[4-2] お前がいてくれるだけで

 人の動く気配に、イナミは目を開けた。


 隣を見ると、クオノが膝を立てている。

 寒くて眠れない、という様子ではない。碧眼はじっと前を向いている。先にあるのは漂着船だが、ここではないどこかを見つめているようでもあった。


「早いな、クオノ」


 シートを起こすと、クオノがこちらに振り向いた。注視しないと分からないほど、かすかに微笑んで。


「おはよう、イナミ」

「……よく眠れたか?」

「うん」


 クオノは立ち上がったかと思うと、毛布ごとこちらに移ってきた。

 当然、シートは一人だけが座れる狭さだ。彼女がいくら小柄でも無理がある。イナミの脚の上にちょこんと身体を乗せる形になった。


 イナミは文句を言わずに、クオノが落ちないよう、細い腰に腕を回して抱える。

 彼女はというと、イナミの胸板に背を預けて、ぽつりと呟いた。


「寂しい場所」


 何かしらのシステムに『触れて』いる状態が、クオノにとっての日常だ。

 孤立した地で超感覚の網が広がらないことは、彼女の世界がこのコクピット内に狭まっているも等しい。


 不安を感じているのか――と、イナミは自分なりに察した。


「ここには俺たちがいる」

「……うん」


 クオノが完全に体重を預けてきた。


「ごめんなさい。任務に加えて、私の面倒まで押しつけて」

「面倒なんて言うな。俺はもとより、二人だってそんな風に考えていないはずだ。ルーシーに至っては、そう感じたならストレートに言ってくれるだろう。遠慮なんてせずにな」

「……反応に困る」

「称賛しているんだよ。紛れもなく美点だ。一緒にいて気を遣わなくていい」


 クオノの表情は分からなかったが、くすりと笑う息遣いは伝わった。

 イナミは緊張が和らいだのを感じて、気のいたことを言えただろうか、と安堵する。


「ドゥーベが同行を許可したなら、任務上の問題はないということだ。……あるいは、問題があるからこそ、か」

「……『こそ』って?」

「たとえば――お前の力が必要な案件だとか」


 そう言ってすぐに、自分で「いや」と否定する。


「資料を読んだ限りではそんな感じでもなかったな。なら、やっぱり『問題ない』んだろう」

「……あったほうが安心するって言ったら、不謹慎?」


 クオノは自分で発した言葉を恥じるように、かすかに俯いた。


 ――なんと答えればいいのか。


 イナミもクオノも、元々、存在意義が先行して生まれ落ちた存在だ。

 だから、役割を与えられていると、心が安らぐ。

 クオノは感覚を遮断されているだけでなく、宙ぶらりんになっているのだ。


 イナミは抱える力を少しだけ強めた。


「俺はお前がいてくれるだけでいい」

「……ん」


 満点の回答ではなかったようだ。クオノの声は晴れやかではない。


 それでも空は明るむ。

 今日という長い一日が始まった。

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