第2部 戦闘継続、二百年目
第1章 白面
[1-1] 貴様らも違うのか
〈大気圏外戦争〉で生じた巨大漂流物の雨――〈大崩落〉。
未曽有の災害によって文明が滅びかけた世界。
それでもなお、地上に再び興された都市、〈アグリゲート〉は脈々と生き長らえていた。
生命力に溢れているのは、真夜中の暗闇を徘徊する者もまた
静まり返った雑居ビル街に、灰色のセダンが停まった。
助手席から出てきた男は、黒いスーツと革靴という身なりだが、オフィスワーカーではない。周囲に人影がないことを素早く確認し、目の前の建物へと歩いていく。
一階車庫の認証パネルにIDカードを読み取らせる。つい数時間前、『事務所』に送りつけられた物で、シャッターが開いてくれるかどうかは疑わしかった。
が、どうやら出来のいい偽造カードだったらしい。
巻き取り式のシャッターががらがらと上がる。その音があまりに響いたものだから、驚いた黒服は再び周囲を見渡した。
やはり、人の気配はない。
ほっと息をついて、仲間たちに手招きをした。
セダンが車庫に入ったのを確かめてから、すぐにシャッターを下ろす。外から見えなくするためだ。
照明はついていないが、車のライトで室内は明るい。
後部座席から、さらに二人の黒服が現れた。
やはり似たような恰好で、奇しくも揃って、白人である。
彼らはセダンのトランクを開けた。
中から取り出したのは、ずっしりと重たげなアタッシュケース。
そして、サブマシンガン。屑鉄を加工した銃身に、木製のストック。弾薬は拳銃弾を利用。機関の目の届かない『事務所』で組み立てた銃である。
三人は運転手を残し、物々しく足音を立てながら階段を上がった。
ここは空きビルだ。
〈アグリゲート〉は急発展した都市である。人口増加に見合わない開発は、こうした『空洞』をところどころに生み出したのだった。
三階フロアでは、窓から差し込む月明りの中、先客が佇んでいた。
それがあまりにも奇妙な出で立ちで、黒服たちは面食らってしまう。
身に纏っているのは裾長の白い着物だ。
深く被ったフードの下には、獣の頭蓋を模した白面を着けていた。筆で描かれた朱色の模様が鮮やかである。
丸腰ではない。
このご時世に、一振りの細長い剣を帯びている。鞘を装飾する龍の金細工を見るに、スクラップを打ち直したなまくらではないことは明らかだ。
手にした懐中時計型のデバイスからは、ディスプレイの光が洩れていた。
「七分十一秒の遅刻だ」
理知的で若い男性の声だ。
それでいて開口一番に非難というのが、黒服たちに反感を抱かせた。
「お前が直前まで場所を指定しないからだろうが」
「移動に要する時間は考慮した。貴様たちの不手際だな」
「ぐっ……」
黒服たちは顔を歪めた。かなり面倒くさいタイプの取引相手である。
さっさと『商品』の売買を済ませてしまおう、とアイコンタクトで意志を共有する。
その一人が、運んできたアタッシュケースを足元に置いた。
苛立ちを隠せない手つきで開錠し、中にぎっしり詰まった白い粉末袋を見せつける。
「薬は持ってきたんだ。文句ないだろう」
合成麻薬は、現代においてもごく一部の人間に必要とされている。疑似トリップでは得られない脳細胞の崩壊感が病みつきとなったジャンキーだ。
取引に電子通貨は使えない。不自然な金の動きは監視されている。
なので、対価は麻薬と同等の価値を持ち、かつ表社会で処分可能な物品で支払われることになる。
逆に、支払い側が麻薬を差し出す場合もある。
この取引がそうだった。
白面の男は、薬ではなくこちらをじっと観察している。
黒服たちは、歯車が噛み合っていないような居心地の悪さに襲われた。
「そっちの品はどうした!」
「……ああ、そうだったな」
白面の男はようやく思い出したとでもいう様子で、背後に用意していた金属ケースを持ち上げ、開閉スイッチを押した。
内部に納められた冷凍装置から、白いスモークが外に漏れ出す。
保管されていたのは、青い液体の入ったガラス筒と機械部品からなる装置だ。
「それが、例の装置……なのか?」
「〈
白面の男は淀むことなく語り聞かせる。そんな危険物が目の前にあるのが楽しくて仕方がない、といった風に。
「死者多数。漂着物損壊。それでリアクターも失われた――とあるが、ご覧のとおり、真実は異なる。機関は数基を今も保管し、技術を秘匿扱いとしている」
「……じゃあ、それは機関から盗んだ物なのか?」
「別口からの入手だ。足はつかん」
どんなツテで、白面の男がリアクターを入手したのか。
それは黒服たちに関係のないことだ。不要な詮索は
「分かった。蓋を閉じてこちらに寄越せ」
白面の男がうっかりでもリアクターを落としでもすれば、この場の全員が木っ端微塵に吹き飛ぶ。黒服たちはそのことを恐れて急かしたのだ。
ところが、白面の男は保管ケースを閉じようとはしなかった。
「本物かどうか、確認するといい。じきに熱を持つ」
そう言って、平然とリアクターを掴み取った。
しかも、青い液体を揺らし、その波をうっとりと見つめるのである。
黒服たちは口々に「おい!」「やめろ!」と叫び、サブマシンガンを突きつけた。
もしも発砲すれば、白面の男は倒れ、リアクターが床に叩きつけられるが、そこまで頭が回っていないのである。
ひどい狼狽ぶりに、
「……貴様らも違うのか」
白面の男はつまらなそうに呟いた後で、あっさりとリアクターを冷凍装置に戻した。
その蓋を閉じた後で、急に顔を上げる。
「間抜けどもめ」
「何?」
「尾行されたな」
「そんなはずは――」
黒服たちは否定の途中で言葉を失った。
白面の男が、抜身の刃に似た気迫を放ったからだ。
尾行者は未だ姿を見せない。はったりか?
黒服たちは自分たちに感じられない気配を必死に探ろうとする。
真夜中の冷たい空気が肌に突き刺さる。
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