[3-9] 民が触れるには尚早なもの

 変異体の頭が吹き飛んだ。

 奇襲を受け、軟体生物の群れは音のしたほうへと顔を向ける。


 イナミは瓦礫から顔を覗かせ、土煙の中に彼らの姿を見つけた。


 薄汚れた重装甲スーツの兵士が、背中から展開された補助腕で大型ライフルを構えている。

 その横には、マシンガンを携行した十数人の兵士が並んでいた。


 他と形状の異なるフルフェイスマスクの兵士が、掲げた右腕を振り下ろす。


「ヤツらを始末しろ!」


 大声で発せられた号令を受け、マシンガンが一斉に火を噴いた。


 実験体たちは見る見る穴だらけとなり、地面へ崩れ落ちた。

 それでもなお、ナノマシンのアメーバは互いに結合し、個体数を減らしながらも元の人型に戻ろうとする。


 そこへ、槍のような武器を構えた兵士たちが突撃した。

 細胞群に突き刺さった穂先から青い火花が激しく迸る。ディスチャージャーだ。


 戦闘はあっという間に終わった。


 まずは銃撃で動きを止め、放電でとどめを刺す。

 その流れるような連携から、彼らが変異体との戦いに慣れた精鋭だとわかった。


 ――敵か味方か。


 イナミは逡巡の末、外骨格を解除した。

 変異体が『クオノはヒトの生き残りが隠している』と言っていたことを思い出したのである。


 彼らに接触して情報を得るべきだろう。

 呼吸を整えてから、瓦礫越しに大声を出した。


「撃たないでくれ! 俺は変異体じゃない!」


 兵士たちから動揺の声が上がった。


 イナミは両手を上げ、慎重に物陰から出る。


 徒手空拳の青年にも、兵士たちは容赦なくディスチャージャーを向けた。

 例の号令を出した兵士が、フェイスガードを展開する。頬が毛むくじゃらで、片目に義眼を移植した男だった。


「ヤツらの浅知恵かァ? 潜伏しようったってそうはいかねェぞ」


「俺は〈ザトウ号〉の船員だ。ポッドで不時着――」


 と、そこまで言いかけて、ふと考えた。


 全てを説明する必要はない。自分が遭難者で、助けを求めていることだけを伝えればいいのだ。


 男が『船員』という言葉を聞いて、怪訝そうな表情を浮かべている。


 イナミは慌てて言い直した。


「不時着したポッドを見て、ここまで来たんだ。あれはどうなったんだ?」


「ポッドだァ? あの漂着物が妙な信号を出していたせいで、ミダス体どもが集まってきやがったんだ。オレたちが来る前に持っていかれちまったよ」


 そうか、とイナミは内心で頷いた。


 変異体は救難信号を受け取った。ならば同様に、クオノのポッドからも受け取ったに違いない。それでクオノが不時着したことを知ったのだ。


 男は「で?」と顎をしゃくった。


「このおかのど真ん中で、船員たァどういう意味だ」


 イナミはクレーターの残骸から閃いて、口から出任せを言った。


「俺たちは船の残骸に住んでいた。だから『船員』だ。仲間は全員、あの変異体に殺されて――俺はここまで逃げ延びてきたんだ」


 嘘は言っていない。

 死体の山を実際に見てきた経験が、イナミの目に真実味を持たせた。


 男は「ふむ」と唸ると、焼き尽くされた変異体の塵を見やる。


「もうひとりいただろォよ。誰かが喰われてたのが見えたんだがなァ」


「気のせいだろう。俺はひとりだ」


「そいつはよかった」


 男はにっと笑うと、部下からディスチャージャーを取り上げる。


「おめェの話はわかったよ」


「そうか、……助かった」


「だが、念のために確かめさせてくれや」


 男は笑みを浮かべたまま、ディスチャージャーをイナミの腹に押し当てた。


 強烈な電流を受け、イナミはその場に崩れ落ちる。放電はすぐに止んだが、手足の痙攣は治まらない。


 男の悪びれない声が聞こえた。


「ミダス体なら正体を現すと思ったんだが……おめェは人間らしいな。はっはっは」


 接触は間違いだったかもしれない。

 その下卑た笑い声を耳にしながら、イナミは気を失った。


   〇


 ……はっ、と飛び起きた拍子に、寝台がぎしりと軋む。


 手のひらで台の肌触りや形を確かめる。これは寝台ではない。手術台だ。


 真っ白な部屋で、手術台の他には何もない。

 どこかの隔離室だろうか。


 ふと、今まで見ていたのは夢だったのではないか、と期待を抱く。


 当然そんなはずはなく、イナミは自分の恰好に「ああ」と呻いた。〈ザトウ号〉では使われていない、赤い検査衣を着せられていたのである。


 床に足を下ろすと、ひやりと冷たい感触が背筋まで上ってくる。


 部屋は走り回れるほど広く、ドーム型になっている。


 天井にはスプリンクラーが見えた。ここが隔離室なら、閉じ込めた生物を処分するための薬品噴出機だろう。


 監視窓はない。出入口もひと目ではわからないように隠されている。

 カメラ、マイク、スピーカーはどこにあるのか――


 イナミがうろうろと歩き回っていると、部屋の全方位から男の低い声が聞こえた。


《目覚めたか》


「ああ。ここはどこ……だ?」


 何気なく振り返った先に、大男のホログラムが投影されていた。


 気密服とは全く異なる、ゆったりとした白い衣服で全身を覆い、さらには仮面で顔を隠している。その得体の知れなさに、イナミは戸惑った。


 傍らにはもうひとり、同じ恰好をした者が立っていた。こちらは小柄だ。


 大男のほうが身体を揺すった。


《我が名はドゥーベ。〈アグリゲート〉を導く七賢人がひとり》


「アグリ……七……なんだ?」


 イナミの問いを無視するように、小柄な白ずくめのほうが、女性の声を発する。


《私はベネトナシュ。あなたの身体は検査済み。だから、隔離措置を取っている》


 イナミは拳を握り締める。何が『機密』だ。つくづく自分の間抜けぶりに腹が立った。


「……なぜ俺を殺さない」


 答えたのはドゥーベのほうだった。


《汝の持つ技術には価値があると我々は考えておる。〈アグリゲート〉の民が触れるには尚早なものだがな》


「何を言って――」


《来訪者よ、取引だ》


 男から持ちかけられた提案に、イナミは思わず目を見開く。


 これが、事故発生から二十四時間以内に起きた出来事の全てだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る