[4-3] 誰かいる

 調査は〇九マルキュウ時から始まった。


 辺境警備隊が周囲の警戒に当たっている中、第九分室は護衛を名目に、発掘調査隊と行動を共にすることとなった。


 モーリスがリストデバイスから立体地図を投影する。

 超音波マッピングによって、通路や部屋のみならず、ダクトやパイプの通り道も含めて図示されている。

 その曲がりくねった線から、イナミは、動物の内臓と血管を連想した。死してなお朽ちない不滅の生物の体内を歩いているのだ、と。


 マップデータは全員に共有されながら逐次更新されるとのことだ。


「今、僕たちがいるのは、前部区画。こっちは船橋や船員室が集まっている。後部区画に行くには通路に下りている隔壁を開ける必要がある」


 モーリスは、とりわけ、特務部に向けてそう言った。


「この船がデータバンクに登録されているような軍の貨物船なら、後部には積み荷が残っているかもしれない」


 ルセリアは軽い調子で尋ねる。


「新発見が期待できるかしら」

「だといいけど、それには危険が伴わないとも限らない。何か異常を感じたら、些細なことでもいい。教えてほしい」

「オーケイ。その辺はいつもの任務と同じね」


 イナミは二人の会話を聞きながら、『異常』の種類を数えてみた。


 ミダス体や、凶暴な突然変異動物ミュータント

 有毒ガスに、汚染物質のホットスポット。

 人間が仕掛けたトラップも、過去の事例報告には記されていた。


 そういうわけで、初日は船内の構造を把握し、行動範囲を広げ、安全を確認することが優先される。


 まずは前部区画の船室開放から始まった。

 調査員たちは各々、道具を構える。昨晩の陽気な雰囲気から、まるで狩りに赴く戦士のような顔つきに打って変わった。


「それはなんだ?」


 イナミの質問に、太った男性調査員がハンドガン型の道具を軽く持ち上げた。


「レーザーカッターだよ。これでロックを焼き切るんだ。必要最小限の破壊ってヤツだね」


 手始めにドアへバールを差し込み、隙間を広げる。

 ロック機構の位置を確かめると、そこへレーザーカッターを押し当て、照射。不可視熱線によって、古びた金属がバターのように切断された。

 後は、てこの原理を利用してこじ開けるだけだ。


 たった数分の作業で、長らく閉ざされていたドアが、金切り声のような摩擦音を上げながらレールを滑る。


 女性調査員が掃除機のような道具を伸ばす。

 こちらは、マズルから空気を吸い込んで採取する物らしい。


「有害物質を検知したときはアラームが鳴るから、その場合はガスマスクを着用することになる」


 警報は、鳴らない。

 イナミとルセリアは調査員の肩越しに船員室を覗き込んだ。


 壁際に四基、カプセルポッドが横倒しではなく縦に立っている。床には砕けた防護カバーの破片が散らばっていた。


 それを見たルセリアが尋ねる。


「何あれ、水槽?」

「ベッドだ」


 誰よりも先に、答えたのはイナミだ。


「回転ブロック構造じゃなければ、船首を向くように設置されるんだ。車のシートと同じで身体に力がかかる。人間は元々、重力下の生物だ。多少の負荷があったほうが、肉体的だけじゃなく精神的にも安定すると聞いたことがある」


 クオノがイナミに寄り添ってきた。

 もしかしたら自分たちの寝床――そしてカザネの棺桶を思い出したのかもしれない。


 イナミは彼女の頭を軽く撫でる。

 直接触れても、ミミクリーマスクのホログラムが乱れることはない。クオノは少し遠い目をして、懐かしむように頬を緩めた。


『むじゅーりょくじゃなくなった』


 いつかの会話を、二人は言葉を交わすことなく思い出したのだ。

 しばし微笑を浮かべていたイナミは、ふと周囲の静寂に気づいて顔を上げる。


 ルセリアだけでなく、調査員たちまでこちらを凝視していた。


「どうかしたか?」

「ミカナギくん」


 モーリスは真剣な表情でつかつかと歩み寄り、


「詳しいね! 遺物の勉強をしたにしても、マニアックな知識だよ、それは!」


 興奮気味に捲し立てる。

 イナミは困惑気味に笑みを浮かべて対応した。


「そうなのか?」

「回転ブロック構造だって、一般人が知っているようなものじゃない。遺物のコンピューターから発掘したデータにちらっと記述があるだけの技術だよ!」

「ああ、その『ちらっと』を見た覚えがあったんだ」


 イナミはそう誤魔化しながら、内心、落胆を覚える。

 回転ブロックを持つ船は、〈ザトウ号〉のみならず、地上ではなかなか見つかっていないということだ。


 一方、モーリスは楽しげな表情で、開放したばかりの船員室をカメラで撮影する。


「それにしても、『人間は元々、重力下の生物』、か。まるで宇宙時代を知っているみたいな表現だね」

「……言葉の綾だ」

「だろうね。きみは二百歳のご長寿には見えない」


 こちらに背中を向けているモーリスが、どんな表情をしているのかは分からない。

 他の調査員たちは取り立てて関心を抱いている様子もない。


 慌てて取り繕うより、堂々としていたほうがいい。

 そう考えたイナミは、呼吸を整えて平静を装った。


 フォローのつもりか、ルセリアはさらに質問することで話題を変える。


「ベッドにも船員は入ってないみたいね」


 彼女の言うとおりだ。どれも空である。


「それに、部屋が綺麗すぎるわ。 私物もないの?」


 その疑問には、文化研究を専門とする黒人女性調査員が答えた。


「多人数用の部屋にプライバシーはありません。ということは、長期航行する船ではなかったのだと考えられます。持ち込むことができたのは、装飾品程度かもしれませんね」

「リストデバイスみたいな?」

「他には、魔除けとか」


 イナミは横から口を差し挟む。


「『マヨケ』とはなんだ?」

「お守りですよ。たとえば、こういうような」


 と、女性調査員は胸元に入れていたネックレスを取り出した。

 木彫りの装飾品は、翼を広げた鳥を象った物だ。足が一本しかないのが、特徴的である。


「人々がどんな魔除けを身に着けていたのかは、興味深い研究対象なのです。宗教や民族によって、『何をおそれたか』が分かりますから」

「恐れ……?」


 鸚鵡おうむ返しに呟きながら、イナミは自分と女性の言い表すものが違っているような気がした。


「その鳥は、何を表しているんだ?」

「腐敗、ですよ」


 彼女は微笑んで、さらりと言った。


「死体が腐るのは冥界の鳥がついばむからだ、と私の先祖は考えたそうです。転じて、死者が現世に留まることなく冥界へ旅立てるようにと、案内人たる鳥を信仰したとか」


 そんな魔除けを、なぜ身に着けているのか。

 彼女は「仕事上、死体を掘り起こすこともありますので」とネックレスをしまった。

 それから、声を潜めて続けた。


「死体が見つからない点は、私たちも不思議に思っています。この船、脱出装置が使われていないようなのです」


 イナミは、「なに?」と思わず険しい声を出してしまった。

 ルセリアがこちらを横目で見上げてから、女性調査員の話を掘り下げようとする。


「そんなこと、ありえるの?」

「基本的に撃たれたら終わりの世界ですからね。脱出する暇なんてなかった――というのはあくまで私の想像に過ぎませんけれど」

「じゃあ……生存者がいて、死体を片づけたとか……」

「漂着の衝撃から生き延びるのは難しいかと。可能性は、否定しきれないですが」


 あっさりとした口調で言った女性調査員は、軽く会釈をして仕事に戻っていった。

 その背中を見送ったルセリアは、腕を組んで唸る。


「なんか、きな臭いわね」

「例の、シンギュラリティ能力者の勘、か?」

「ずっと気になってることもあるのよ」

「昨日の音か」


 ルセリアは驚いたようで、こちらをじっと見つめた後に、ふっと表情を和らげた。


「そそ。エメはあの音、古い機器が動いてるみたいって言ってたでしょ?」


 イナミは、しかし、やや慎重な態度で訊き返した。


「俺たち以外に誰かがいる、と言いたいのか? クローンの培養槽でもない限り、それこそ二百年前から生きている不死者ということになるぞ」

「老化を抑制する技術があったらしいじゃない?」

「限界があるだろう。ナノマシン体なら不老不死でいられるが」

「そう……それじゃ、ミダス体がパワードアーマーを盗んで動かしているとか……」


 ルセリアはなおも深く考え込もうと項垂うなだれた。

 それから、一呼吸遅れて、頭を跳ね上げる。


「あんた、歳取らないの!?」


 船内に響く大声に、調査員たちが何事かと振り向いた。

 ルセリアは『ごめんなさい、なんでもない』と手を挙げ、はぐらかす。再び視線が分散するのを見計らい、ひそひそ声かつ掴みかかる勢いで問い詰めてきた。


「んなこと初めて聞いたわよっ」

「そうだったか? 少し考えてもらえれば分かると思ったが」

「何がよ」

「ナノマシンは生体情報を保存していて、それに基づいて自己複製を行っている。何度組み立てても、劣化することはない」

「じゃあ、あたしがお婆ちゃんになっても、あんたは相変わらずこのままってワケ?」

「だからそう言っている。どうした、何を怒っている」

「怒ってないわよ。びっくりしただけ」

「いいじゃないか、年を重ねるほうが自然だ。お前だって、数年後にはもっと美人になっていると思うぞ」


 ルセリアはかあっと赤面し、再び廊下に大声を反響させる。


「あんたってなんでそういうこと平気で言えんの!?」

「……よく分からないんだが、気分を害したのなら、すまない」

「それ! そういうトコ! ……ああもうっ!」


 彼女の大きい反応に応じて、括った長髪がゆらゆらと揺れた。

 騒ぎに、作業の見学をしていたエメテルとクオノが戻ってくる。


「みなさんに迷惑ですよ、ルーシーさん」

「イナミ。任務、忘れてはいけない」


 二人から注意されて、ルセリアはむすっとした。


「うるさかったのは悪かったわよ。でもね、聞いたら間違いなく驚く話なんだから」


 エメテルが半眼になってこちらを交互に見比べる。


「えー、ホントですかあ?」

「そりゃもう、ね」


 ルセリアはエメテルの耳元で先ほどの話を囁く。

 が、しかし。


「ああ、そのことですか。薄々、そうなんじゃないかなー、とは思ってましたよ」


 エメテルの薄い反応に、ルセリアは愕然としたようだった。

 彼女の豊かな表情を傍から見ていると、大人びていても本物ではなく、まだまだ十六歳の少女なのだ、とイナミはしみじみ思った。


 そう、数年後に、彼女の年齢はイナミの肉体年齢を追い越していく。

 ルセリアだけではない。クオノとエメテルもだ。


 イナミの胸中に、〈ザトウ号〉から放り出された瞬間に似た感慨を覚えた。

 それは、何かから切り離され、周りから孤立する、寂寥せきりょう


 ふと思う。

 もしもこの船が自我を持っていたら、長年の時を経て訪れた人類を、どんな想いで出迎えただろうか――


 イナミは静かにかぶりを振って、調査員の作業に視線を向けた。

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