[3-2] 船ってすごい

 一五ヒトゴ時。

 およそ六時間ほどの移動で、特務部第九分室は目的地上空に到着した。


 漂着船が横たわっているのは、山間のふもとだ。

 船首から船尾までの全長は、二百メートルはあろうかという大きさである。

 その巨体が地表に衝突した影響で、山は土砂崩れが起き、辺り一帯の木々は失われ、代わりにススキ野が形成されている。


 砲撃の被弾痕は背部に確認できた。

 外装甲を突き破り、内部で爆発するタイプの砲弾だったらしい。装甲が内側から捲れるように歪んでいる。恐らく中は、もっとひどいだろう。


 イナミは船員のことを想像した。

 爆発によって即死したか。それとも、船外に吸い出されて窒息死したか。


 宇宙空間での戦闘において、搭乗物を破壊された者の生存は絶望的である。

 それは漂流についても同じことが言える。航路から外れてしまえば、誰も通りかかることがないからだ。


 今になって思えば、自分とクオノも、あのまま救助を待っていたところで、いずれは餓死を迎えていたかもしれない。

 結果的には、質量消失の『波』に引き込まれたおかげで、地上に逃れることができたと考えられるが――


「船ってすごい」


 隣のクオノがぽつりと呟いた。


「〈セントラルタワー〉と全然違う。今まで映像でしか見たことなかった」

「〈ザトウ号〉は外から見なかったのか?」

「見た……と思うけど、あまり覚えていない。ただ、白くて大きい物……としか」

「ああ、それは俺も似たような印象だな」

「〈ザトウ号〉もここにある船も、たくさんの人を乗せていた。そうやって普通には行けない場所に行っていた。それって――やっぱりすごい」


 あまり起伏を表さないクオノの口調が、やや早口になる。

 些細な変化に気づいたイナミは、微笑を浮かべて頷いた。


 漂着船周辺の雑草は綺麗に刈り取られ、調査隊のキャンプが設営されている。輸送機離着陸用のスペースでは、辺境警備隊の兵士が赤いライトを振っていた。


 その誘導に従って、〈ケストレル〉を操縦するAI、バスケトは降下を始める。

 人間的な直感を持たない彼は、センサーの駆使のみで正確に着陸してみせる。搭乗員にはわずかな揺れしか感じさせなかった。


《着陸シークエンス完了》


 エメテルが、左耳に着けたカフ型デバイスを、人差し指と親指で揉むように触る。


「お疲れ様、バスケト」


 ローターの回転が止まったのを確認して、イナミたちはシートベルトを外した。

 ルセリアが立ち上がろうとして、自分の尻に手を当てる。


「てて……長距離移動ってのは、これだからイヤなのよ」


 ぼやく彼女に、エメテルがにたりと笑う。


「ルーシーさんはお尻おっきいですもんねー」

「お、お、大きくないわよ! あんたが小さいだけでしょ!」


 がしりと同僚の臀部を鷲掴みにするルセリアと、「うぎゃ!」と悲鳴を上げるルセリア。なんとも微笑ましい光景である。


 そうこうしている間に、〈ケストレル〉後部のカーゴハッチが倒れるように開いていた。昇降用スロープの機能も担っているのだ。

 そこから外に出た四人は、白髪交じりの男に出迎えられる。


「よく来たな、と言いたいところだが――」


 男は細長の顔で、野性味のある険しい目つきをしている。

 短く尖った耳は短い体毛に覆われているが、これは『分化』の影響である。〈大崩落〉以降、ヒトに哺乳類動物の形質が現れるようになった、突然変異現象だ。


 指揮官用の機械式甲冑パワードアーマーを装着しているので、辺境警備隊の隊長だろうとすぐ察しがついた。

 身体機能の補助は戦闘のみならず、調査用機器の運搬にも利用できる。

 そのため、辺境警備隊の任務には発掘調査隊への協力も含まれているのだった。


 男は第九分室を一瞥し、「ちッ」と舌打ちをした。


「女子供ばかりか」


 ルセリアはその一言を聞き流し、事務的にリストデバイスから職員証を提示した。


「特務部第九分室、ルセリア・イクタス。並びにエメテル・アルファ、イナミ・ミカナギ、クオノ・ナガスよ。よろしく」


 各々を紹介した上で、胸に拳を当てた。機関式の敬礼である。

 男も同様のポーズを取った。パワードアーマーの駆動系が、きゅい、と音を立てる。


「第三辺境警備隊長、マーティン・バートランドだ。言っておくが、ミダス体が出てこない限りの指揮権はオレたちにある。そのことを忘れるなよ」

「もちろん知ってるわ。まあ、あたしたちが特務執行権を行使した場合は、そのじゃないんだけどね」


 少女の完璧な微笑に、マーティンと名乗った男は「ふん」と鼻を鳴らした。

 ルセリアは表情を変えずに〈ケストレル〉のカーゴを振り返る。


「輸送物資は中にあるわ」

「ご苦労。オレたちが運び出す。お前たちは邪魔にならないようにしていろ。くれぐれも森に入って、捜索に人員を割かせるような手間はかけさせるなよ」


 マーティンはそう言い捨てて、部下とともに〈ケストレル〉へと乗り込んでいった。

 その背中を見送ったイナミは、肩から力を抜くルセリアに、笑みを浮かべる。


「突っかかっていくんじゃないかと思ったんだが」

「正直そうしたいけど、現場の協調性ってもんも大事にしないとね」

「俺たちは嫌われているようだな」

「まあね。分からなくもないわ。ずっと都市外を巡回してる部隊なのよ。だから、都市の人間に対して反感を持ってるってワケ」

「遺物を流出させて、混乱を起こそうという動機になるか?」

「うーん、ぴんと来ないわね。帰る家をなくすようなこと、するかしら」


 ルセリアの冷静な答えに、イナミは「それもそうだな」と頷いた。

 彼女は通りがかった兵士を捕まえて尋ねる。


「特務部よ。発掘調査隊の主任に挨拶したいんだけど、どこにいるか分かる?」

「漂着船に機材を運び込んでいるところを見かけたが……」

「ありがと」


 兵士は惚けたようにルセリアを見つめ、続いてエメテルとクオノに、ぽかんと口を半開きにする。イナミには目もくれなかった。

 彼は歩き始めた後も、幻を見たのではないかとばかりに、何度も振り返る。

 その様子は、マーティンの『女子供ばかり』とは違う態度に見えた。どうも魅入られたらしい。


 ルセリアはというと、マイペースに漂着船にかけられた組み立て式タラップを指差した。


「あそこから入れるみたいね。行きましょ」

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