[6-5] 集中砲火です!
ミダス体の数は確実に減っているはずなのだ。
ルセリアの消耗は尋常ではなく、刃物を突き立てられるような頭痛に苛まされていた。
生死という概念のないミダス体は波状攻撃を続けている。しかも、〈
ハンドガンは早々に撃ち尽くし、警備局から渡されたアサルトライフルを使う。
連射の衝撃はコンプレッションスーツが吸収する。繊維がきゅっと締まり、腕にかかる負荷を軽減してくれた。
弾丸はミダス体の脳天を貫き、一時的な行動不能に陥らせる。
その隙に、ルセリアは後退して銃弾を補給するつもりだった。
だが、
《左方向から投擲攻撃!》
「ルセリア、逃げろ!」
エメテルとヤシュカが発した警告に、ルセリアは振り向いた。
「うぇ」
複数のミダス体が装甲車を持ち上げ、こちらに放り投げるところだった。
ルセリアの周りにいる兵士たちもどよめきを上げ、敵に背中を向けて逃げる。
――あたしの力で!
ルセリアはあくまで迎え撃とうとした。
無謀なのはわかっていた。このシンギュラリティは水分を多く含む生物に対して絶大の威力を誇るが、反面、そうではない物体の破壊には向かない。
《ルーシーさん!》
エメテルの呼びかけは、『逃げろ』という意味だとルセリアは思った。
今から横っ飛びに身体を投げ出せば、自分は助かるかもしれない。
――でも、他の人は助からない。
可能性があるなら足掻くべきだと考えたのだ。
エメテルの指示は続いた。ただし、ルセリアが思っていたものとは、全く違う内容で。
《力を使わないで! 彼が来ます!》
「え?」
なんのことかと把握する間はなかった。
空から、落雷じみた光の矢が落下してくる。
かと思えば、地面に激突する寸前で、ぱっと消えた。
ルセリアはその光を知っていた。
空中に黒い人影が現れる。
長身痩躯の外骨格。
後頭部からは生やしたケーブル。
体表面に浮かび上がる紋様。
彼は装甲車を真正面から受け止めた。無論、吹き飛ばされはしたが、ルセリアのそばに難なく着地してみせるのである。
「いいタイミングだったようだな」
「……イナミ!」
ルセリアは心の底から歓喜する。
「助かったわ。でも、どこから来たの? 上のほうはもう大丈夫なの?」
頭上には輸送機など飛んでいない。
まさか〈セントラルタワー〉の最上層からダイブ――
疑うようにじっとりと見つめるルセリアに、彼は軽く答えた。
「ああ、片づいた。クオノにも会えたよ」
最後のひと言に、驚いて言葉を失う。
それから数秒かけて、最上層で誰が待っていたのかを理解し、満面の笑みを浮かべる。
ふたりは互いに視線を交わした後で、敵へと向き直った。
「思うに、あんたとの相性は最悪。あたしの力に巻き込んじゃうかも」
「考えがある。エメテル、ルセリアの視界をこっちに送れるか?」
《え? あ、はい!》
「お前がシンギュラリティを使うタイミングで、俺は敵から離れる。気にせず戦ってくれ」
「言ってくれるじゃない。ほら、これ」
ルセリアは彼にATP補給剤を放る。
イナミはそれを腕に突き刺し、空になった注射器を捨てた。
「行くぞ」
「やるわよ!」
その合図で、イナミがミダス体の群れに突っ込んだ。
ミダス体の手が鋭利に尖り、古代のファランクスさながらに迎え撃とうとする。
だが、彼は両手で槍を押し広げ、その穂先に生体電流を放出する。強引に作った綻びから身体を捻じ込んで、向かい合った一体に頭突きを食らわせた。
大雑把な戦い方は相変わらずだ。
突進するイナミが目立ってくれるおかげで、彼を止めようとミダス体が集まる。
絶好のチャンスだ。
ルセリアは彼を信じて攻撃する。
空間上に浮かべたふたつの球体で、群れを押し潰すイメージ。
「〈細切れになりなさい〉!」
二か所で発生した氷牙が、ミダス体の群れに食らいついた。
ここが正念場と気合を入れてみたが、さすがにきついものがある。
息を切らすルセリアに、隠れていたミダス体が襲いかかる。隙だらけと見たのだろう。
エメテルはその動きを完全に捉え、すでにふたりに知らせていた。
逆立ちの態勢で空中に〈
舗装にクモの巣状のひびが走り、さらに追い打ちのスパークが迸った。
一連の動きを、警備局の兵士たちは唖然と見守っている。
そんな彼らを怒鳴りつけたのは、隊長のヤシュカだ。
「特務部を援護する! 警備局の意地を見せるよ!」
我に返って「了解!」と答えた声は、雪崩のような歓声へと変わった。
先頭に立つヤシュカは、部下の援護射撃を受けながら槍型ディスチャージャーを振るう。
戦局は掃討戦へと移っていた。
勝てる――
と、この場の誰もが感じたときだった。
残っていたミダス体が一か所に集まり、身長五メートルはあろうかという巨人に合体する。
皮を剥いで筋肉を露出したような身体から、過熱の白煙がもうもうと立ち昇った。
「でかくなったところで!」
ルセリアは一気に屠ろうとイメージを膨らませた。
その空間干渉を感知したか、巨人は空を薙ぐように腕を振るい、自分の身体を隠した。
何本もパイプが絡まったような手から、氷刃が無数に突き出る。
巨人はその腕をあっさりと切り離し、新たな手を生やす。
「う……」
生体エネルギーの消耗を度外視した再生力で押し切るつもりらしい。
イナミも振り回される腕をかいくぐり、脈打つ胸部に張りついて放電した。
その破壊が体内に到達する前に、巨人はイナミを掴み、装甲車へと投げつける。
なんとか〈
「もっと小さかったが、あれに似たのと〈ザトウ号〉で交戦したことがある」
「どうやって倒したの?」
「ライフルで滅多撃ちにして、再生中に逃げた」
ルセリアは肩を落とした。
「アレの場合、削り切るのに何時間くらいかかると思う?」
「さあ」
「……オーケイ。他の手を考えましょ」
と、タクティカルグラスの骨伝導装置が大きく震えた。
《ずばり! 集中砲火です!》
エメテルの大声に、ルセリアは「いっ」と片目を細める。
「でも、今のを見てたでしょ?」
《ミダス体は一瞬で再生するワケじゃありません。ルーシーさんと警備局のみなさんで心臓部を露出させ、イナミさんがとどめを刺す。どうでしょう?》
イナミは「ああ、やってみよう」と答えた。
どんな無茶な作戦を伝えても、彼は平然と実行しようとするだろう。ルセリアは、彼に頼もしさと感覚のずれを同時に感じた。
《警備局の隊長さんにもお伝えしました――って、前!》
巨人はこちらの打ち合わせを呑気に待ってはくれない。図体の割に素早い動きで、こちらに突進してくる。
――足を止めないとやばい。
そんなルセリアの意志に応えるように、警備局の装甲車が走り出す。
まるでイノシシのように、鉄の塊は太い足へと突っ込んだ。
運転席には誰も乗っていない。操作用ケーブルも接続されていない。
遠隔操作。一体誰が――
装甲車に残っていた燃料が引火し、爆発によって片足を吹き飛ばす。
手をついて
《い、今ですよっ》
そのとおりだ。ルセリアは最初に攻撃をしかけた。
巨人は片手を盾に凍結を防ぎ、先ほどと同様にあっさりと切り離す。
その切断面を狙って、警備局が一斉射撃を始めた。
マシンガンから放たれる銃弾とグレネードの爆発が傷口を押し広げ、再生を阻止する。
ルセリアはもう一度、頭痛に苦しみながらも、巨人の胸部表面を凍てつかせる。
「仕上げよ、イナミ!」
そう叫んだときには、もう、イナミは横にいなかった。
手前に〈
鋭い跳び蹴りが一閃。氷は粉砕され、そこに生じた空洞へと彼は入り込む。
しかし、最後の一撃が放たれるよりも先に、血管や筋繊維が空洞を塞いだ。イナミは体内に取り込まれてしまった。
大丈夫なのか。
いや、いくら頑丈な外骨格に覆われていても、分厚い肉の圧力で潰されたらわからない。
巨人が新しい足で立ち上がる。
警備局の銃撃は、いつの間にか止まっていた。弾切れである。
こうなったら自分が胸部を切開して助け出すしかない。
そう判断するルセリアの目の前で、巨人は一歩、二歩とたたらを踏んだ。
突如、ぎらつく眼球が血管を沸騰させて爆ぜる。
筋肉も激しい痙攣を起こし、負荷に耐えられずぶちぶちと断ち切れる。
巨人は何もない場所でつまずき、地響きを立てて倒れた。
それきりぴくりとも動かない。
一同が息を呑んで見守る中、巨人の背中を突き破って、二本の手が現れた。まるで水に溺れてもがいているようだった。
這いずり出てきたのは、イナミである。
彼のパルス光は乱れていたが、外の空気を吸ってすぐに元のリズムを取り戻す。
背中から排熱の白煙が噴き出し、風に吹かれて身体に纏わりついた。
エメテルが《ふー》と安堵の息をつく。
《ミダス体、活動停止を確認。残存的勢力、ゼロ。みなさん、お疲れ様でした。各地の戦闘も収束しつつあります》
異なる指揮系統から宣言を聞いた兵士たちが、感極まって勝利の雄叫びを上げた。
ルセリアはその場に座り込んでしまう。
疲弊しきって、まともに頭が働かない。しばらくは動けそうにもなかった。
未だかつて経験のない長時間戦闘だ。
夜が明け、空のデブリが輝き出す。
まだおぼろげな陽光の下で、イナミが外骨格を解除していた。
初めて会ったときに比べるとずっと晴れやかな、自信に満ち溢れた表情だ。
彼を見ていると、なぜかルセリアの胸に温かい感情が広がるのだった。
〇
イナミは全身にまみれた体液を焼いた。
外骨格を解除すると、胸元から何かが落ちる。
カザネの形見――慌てて受け止めた手のひらには、片眼鏡が乗っていた。
半分はまだインナーウェアの襟にぶら下がっている。ちょうどブリッジのところで切れてしまったのだ。
最上層での戦闘の際に、壊れてしまったのかもしれない。
思わず呆然と見つめていたが、
「また直せばいいよな、カザネ」
今はそんな軽い気分だった。
ルセリアがこちらを見ている。疲労
そんな彼女に、イナミも笑みを返した。
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