[3-11] 第九分室に命を下す

 壁の大型モニターに、ふたりの白ずくめが映し出される。


 現れたのは、例によって大男のドゥーベと小柄な女のベネトナシュだ。

 イナミは、彼らがこの件の担当者なのだろうという認識を確かなものにしていた。


 ドゥーベは開口一番に言い切る。


《クオノなる者は、この〈アグリゲート〉には存在せん。ゆえに、開示する情報も皆無。それが七賢人としての答えだ》


「まだしらを切るつもりなのか?」


 こちらの顔が見えているのかはわからないが、イナミはモニターを睨み上げた。


 少なくとも声は届いている。ドゥーベは仮面に手を当てた。


《わからぬのか、イナミ・ミカナギ。ミダス体どもが暴れておるうちは我らも一丸となって対処できよう。だが、汝の愚行でクオノなる者の機械を支配する力が存在すると知れ渡れば――》


「……クオノを奪おうとする人間も出てくる、か」


《虫はまばゆい光に寄る。己の身が焼けようともな》


 エメテルが頷き、イナミに対して補足した。


「シンギュラリティや遺物技術を悪用した犯罪は、必ず大きな被害が出ます。なので、力には力を――私たち特務部は人相手に交戦することもあるんです」


「敵が誰だろうと関係ない。クオノを守るのが俺の使命だ」


 画面の中のドゥーベが《ほう?》と感心したように問いただす。


《汝ひとりに守り切れるのか?》

「……っ!」


 それは、イナミにはクリティカルなものだった。

 口では守る守ると言いながら、何かを守れた試しがない。


「それでも、俺は……」


 イナミは言いかけるも、ついには口をつぐんでしまう。


 拳を握り締めて悔しがるのが精一杯。そんな無力な存在を目にして、ドゥーベは厳しい言葉を重ねた。


《己を知らぬ者が大いなる力を握る――浅慮が過ぎるのだ、イナミ・ミカナギ。汝は先刻も使命とやらに駆られ、ミダス体どもと接触し、我らが特務官の務めを阻害した。そこにおる者の身を危険に晒したことにも思い至らぬのであろう?》


 イナミははっとなってルセリアを見た。


 今、横にいる彼女が死んでいたかもしれない――血まみれのカザネの姿が脳裏に蘇って言葉を失った。


「あたしは別に――」


 彼女はとんでもないという顔で口を差し挟もうとするが、


闖入者ちんにゅうしゃに気を取られ、注意散漫に陥った。否定できるのかね、ルセリア・イクタスよ》


「そんなことは……まあ……あったかもしれないけど……」


 と、言葉を濁す。


《我らは優秀な特務官を失う可能性もあった。認めるかね、イナミ・ミカナギ》


「……そのとおりだ。すまない、ルセリア。その後のことも含めて謝罪する」


 素直に非を認めたイナミに、むしろルセリアのほうが落ち着きを失っていた。


「い、いいのよ、ちょっとはあんたがムキになる気持ちもわかるし」


「いいや、よくないだろう」


「それを言うならこっちだって……って、かしこまんないでよ、なんか気まずいから」


 言い合うふたりに、ドゥーベは《うむ》と満足げに頷いた。


《汝が我ら〈デウカリオン機関〉を敵視するのは勝手だ。だが、こちらにも汝を排除する用意はできておることを忘れてもらっては困る。――次はないぞ》


 イナミは冷静を通り越した空虚感に支配され、ただ頷くしかことしかできない。


 ドゥーベは次に、むくれている少女へと視線を移す。


《ルセリア・イクタスよ。その男を庇い立てするのであれば――》


「別に庇ってなんてないし足引っ張られたなんて思ってないだけだし」


《……で、あればだ。特務部第九分室にめいを下す》


 まず、エメテルが「は、はい!」とオペレーター席から立ち上がり、背筋を伸ばす。


 その後で、ルセリアは不服そうに顔を上げた。


《イナミ・ミカナギを監視せよ。この命は撤回があるまでの無期限とする。反逆が起きた場合には抹殺も許可する。容赦はするな》


 エメテルが、反射的に握った拳を胸に当てて敬礼しようとして、目を見開いた。


「了か――って、無期限です!?」


 ルセリアも驚いてガラステーブルに手をつく。


「ずっとイナミにくっついてろって言うの!?」


しかり。翌日より、イナミ・ミカナギを第九分室宿舎に移らせる。これならば汝らも監視が楽であろう》


 視線を足元に落としていたイナミは、これがどういう話の流れなのか、今ひとつわかっていなかった。


《翌日としたのは、身辺を整理する時間をひと晩くれてやろうという情けだ。通達は以上》


 ドゥーベが背を向け、画面から姿を消した。


 後に残ったベネトナシュが、立ち去った大男のほうを見て、初めて口を開く。


《任せるって、こういうこと?》


「どういうことよ! ミダス体のほうは放置するつもり!?」


 通信越しでなければ相手が誰だろうとお構いなしに掴みかかっていそうなルセリアにも、ベネトナシュは《と、いうことだから》と軽くいなした。


《イナミ。今から〈ハニービー〉を巡回させる。彼女たちの目がないところでは、私たちの目があることを忘れないで》


「ああ、今度こそ勝手な行動は慎む。それで……いいんだろう?」


《うん。じゃあ、これで》


 ベネトナシュは行儀よく頭を下げ、通信を打ち切った。


 交わす言葉が見つからない。


 イナミが再び「すまない」と口にするまで、ふたりの少女はいつまでも困惑顔を突き合わせていた。

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