[6-3] これ以上ない人質
イナミは、サブエントランスフロアの中央に立って周囲を見渡した。
非常灯の照明がうっすらと空間を照らしている。
人気はない。職員もミダス体も、ここには来ていないようだ。
「それで、評議会室ってのは、どう行けばいいんだ?」
《えっと、そ、それがですね……頂上にあるのは確かなので、どこかにエレベーターがあるはずなんですけど……》
「機密か。外壁をよじ登るか?」
《『ネズミ返し』って迎撃システムがあります。無謀です》
それでもそこを行くしかないのなら、とイナミが
イナミの視界に、順路を示す光のガイドが示された。
「……なんだ? エメテル、お前が出したのか?」
《え、何がです?》
「ガイドだ。俺を案内してくれている」
《……タクティカルグラスには何も表示されてませんけど》
ふたりは押し黙った。
イナミは、ナノマシンの機能として通信器官を持っている。〈ザトウ号〉ではそれを使って情報を得ていたのだが――
ドゥーベがイナミだけに受信できるような形で情報を送ってくれたのだろうか。
「行ってみる」
《わかりました。道中、ミダス体が徘徊してるかもなので、気をつけてください――》
ぶつ、と彼女との通信が切れた。
緊急事態とはいえ、職員に情報が洩れないための切断処置だろう。
イナミは単身、ガイドの指し示す道を走って辿る。
エントランスのエレベーターは使わないようだ。奥の廊下へと入って、非常階段を地下に下って、施設メンテナンス用の扉を開けて、ダクトやパイプの露出した通路を行って――
やがて、宇宙船時代の面影を残した一本道へと出る。
その先にエレベーターがあった。
位置的には、〈セントラルタワー〉の中心シャフトに設置されている。もしかしたら、元から船内移動用として設けられていたのかもしれない。
そのドアが開きっぱなしになっている。
用心深く中を覗き込んでみたが、かごはなかった。
シャフトの底に残骸が横たわっている。ワイヤーが鋭利な刃物で切断されていた。ミダス体が侵入したのだ。
ガイドも上層を示している。イナミは腕の力でシャフト内に這い上がり、出っ張りをよじ登り始めた。
「結局は、これだ……!」
洩らしても仕方があるまい。
身体だけでなく、〈
道中、イナミはこの力について考える。
自分はただのナノマシン体だ。
クオノのように脳機能を拡張されているわけではない。
それなのに、シンギュラリティとは異なる力――
あるいは、ナノマシン体だからこそ使える力なのか。
シンギュラリティ能力者が脳の活動によって空間に干渉するのなら、自分は全身のナノマシンを活動させることで空間に干渉している――とか。
だから、自分しか跳べず、他の物を連れていくには外骨格で覆う必要があるのではないか。
考えているうちに、シャフトの終わりが近づいてきた。
ずいぶんタイムロスをした気がするが、地上からの高さ、およそ二五〇メートル。それを数分満たずで登り詰めていることを考えれば、異常な速度だった。
イナミはひしゃげたドアへと跳びつき、最上層通路へと転がり出る。
環状通路の外側はガラス壁で、〈アグリゲート〉の全域が見渡せた。タワー周辺で起きている戦闘も、である。
進んですぐ、ふたつの両断された白い何かが視界に入った。
初めはロボットに見えたが、それが見覚えのある白装束を纏っているとわかって、イナミは声を上げてしまう。
「ドゥーベ!」
倒れている上半身を抱え起こす。
仮面は外れて、クロヒョウの頭部を光に晒していた。見覚えがある。エメテルが調べたプロフィールに登録された顔だ。
「お前……ジヴァジーン、なのか……?」
「来たか」
ふたつの意味で、ジヴァジーンは生きていた。
消息を絶っていた男が、七賢人の白装束を纏い、そして身体を断たれてなお虚ろにイナミを見上げている。
「娘を……」
それが誰のことかは、すぐに知ることとなった。何者かが評議会室の扉を開け放つ音が聞こえたのだ。
イナミは彼を横たえて立ち上がる。
通路の奥から姿を現したのは、ベネトナシュだった。
評議会室にはひとりではなく、ふたりの七賢人が控えていた。常にそばに控えていた彼女はドゥーベの娘だったというのか。
その細い腰に腕を回す者は、カザネの姿をしていた。イナミは惑わされない。あくまで彼女の姿をしたミダス体でしかない。
ベネトナシュは、通路に立ちはだかるイナミから、倒れているジヴァジーンに気づいて狼狽する。
「お父様!」
「まだ生きている」
イナミは彼女に教えながらも、ミダス体から目を離しはしない。
「彼女を解放しろ、ミダス体」
「そこをどきなさい、イナミ。この子がどうなってもいいの?」
「俺相手に人質か」
「ええ。あなたにはこれ以上ない人質よ」
いびつな笑みを浮かべたミダス体は、ベネトナシュの仮面に手をかけ、留め具を指先で切断した。
仮面が重力に引かれて落ち、床にぶつかって乾いた音を立てる。
ベネトナシュは反射的に顔を背けようとした。
しかし、ミダス体が頭を掴み、強引にフードを脱がす。
三つ編みが彼女の両肩に垂れた。
透き通るような銀髪だ。
瞑っていた目が恐る恐る開かれる。碧眼だった。
第九分室の少女たちとそう変わらない年齢に見える。
端正な人形めいた美少女には、重なるものがあった。
探し求めていた、クオノの面影が。
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