第3章 漂着
[3-1] 疑念は未だ払拭されず
手元のウィンドウを、実体を持たない魚が横切った。
大男の賢人ドゥーベは嘆息をつき、円卓対面のベネトナシュを見つめる。
彼女はここ十分ほど、シートを倒してぼうっと天井を仰いでいた。
〈セントラルタワー〉最上層の評議会室では、陽光差し込む海をイメージしたホログラムが上映中だ。
人工遺物から回収したデータをもとに、絶滅種の魚や海草が空中を悠々と泳いでいる。
ベネトナシュも仮想の海に思考を漂わせているらしい。
困ったものだ、とドゥーベはウィンドウを閉じる。
各所からの報告がデータバンクに続々とアップロードされている。
その中で、人工知能が『七賢人の評議を要する』と判断した問題については、目を通さなければならない。
イナミ・ミカナギの受け入れについて評議したことも記憶に新しい。
もっとも、あれはフェアではなかった。
ドゥーベとベネトナシュは彼の特異性にいち早く気づいたことで、他の五人を丸め込むことに決めたのである。
ゆえに、彼から生じる歪みを制御しなければならない、というのがベネトナシュの念頭にあるのだろう。
とはいえ、通常の務めを疎かにし、リラクゼーション用ホログラムの鑑賞に浸ってよしという話でもない。
ドゥーベは大げさに咳払いをした。
「いつまで沈んでおる」
ベネトナシュがシートを起こし、腹の上で組んでいた手を円卓に乗せた。
「特務官との衝突を揉み消さなかったら、イナミは排除対象になっていた」
「ならば、あやつを隔離するか」
「ダメ。イナミの力はイナミだけのもの。私たちはそれを失うことになる」
即答だった。ベネトナシュはあの青年が持つ力を大いに評価しているようだった。
その点については同感のドゥーベも、「ふむ」と顎を引く。
「ベネトナシュよ。あやつは決してクオノを諦めぬだろう」
ベネトナシュは「そうかな」と呟いた。
ドゥーベは覚悟を促すように追い打ちをかける。
「遠からず、クオノの存在はミダス体によって暴かれよう。完全な秘事などありはせん。秘事に関わる全てが跡形もなく消えぬ限りはな」
「……なら、どうしてイナミに全てを話さないの? イナミに協力を求めれば――」
「我が疑念は未だ払拭されず。あやつが守護者として相応しいのか、な」
ここ数日の行動から見るに、イナミ・ミカナギという人間はひどく短絡的かつ自棄的な男という評価だった。
極度の環境変化に順応できていないのだとしても、そんな男とクオノを接触させてよいものだろうか。
かつて地上を破壊した遺物と同様に、クオノの力は危険だ。
一歩間違えれば、この〈アグリゲート〉が壊滅するかもしれないほどに。
「我らが七賢人の使命とは、人類が再び自滅の道を辿らぬように制御すること。ゆえに、あやつを見極めねばならん。いずれ訪れるその『時』に選択を委ねてもよいものか、とな」
席から立ち上がり、ベネトナシュから背を向けて壁に映る海中をじっと見る。
「で、あればだ」
「あれば?」
「第九分室の特務官たちに任せればよい」
わずかな沈黙の後、海のホログラムがふっと消えた。
「……ドゥーベ、何を考えているの?」
意図が読めないという、疑いや恐れが入り混じった声だった。
ドゥーベとベネトナシュは共犯者であり親子でもあるが、全く異なる考えを持ったふたりだ。
ドゥーベは仮面から吐息を洩らした。
笑った、のである。
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