[3-2] デザインド・チャイルド

 イナミが見たところ、特務官の宿舎は立派な佇まいだった。


 というより、この地区に建っている家々は画一的だ。建物の形や配置がどれも同じなのである。


 二階建てで庭つき。高台には内部空間があるらしく、シャッターがついている。道路に面しており、乗用車なら悠々と入れそうなスペースだった。


 イナミの仮住居である外縁部の古アパートとは雲泥の差がある。

 財産を持たない移民が集まってできた都市でも、百年そこらで階層化が進んだらしい。


 ――船とは全く環境が違うな。


 と、イナミは思うのだった。走行中のモーターサイクルの後部座席で、ルセリアに掴まりながら。


 ふたりを乗せた〈プロングホーン〉が近づくと、地下車庫のシャッターががらがらと巻き上げられた。


 中は見立て以上に広い空間だ。地下方向に高さを確保しているからだろう。


 車庫には、通りでよく見かけるセダンタイプの自動車があった。

 ルセリアはその隣のスペースに〈プロングホーン〉を停める。


 電源を停止させようとしないので不思議に思っていると、彼女がぶっきらぼうに振り返った。


「いつまで掴まってんのよ」


「ああ、すまない」


 イナミは彼女の腰に回した腕を解き、シートから降りる。


 ルセリアもマシンから離れると、パワースイッチが自動でオフになった。


「初めてのモーターサイクル、乗り心地はどうだった?」


 地上の乗り物を知らないイナミに、皮肉たっぷりに尋ねるルセリアだった。

 ところが、イナミにはちょっとしたトゲが伝わらないのである。


「快適だ。ただ、倒れると怖いな。この重さを支えられるのか?」


「へ、へーき。オートバランサーがついてるから」


 と、ルセリアはぎこちなく笑みを浮かべた。


 床と壁の自動点検装置が作動するのを目にして、イナミは興味を惹かれた。外科医さながらにロボットアームが動き回る様は感心させられる。


 階段の前に立ったルセリアが呼ぶ。


「こっちよ」


「もう少し見させてくれ」


「……子供じゃないんだから、さっさと来なさい」


 彼女は有無を言わさず腕を絡めて、長身のイナミを引っ張ろうとする。


「あ、おい、……わかったよ」


 抵抗するほどでもないイナミは、彼女の後ろをよろよろとついていった。


 上階では、金髪の少女が帰りを待っていた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


 ルセリアは少女の背に手を添えて、こちらに向き直った。


「この子はエメテル・アルファ。あたしのパートナーよ」


「イナミ・ミカナギだ。よろしく頼む」


 初対面の相手に対する挨拶がわからず、とりあえず握手を求めてみるイナミだった。


 エメテルは応じずに肩をいからせる。


「なんで連れてきたんですかっ。ルーシーさんに乱暴なことしたのにっ」


「……あたしが不覚を取っただけよ」


 ルセリアは『乱暴』という言葉で思い出したのか、首元の制御装置を気にする素振りを見せた。


「あたし、着替えてくるわ。エメはイナミをオフィスに連れてって」


「えーっ、私がですか!? イヤです怖いですっ」


 いたく嫌われたものである。

 小動物的な印象の少女だが、だからこそなおさら胸に刺さる。自身の行いが原因だとしてもだ。


 こちらを威嚇するエメテルを、ルセリアは宥める。


「まあまあ、連れてくだけでいいから。エメは席を外してて」


 きょとんとするエメテルだったが、その戸惑いも一瞬で過ぎ去り、今度はパートナーに膨れ面を向けた。


「あれこれの責任をひとりで負うつもりなんでしょうけど、それって下手な気遣いですからね」


「や、エメ、あたしは――」


「こんなことになるんじゃないかって、イナミさんの身辺を調べたときから予感はしてたんです。でも、私たちの行動は誰にも止められなかった。それが七賢人様の答えですよ、ルーシーさん」


 エメテルはひと息に言い切って、深く息を吸うと、イナミに向かって言い放った。


「こっちです。あ、一メートル圏内には近づかないでください」


 ばたばたとスリッパの足音を立てて大股に歩く少女の背を見つめ、ルセリアは肩から力を抜く。それからイナミに何やら視線を投げかけ、彼女は二階へと消えていった。


 今のアイコンタクトはどういう意味だったのだろう。意地悪な人間ではないと言いたかったのなら、イナミもよくわかった。


 案内されたのは、大きなモニターが用意された部屋だ。


 ざっと見て窓がないことを確かめたイナミは、出入り口近くを陣取る。いざというときの退路確保だ。


 エメテルは角に寄せられたデスクの回転式シートにぽすっと座った。


 改めて彼女をよく見ると、耳が長く尖っている。彼女に限らずだが、イナミが知っているヒトとは違う特徴だった。


 視線に気づいたエメテルが、少し身を乗り出して睨み返してくる。


「なんですか」


「その耳もミューテーションか?」


「これは遺伝子操作によるものです。じろじろ見ないでください」


「ああ……悪い」


 イナミは頭を下げつつ、ぽつりと洩らした。


「デザインド・チャイルドなのは俺も同じだ」


「え」


「そうか……そういう技術も復元されているんだな」


 顔を上げると、エメテルとばったり目が合った。先ほどまでとは異なり、こちらに関心を寄せ始めている様子だった。


「あの、質問してもいいですか?」


「答えられる範囲でなら」


 彼女は背筋を伸ばし、幼い顔立ちに知性を漂わせて尋ねる。


「イナミさんはシンギュラリティを持ってないそうですが、嘘ですよね」


「さあ、どうかな」


「とぼけてもダメですよ。何度か確認してるんですから。一度目はデクスターさんの家で〈ハニービー〉を破壊したとき」


「……ミツバチ?」


「羽虫みたいな偵察機のことです」


 イナミの『ああ、あれか』という顔に、エメテルはじろりと目を細めた。


「弁償代、一機でもすっごい高額ですからね」


「……それは、まずいな」


「今さら後悔しても遅いでーす」


 エメテルは一拍の間をおいて、脱線した話を元に戻す。


「二度目はルーシーさんの背後に回り込んだとき。それぞれカメラがイナミさんの姿を見失いました。あれは加速能力などでは説明できない現象です」


「機械の故障じゃないのか?」


「イナミさんが消えるときだけタイミングよく起きる故障ですか?」


 にっこりと問い返されて、イナミは困り果てた。


 ――やはり見咎められるか。


「……説明するのは難しい。自分でもよくわかっていないんだ。だが、シンギュラリティではないことだけは断言できる」


「どうしてですか?」


「シンギュラリティは〈大崩落コラプス〉以後の人類が獲得した能力だと聞いた」


「そのとおりです」


「言っただろう? 俺は宇宙人だ。地上人の進化とは関係ない」


「はあ……そうですか」


 エメテルは曖昧に頷いた。やはりまだ信じてもらえないらしい。


 部屋の外から階段を下りてくる足音が聞こえてきた。ルセリアが戻ってきたのだ。


 ゆったりとしたニットセーターとデニムパンツに着替えた彼女は、その手にマグカップを持っていた。


 出入口ですれ違う際、目が合った。


「長話になりそうだし、コーヒーでも飲む?」


「いただこう」


 ルセリアは並べたマグカップに黒褐色の粉を移す。


 イナミが知っている『コーヒー』は飲み物なのだが、地上では粉末なのだろうか。

 そんな心配は、後から熱湯が注がれるのを見てすぐに払拭された。すると今度は、コーヒーの素がそんな粉末だったのかと不思議になってくる。


「エメはいつものお茶でいいわね」


「あ、自分で――」


「いいからいいから」


 と、ルセリアはティーバッグを小さなカップに沈める。


「それで、なんの話をしてたの?」


「イナミさんのシンギュラリティについて訊いてました」


「液体金属……ってヤツ?」


 イナミは少女たちの会話に割って入る。


「それも含めて、順を追って説明する」


「納得のいく説明をお願い。はい、入ったわよ」


 そう言ってマグカップをガラステーブルに置いたルセリアは、こちらを見つめる。


「こっちに座ったらどう?」


「いや、ここで――」


「こっちに、座ったら、どう?」


「あ、ああ……」


 先ほどの戦闘の罪悪感からか、つい従ってしまうイナミだった。


 ソファに腰を下ろし、コーヒーをひと口だけすする。毒は入っていない。船で飲んだものとは違って酸味があった。


 エメテルの前にもソーサーとカップを置いたルセリアは、イナミの横に座る。ふたりは端と端に座ったため、距離があるように感じられた。


「じゃ、詳しく聞かせて」


 エメテルもカップを持ち上げ、小首を傾げた。


「その、宇宙人、というお話ですけど」


「そうだ。俺はほんのまで宇宙にいた」


 ふたりの少女は異口同音に「一週間前?」と訝しんだ。


 イナミは頷き、惨劇の光景を脳裡に蘇らせていく。


「俺が乗っていた船は軍の実験施設だったんだ。だが、実験体が逃げ出して――」

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