第3章 遺物

[3-1] 勝手の分からない場所

 翌日――


 白い双回転翼航空機、〈ケストレル〉が旧市街地上空を飛び去っていく。

 この機種には、主翼に角度を制御できる回転翼ローターが備わっている。高速航行と垂直離着陸の両方をこなす、機関主力の輸送機だ。


 後部カーゴには都市外任務のための物資を。

 胴体キャビンには、四人の搭乗員を乗せていた。特務部第九分室の面々である。


 イナミとルセリアは特務官の証であるクローク姿で搭乗している。

 一方、エメテルとクオノは、機関制服の上にダウンジャケットを着用し、頭にはベレー帽を乗せていた。


 さらに、クオノはヘアピンを模した擬態ミミクリーマスクを起動し、銀髪と碧眼を黒髪と褐色の瞳に変えている。


 ――髪と瞳の色が同じだと、兄妹みたいだな。


 もしかしたら、近い遺伝子を持っているのかもしれない。イナミはそんなことを考えながら、エメテルの説明に耳を傾けていた。


 彼女は機内のプロジェクターを使って、構造物の立体図を宙に映している。


「調査対象の漂着物は、〈大崩落〉初期に墜落した宇宙船です。古い国章を船体に確認。砲撃の被弾痕も発見されてます」


 外から見た立体図にも、その大穴は見て取れた。

 よく真っ二つに折れなかったものだと驚くほどの、胴体を抉られたような損傷だ。


「データバンクには、同型の船が登録されてました。軍が使う小型貨物船とのことで、貨物運搬中に攻撃を受けて撃墜、というのが大体のところと推測されてます」


 漂着船の形状は〈ザトウ号〉に通じる部分がある。

 戦闘用や人員運搬用の船にはスリムな形が多いが、貨物船は腹が大きい船体となる。


 エメテルは、七賢人のクオノをちらりと見てから、背筋を伸ばした。


「私たちの任務は、辺境警備隊とともに発掘調査隊の護衛を務めること。もとい、両者の監視です。各部局の報告を総合すると、遺物は管理審査をすり抜けて、都市に持ち込まれてるみたいなんです」


 ルセリアは不愉快そうに腕を組んで唸る。


「ガメようとこそこそしてる連中を見たら要注意ってことね」

「……正直、都市外で頑張ってる方々を疑うのは、ちょっと気が引けますけど」

「疑いを晴らせれば、それはそれでって考えましょ」


 と、ルセリアは隣に座るエメテルに軽く肩を寄せた。それから、視線を対面のクオノに向ける。


「クオノはこっちに来て大丈夫なの?」

「足手まといにならないよう、じっとしている」

「じゃなくて、七賢人のほう」


 クオノはこくりと頷いた。その前に少し身動みじろぎをしたのが、イナミには分かった。


「七賢人にもそれぞれの生活がある。欠席も珍しくない」

「なら、安心ね」


 にっこりと笑うルセリアに対し、クオノは再び頷いた。


 そんな彼女を見つめていたイナミは、改めて気を引き締める。

 孤立無援の都市外へとクオノを同行させるのには、一抹の不安がる。

 漂着船周辺ともなれば、人類の敵、ミダス体の勢力圏だ。

 そうでなくとも、異種の危険が待ち受けているかもしれない――


「何、難しい顔してんのよ、イナミ」


 ルセリアに声をかけられて、イナミは顔を上げた。

 少し考え込んでいるうちに、いつの間にか、少女たちの視線が自分に集まっていた。


「勝手の分からない場所だ」


 窓の外を影が横切る。

 振り向くと、鳥の群れが〈ケストレル〉から逃げていた。

 外の景色は旧市街地から深い森へと様変わりしている。人が滅多に来ない地域なので、野生動物がローター音に驚いたのだろう。


 見たことのない種類の動物に好奇心を抱くよりも、機体が襲われないのだろうかという心配がまさった。

 と、警戒心が強まっていることを自覚したイナミは、苦笑いを浮かべる。


「どうも気が立っているらしい」

「あんたのことだから、すぐ適応するわよ」

「だといいが」


 そこでなぜか、エメテルが胸を張った。


「ご安心を、イナミさん。外の任務は私も初めてですっ」


 ルセリアが呆れ顔で呟く。


「なんでそれで安心になるのよ」

「だって、みんな初めてなら怖くないじゃないですか」

「……人によっては余計恐ろしくなると思うけど」

「そこは、ほら、気を楽に、どどんと構えましょう!」

「開き直りってヤツね」


 要するに、彼女も不安を抱いているのだった。

 イナミのクロークを、クオノが控えめに引っ張る。『自分もそう』と言いたげな視線だ。


 そうだった。今の自分には仲間がいる。

 ルセリアとエメテル。クオノとて、無力な少女ではない。


 そして、この身体。

 あらゆる戦場に対応するナノマシン体ならば、どこでだって十二分に戦えるはずである。

 イナミは肩から力を抜き、もう一度外の景色を眺めた。

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