは、モーリスの前でぴたりと立ち止まった。
《わたくしを再起動していただいたこと、感謝いたします》
「感謝なら彼女にしてくれ」
と、モーリスは手をこちらに差し出した。
「きみの修理を提案したのはナガスさんなんだ」
ギアーゴはするすると移動し、イナミとクオノを交互に見上げた。
《どちらがナガス様でございましょうか?》
イナミはそっとクオノの背中を押した。
一見すると無表情を保った彼女は、しかし不安そうにイナミを見上げ、それからギアーゴの前に屈んだ。
「私」
《感謝いたします、ナガス様》
「クオノ。そう呼んで。それが私の名前」
《かしこまりました、クオノ様》
「……元気になってよかった」
《おかげ様でご覧のとおりでございます》
ギアーゴは謝意を伝えるのに、その場でぐるぐると回りながら奇妙なダンスを披露する。
不器用な少女と陽気なロボットの交流に、調査員たちは微笑んでしまう。
やがて、彼らは期待を込めた視線をクオノに注ぐ。ギアーゴはクオノに対し恩がある。つまり、クオノが自分たちの代わりに質問者となってほしい、と考えているようだ。
クオノはそうした要求に敏感だった。
「……訊きたいことがある」
《なんなりと》
「この船は何?」
《……申し訳ございません、クオノ様。守秘義務がありますので、その問いにお答えすることはできません》
「この船が軍属だから?」
《ああ、どうかそれ以上のことはお尋ねにならないでください、クオノ様。わたくしには権限がないのです》
「よく考えてみて、ギアーゴ」
クオノは穏やかに語りかけた。
「あなたがここで働いていた頃から、二百年が経過」
《ええ、あなた方が仰るには、そのようでございますね》
「この船を所有していた軍や国は、すでに滅亡」
《滅亡……》
「〈大気圏外戦争〉については理解?」
《そう呼ばれている戦争についてなら、もちろんですとも。惑星採掘権を巡る紛争から世界的な武力衝突へと発展し――》
「その戦いで、宙域にあった多くの船や施設が破壊。残骸が大気圏に突入し、地表に衝突。地球全体規模の戦災が起こって、私たちはその生存者」
《生存者……》
「あなたに義務を課した者や組織は消失。私たちの調査目的は、この船が何か、あなたが仕えていた乗組員がどんな人たちだったのか。かつて存在した物をできる限り拾い集めて後世に伝えるのが、私たちの使命」
《しかし、正式な命令ではない限り、あなた方に協力する義務はございません》
「あなたにさっきの歌を教えたのは誰?」
クオノの声が、はっきりと発せられる。
ギアーゴは返答に詰まった。
彼女は、すう、と一呼吸分の間を置いた。
「今、乗組員が生きていた証を伝えられるのは、あなただけ。お願い。あなたはなんでも尋ねてと言った。私たちはあなたが知っていることを聞きたい」
気がつくと、誰もが息を呑んでクオノを見守っている。
イナミはつい、七賢人ベネトナシュとしての彼女を思い出していた。
見る者が見れば、おとぎ話の、大自然と心を通わせる妖精――それを目の当たりにしているようだっただろう。
無論、クオノは脳機能拡張実験によって得た〈
これはいわば、人そのものの風格である。
ドゥーベの教育の賜物か、あるいは彼女の素質か――イナミは深く感嘆する。
ギアーゴはしばらく、ディスプレイにランダムなドットを表示させていた。『思考中』ということだろう。
人は、命令や義務を自己判断で覆すのに、葛藤を要する。
しかし、『気の迷い』を持たない人工知能は、その問題をあっさりと乗り越えた。
《かしこまりました。わたくしが知りうる情報をお教えしましょう》
調査員たちがほっと安堵した様子で互いに頷き合う。
《この船、〈ハイブ88E号〉は歩兵輸送船でございます。月面に歩兵を投下し、敵基地を強襲する予定でございました。しかし、宇宙港から発進後、敵艦船に補足。奇襲砲撃を受けたのでございます》
話を聞いていたイナミは、漠然とした疑問を抱いた。
何かが引っかかった。が、具体的に何かは分からない。
連想したのは、後部区画の広い格納庫だった。
《地球の重力に引き込まれ、大気圏への突入が確認された後、船長は歩兵を地上に投下することを決断されました。積載していた最新兵器を敵に奪われないため、自衛を命じたのでございます》
モーリスは興奮を隠しきれずに、
「すごい……当時の最新兵器……格納庫に残っていたアレのことかな?」
と、呟いた。
《わたくしは命令に従い、格納ハッチを開放。歩兵の発進を見送り、後部区画に残った皆様のおそばへ向かう途中、衝撃を感知しました。そこで機能停止したのだと思われます》
――ああ、そうか。
イナミは違和感の正体をようやく突き止めた。ギアーゴの言葉遣いだったのだ。
「あのー……質問よろしいでしょうか?」
エメテルがそろそろと手を挙げる。
ギアーゴが俊敏に声のしたほうへと振り返った。
《どうぞ、そちらのお嬢様》
「あ、どうもです。……ギアーゴさんは人を『皆様』と呼ぶように教育されているんですか?」
他の人々が怪訝そうにエメテルを見つめる。
ギアーゴも同様に『目』をまたたかせた。
《はい、そのとおりでございます。わたくしは人に仕えるために作られたロボットでございますので》
「それならどうして、歩兵は『様』づけじゃないんですか?」
ギアーゴは《はて》と自分の頭を撫でる。
《失礼ながら、質問の意図が不明瞭で、わたくしにはお答えできかねます》
「じゃあ……少し言い換えます。ギアーゴさんが『歩兵の皆様』と呼ばないのは、『歩兵』というのが人間じゃないから。違いますか?」
今度は理解できたらしい。ギアーゴは《ああ、そういうことでしたか》と両腕を広げた。
《ええ、歩兵は歩兵でございますよ。歩兵に敬意を払うよう義務づけられてはおりません》
今一つ会話を理解できていないモーリスが、一歩前に出る。
「どういうことなのか、説明してくれるかな、アルファさん――」
そのときだった。
凄まじい爆発音が、漂着船の外で轟いた。
振動が
ルセリアが反射的に太腿のハンドガンへと手を伸ばす。
「なんの音?」
銃声がか細く断続的に続く。辺境警備隊のマシンガンだ。
第九分室と発掘調査隊が携帯する無線機に、マーティンの怒声が飛び込んでくる。
《襲撃されている! 部下がやられた!》
硬直する調査隊の代わりに、ルセリアがすぐさま応答した。その表情は硬かった。
「ミダス体?」
《違う――》
ノイズが走る。
マーティンの舌打ちと、至近距離での爆発音。
《動けるか!?》という彼の声に、《はい!》と必死な兵士たちの返事。マーティンは《船内に撤退しろ! このままじゃ押し潰されるぞ!》と指示を飛ばした後で、ようやくこちらに答えるのだった。
《機械人形だ! 森に隠れていやがった!》
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