[4-5] 未登録遺物

 貨物室へ下りる通路は、垂直方向の縦穴になっていた。


 この船が無重力空間に浮かんでいたときは、手すりを伝って移動していたはずだ。

 高さは五メートルほど。生身の人間では飛び下りることは不可能だろう。


 調査隊はここに縄梯子を設置していた。負荷に強いワイヤーロープと軽量合金のステップを使用した、携帯用の移動手段だ。


 イナミは、クオノとエメテルがこれを下りられたのか、と感心した。


「……ちゃんと掴まっていれば、足を滑らせることもない、か」


 そんなことを呟きながら、自らは縦穴を跳び下りる。

 衝撃を吸収できないほどの高さではないが、〈超元跳躍ディメンショナル・ジョウント〉で位置エネルギーを消す。船内をうっかり損傷させるのも、大きな音を立てるのも避けるためだ。


 先行した一団に追いついたのは、格納庫の前だった。

 ルセリアが微笑とともに出迎えてくれる。


「おかえり、イナミ。それが収穫?」

「ああ。隅に転がっていた」


 イナミは隔壁横の無傷な制御パネルを見て、首を傾げる。


「ここはどうやって開けたんだ?」

「初めから開いてたのよ」

「……どうも気になるな」

「何が?」

「さっき――」


 イナミが言いかけたところで、先に格納庫へと足を踏み入れた調査隊員が、「わあ……」と声を上げる。

 二人は、この円筒形物体からそちらへと注意を向けた。


 ここまでの狭い船室や通路と比べると、かなり広く設けられたスペースだ。

 貨物を運び入れられるように、大きな搬入口が左右両サイドに備えられている。


 床を走る十本のレールには、物を掴んで固定するアームが見受けられた。大小のアームがワンセットで、レール一本につき二十基ほどが取りつけられている。

 声が響くほどがらんとした空洞に、ルセリアが肩透かしを食らった表情で呟いた。


「貨物を下ろした後に撃沈されたのかしら」

「いや、奥に何かある」


 イナミが、パルス光の明滅する腕で、『それ』を指し示す。

 フラッシュライトが一斉にそちらへ向けられると、真紅色の物体が現れた。


 形状は、特務部が使う二輪モーターサイクル、〈プロングホーン〉に似ている。

 違いを挙げるなら、搭乗者が跨る位置にも運搬用のハンドルがついていた。


 調査員たちはそれぞれ記憶を検索しようとして言葉を失う。

 彼らにも、『それ』の正体を一目で看破することはできなかったのだ。

 それが何を意味するのか、モーリスがにわかに上擦った声で叫んだ。


「未登録遺物だ!」


 調査員たちが喉を潰したような呻き声を絞り出した。

 未だ〈デウカリオン機関〉のデータバンクに登録されていない遺物ともなれば、管理外技術の結晶かもしれない。

 彼らはわっと駆け寄りながらも、すんでのところで踏みとどまり、まずは安全確認として非接触調査を始めた。


 どちらが前後になるのかは定かではないが、左右ハンドルのついている側には排気ダクトのような穴が開いていた。内部にはライフリングに似た螺旋状の溝が刻まれている。


 無重力空間用の乗り物だとしても、


 ――前部にこんな大きな推進装置をつけるか?


 イナミは自分なりに物体の正体を推測する。

 と、少し離れて観察しようとしたときだ。

 ブーツ裏の感触に違和感を覚え、足元を見下ろす。


 調査員の背後から遺物を覗き見ていたルセリアは、こちらに気づいて小首を傾げた。


「どしたの?」

「……ただの床じゃない」

「え?」


 イナミはその場に屈んで、足元に手を這わせた。


 指先のナノマシンが微細な凹凸おうとつを感じ取る。今立っている場所には、床板の切れ目が存在した。ちょうど十本のレールが並ぶ中心だ。

 その隙間には乾いた土が挟まっている。


 そういえば、この格納庫はやけに土が落ちている。

 それらが何を指し示すのか、イナミには考えもつかない。

 ただ――


「貨物を下ろした後なのか、と言ったな」

「そうね。がらんとしてるもの」

「だったら、なぜあの遺物はここに残っている」

「あれだけ別のところに運ぶつもりだった――てのも変ね」


 リストデバイスを使って遺物を撮影していたエメテルが、こちらの会話に加わってきた。


「アレ、多分、兵器ですね」


 ルセリアが「え?」と彼女を覗き込む。


「なんで、そうって分かるの?」

「ラボであんな感じの兵器が開発されてるんです。ええと、確か、携行型火砲、とかいう」


 イナミは周りをもう一度見渡して唸った。


「兵器なら、大量に積み込まれていたはずだ。他のはどこに行ったんだ?」


 クオノが物静かに、それでいて明瞭な声で言った。


「撃沈される前に、脱出させた?」


 三人は一斉にクオノの顔を見つめる。


 こちらの会話が聞こえていない調査員たちは、真紅の遺物を起こそうとしていた。アームに固定されていないので、床をずるずると滑る。傍目に見ていても危なっかしい。

 モーリスは肩を大きく上下させ、力なくかぶりを振る。


「動かすのは後回しにしよう。なに、遺物は逃げやしない」


 彼は腰に両手を当て、呼吸を整える。


「先にミカナギくんが見つけたロボットを調べてみようか」

「ロボット、これがか?」

「ああ。そっちはよくあるタイプの、人工知能が搭載されたサポートロボットだ。分解してメモリーを抜き取れば、こっちの端末で分析できる。顛末の手がかりが掴めるかもしれない」


 さあ、と手を差し出すモーリスに、イナミはロボットを渡そうとする。

 そのとき、クオノが二人を制止した。


「修理は無理?」


 調査員たちの視線が一か所に集まる。

 影のようにそこにいるのに、いざ口を開くと無視できない存在感を放つ、クオノに。

 モーリスは、クオノがただの感傷で意見しているのだと思ったらしい。


「すまない、ナガスさん。僕たちは真実を解き明かさないといけないんだ。修理はメモリーをフォーマットした後で――」

「違うわ」


 ルセリアが、背後から抱きかかえるように、クオノの両肩にぽんと手を置いた。


「クオノが言ってるのは、『修理は無理か』、よ。人工知能が組まれてるなら、再生させてあげたほうが、当時の様子が分かっていいんじゃない? メモリーを解読する手間も省けるかもしれないし」


 横で聞いていた女性調査員がおずおずと手を挙げた。


「多分、直せると思います。外見上は破損している様子もありませんし、衝撃で電子部品が飛んでいなければ、バッテリーを交換するだけで動くかと……」


 太った男性調査員が、にっと笑った。


「小型端末用の予備バッテリーが船橋せんきょうに置いてある。変圧器を調整すればなんとかなるかも」


 同僚たちの言葉を聞いているうちに考え直したのか、モーリスも肩を竦めた。


「じゃあ、一度戻って、こいつを修理しようか。確か、こんなことわざがあったな。『推理するより動くところを見たほうが早い』」


 クオノがぽつりと呟く。


「『百聞は一見にかず』」

「そう、それそれ。ずいぶん古い言葉を知っているね」


 モーリスに称賛され、クオノは軽くお辞儀をした。その表情はかすかに綻んでいる。


 第九分室の三人は、クオノの感情表現に気づき、互いに顔を見合う。

 奇妙な達成感を共有した瞬間だった。

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