第4章 遠望

[4-1] 見ていたものがわからない

 イナミの仮住居は、都市外縁部の寂れた地区に建つ古アパートの一室だ。

 徒歩で自室に戻った頃にはもう、日が傾き始めた時間になっていた。


 シーリングライトの明かりをつける。


 ワンルーム、キッチン、シャワールームつきの部屋が、〈アグリゲート〉における平均的な広さの居住空間だと今朝までは思っていた。


 しかし、特務部第九分室の宿舎から戻ってくると――


「……狭いな」


 非コンピューター制御の暖房が稼働を停止しているので、室内は外と大差ないほど冷え切っていた。リモコンを操作すると、ベランダの室外機がせっせと働き始める。


 カーテンをかけていないガラス戸に目をやる。


 すぐそこを通る排水路の向こうに、都市の繁華街や中心部が煌めいて見えた。


〈セントラルタワー〉の元が何か、初めて見たときにすぐわかった。

 地上に突き立ったなのである。


 どんな目的で建造された船なのか。どれほどの人数の船員が乗っていたのか。最期の時をどう迎えたのか。


 それに――なぜ、地上人は漂着物を再利用しようと考えたのだろう。文明を滅ぼした物を忌避しなかったのだろうか。


 あの塔を見るたび、疑問が沸々と思い浮かぶ。


 イナミはベッドに広げたままの人工毛布に座り、溜め込んだ吐息をつく。


『己を知らぬ者が大いなる力を握る』


 自分のことはわかっている。

 地上で猛威を振るう化け物たちと同じルーツを持つ、生物兵器。

 それを否定するつもりはない。


 だが、自分の行動が周囲にどんな影響を及ぼすかなど、想像したことは一度もなかった。


 クオノには一匹たりとも変異体――ミダス体を近づけさせやしない。

 もしもクオノが〈デウカリオン機関〉に監禁されているのなら、組織とも戦うつもりだった。


 もう一度、クオノの顔が見たかった。


 ――それが間違いなのだとしたら?


 本当に守り抜けるのだろうか。自分自身しか覆えない、この力で。


「…………」


 知らず知らず握り締めていた拳の、指一本一本を引き剥がすように開く。


 震える手でダウンジャケットのファスナーを開き、インナーウェアの襟に挟んでいた黒縁眼鏡を手に取った。


 レンズを通して都市を覗く。

 度が強すぎて、景色はぐにゃりと歪んでしまった。


 イナミは深い吐息をつく。


「……俺にはお前が見ていたものがわからないよ、カザネ」

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