[3-3] 慣れるのが先かな?

 船の多くは、宇宙空間の造船所で建造され、完成後に港へと移される。

 乗組員は船と港の間に接合されたチューブを通って搭乗するのだ。

 組み立て式タラップは、その搭乗口に固定されていた。外部ハンドルを操作し、ハッチを開放したのだろう。


 四人はそれを使って、船内へと入った。

 タラップを上がるときは『かんかん』と軽かったブーツの足音が、通路に入った途端に『ごっごっ』と重いものに変わる。


 通路は明るい。

 照明器具が点々と床に置かれている。端を這うケーブルを通じ、発掘調査隊が持ち込んだ発電機から電力供給を受けているのだ。

 四人はケーブルを辿って奥へと進んでいく。


 最後尾を歩いていたエメテルが、「うう……」と唸る。


「なんだか、臭いませんか?」

「ちょっとね」


 と、先頭のルセリア。


「ちょっとというか、かなり」


 とは、イナミの後ろに密着するほど近いクオノ。

 最も嗅覚が優れているイナミも頷いた。


「空気が汚染されている、というのではなさそうだな。鳥やネズミが巣食っているような、路地裏のゴミ捨て場に近い臭いだ」


 より具体的な表現に、ルセリアが振り返る。


「ゴミ捨て場って……なんで、そんな場所を知ってるの?」

「一人で動き回るのに、監視カメラがない場所を選んで使っていた。特に建物と建物の間にある細い路地はセキュリティが甘い。改善したほうがいい」

「……あ、そう」


 などと話しているうちに、ひらけた空間に出た。


 コンソール卓、操縦桿、それらを見下ろす位置にある座席、粉砕された巨大モニター。

 それらの手がかりから、エメテルはこの空間が何かを理解した。


船橋せんきょう、ですね」


 船を操縦し、乗組員への指揮を執る場所だ。


 そこに、物資コンテナよりかは軽そうな荷物を開封する者たちがいた。

 先ほどの兵士たちとは異なり、表情に緊張感はない。

 体つきから戦闘員ではないと分かる人々は、胸に技術研究所ラボのエンブレムが入ったジャケットを着ている。


 温和そうな四十代男性がこちらに気づき、荷物の整理を中断した。


「どうもどうも。連絡にあった特務部第九分室……のみなさんだよね」

「ええ、そのとおりよ」


 ルセリアは先ほどと同じように全員を紹介した。

 男性調査員はマーティンと異なり、親しげな笑みを浮かべて頭を下げる。


「僕はモーリス・スミス。発掘調査隊主任だ。そちらの任務は視察がてらの訓練と聞いているよ」

「ウチに新人が二人も入ったから、それでね」


 と、ルセリアはイナミとクオノを見た。

 クオノはオペレーター補佐という肩書になっているのだった。


 モーリスは「確か……」とゆっくり尋ねる。


「第九分室は実験部隊だったね。フェアリアンが配属されている」

「あ、私がそうです」


 エメテルが控えめに手を挙げた。やはり元気がない。

 モーリスはさらにイナミへと視線を移した。


「記憶違いじゃなければ、きみは、イナミ・ミカナギくんかな」

「どのイナミ・ミカナギかは分からないが、同じ名前の市民はいないはずだ」

「ははあ、とすると、第九分室はだいぶ特殊なんだなあ」


 モーリスはいたく感心した様子で何度も頷いた。


「とにかく頼もしいね。特務官さんがいてくれるんだからさ」

「頼られる状況にならないのが、一番だけど」


 ルセリアの軽口に、モーリスは「そうだね」と頷いた。


「視察ということは、ある程度は作業内容について報告したほうがいいのかな」

「共有スペースに保存しとくレポート程度でいいから、してくれると助かるわ」

「了解。現在は見てのとおり、調査に使う機材の準備中だ。空気サンプルとかはもう採取したけれど、本格的に動き出すのは明日になるかな」

「ずいぶんのんびりなのね」

「気象情報だと晴れが続くらしいから、余裕があるんだよ。機器が水浸しになることも、土砂崩れに巻き込まれる心配もない。ただ一つ、気になることがあるとすれば、旧市街地を砂嵐が通り過ぎていくかもってくらいかな」


 イナミは話を遮らないようにタイミングを窺って質問する。


「砂嵐が起きると、何か問題があるのか?」

「ここはそんな心配はないけれど、場所によっては汚染物質が飛来したりね。他には、通信障害が起きることもある。今回はそれだ。その間、仮に事故が起きてしまったとしても、本部に連絡できないのさ」


 確かにそれは問題だ。

 イナミは納得しながら、もう一つだけ訊いた。


「ここの臭いはなんだ?」


 モーリスは「ああ――」と鼻を動かす。


「ここを棲み処にしていた野生動物の糞の臭いだね。閉鎖されたブロックだったけど、どこからか入り込んでいたみたいなんだ」


 雨風を避けることができ、暗く湿った空間。視力は退化しながらも異なる感覚に優れた種の動物にとっては、隠れ家に持ってこいの環境なのかもしれない。


「それにしては、ずいぶん綺麗だな。汚れていないし、動物も見ていない」

「毎度悪いこととは思うけど、出ていってもらったよ。何匹かは捕まえてね。糞の採取と掃除はロボットを使った。換気もある程度したから、じきに臭いは消えるはずだよ。それとも、慣れるのが先かな?」


 あはは、と笑うモーリスに、イナミの背後に隠れたエメテルは、笑い事ではないと言いたげな表情を浮かべる。


 ルセリアは微笑で応じ、今しがた歩いてきた通路を見た。


「船内を歩き回ってもいいかしら。地図で見るだけじゃなくて、ちゃんと構造を把握しときたいの」

「どうぞどうぞ。一応注意しておくと、物には触らないように。壁や扉にも、ね。人の汗や脂で変質する恐れがあるんだ。何か気になる物を見つけたら、僕らを呼んでほしい」

「オーケイ、分かったわ」


 軽く手を挙げて感謝の意を示したルセリアは、通路へと引き返した。

 三人はその後ろについていく。


 イナミは気分の悪そうなエメテルが心配になって声をかけた。


「一度、外に出て休むか?」

「大丈夫です、我慢できます」

「いや、しかし――」

「実際、身体に害がある濃度じゃないんです。行きましょう」


 強い口調で言い返すので、イナミは彼女の意志を尊重することにした。


「クオノはどうだ。大丈夫か?」

「……ん」


 クオノはただ頷いてみせたのみで、前をじっと見つめている。

 あまりに機械的な表情――かと思えば、口元を押さえ、


「けほっ」


 と、咳き込んだ。


 ルセリアが振り返り、イナミと視線を交わす。

 第九分室がいつもの調子で活動するのは、かなり難しそうだった。

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