[1-3] 斬り刻む!

 エメテルが動く者の気配を感じ取ったらしい。音の反射を利用し、壁を隔てた向こう側の様子がグリッドラインで示された。


 そこはリビングだ。


 例の機械生物がふたつの死体のそばにうずくまっている。向こうもこちらに気づいたのか、さっと立ち上がって奥に逃げる素振りを見せた。


 ルセリアは大胆にも部屋に飛び込み、両手で構えたハンドガンを突き出す。


「止まりなさい! 撃つわよ!」


 装填されている銃弾に外骨格を貫く威力はない、と内心思いながらも態度は高圧的に出る。


 意外にも機械生物は素直に立ち止まり、こちらへゆっくりと振り返った。


 異物感は映像で見るよりも強い。

 外見は機械的なのに、生物の気配や息遣いをはっきりと感じさせる。


 幸い、言葉は通じるようだ。


 ルセリアは注意を機械生物に向けながらも、部屋の状態をざっと確かめる。


 家具はことごとく破壊されていた。

 引き裂かれたソファから綿が飛び出ている。カーペットは血を吸って真紅に染まっていた。家族の写真を飾ったフォトフレームが床に落ちている。拾って棚に戻してやりたいが、今は無理だ。


 死体が荒らされた形跡はない。

 子供の姿は見当たらなかった。別の部屋か、二階だろうか。


 ルセリアは意識を機械生物に向ける。


「あんた、何者?」


 沈黙。


「あたしは特務官のルセリア・イクタス。特務官はわかるわね?」


 依然、沈黙。


「どういう状況かわかってないの? はっきり言って迷惑この上ないんだけど」


 さらに、沈黙。


 機械生物は呼吸を整えるように肩を上下させるだけで、指先はぴくりとも動かさない。顔がないので表情を読むこともできなかった。


 ――確かに『止まれ』とは言ったけど。


 ルセリアは苛立って声を荒げた。


「なんか答えたらどうなの!? 特務官には任務の障害を排除することが許されて――」


 膨らませた敵意に対し、


「このふたりを殺したのは俺じゃない」


 機械生物は青年の声で答えた。


 ルセリアの中で、『機械生物』の呼称が『外骨格男』に修正される。試しに挑発してみることにした。


「あんたが、ミダス体?」


「……俺をヤツらと一緒にするな!」


 外骨格男は先ほどの沈黙から打って変わり、激しく否定した。体表面の光までもが輝きを増す。興奮度が反映されているのだろうか。


 挑発に乗ったと言えなくもないが、その感情表出はルセリアを逆に戸惑わせた。


 自分でもしまったと思ったか、外骨格男はもう一度言い直す。


「お前の敵は別にいる。俺が来たときにはどこにもいなかった」


 ルセリアはハンドガンを構え直す。


「さて、どうかしら。市民だって言い張るなら、身分証を出しなさ――」


 と、言葉を途中で呑み込む。

 視界の端で何かが動いたのだ。


 それは、外骨格男とルセリアの間にある『物』だった。

 エメテルが緊迫した声で告げる。


《死体からを感知。『ミダスタッチ』を受けてますっ》


 突如、絶命したはずの妻がかっと目を見開いた。濁りのない無機質なレンズのような瞳が、腕に抱いている物へと向く。


 抑止する間もない。

 妻は金切り声を上げながら夫の死体に覆い被さった。


 慟哭、ではない。

 ふたりの間から白煙が立ち昇る。その熱で肉が融解するかのようにふたりの頭と身体がひとつに合わさる。


 そうして生まれたのは、人ならざる者。

 四つ目の顔と二対の手足を持つ異形の怪物だ。


「つくづく悪趣味ね……!」


 驚異的な増殖力を持つ『ミダス細胞』の変異体――ミダス体。

 人類を獲物とする殺戮者である。


 何より厄介なのは、触れた者に細胞を移植し、その肉体を新たなミダス体へと変異させる拡散力だ。


 ゆえに、接近させず仕留めるのが最善。


 だというのに、外骨格男がミダス体に向かっていこうとする動きを見せた。


「あんたはじっとしてて!」


 ミダス体がこちらを向いた。声に反応したか、狙いは自分だ。腕を広げて飛びかかってきた。


 ルセリアは臆さずにハンドガンを連射して応戦。

 反動はコンプレッションスーツの補助によって低減。狙いどおりに全弾命中する。


 頭や胸を撃ち抜かれたミダス体は、足の折れた椅子を巻き込んで倒れた。


 それを見て、外骨格男が叫ぶ。


「こいつらには無駄だ!」


「……わかってるわよ!」


 そう、生物なら即死だが、ミダス体はとっくに生物ではなくなっている。


「ア、ガ、アァ……」


 ミダス体の口から濃い白煙がもうもうと吐き出された。細胞が活発化し、体温がさらに急上昇したのだ。


 体内に留まっていた銃弾がうごめく細胞に押し出され、傷口からことんと床に落ちた。そうして傷は見る見る癒えていく。


 ミダス細胞とはいうものの、つまるところは宿主の肉体をに自らのを組成するなのである。


 さながら身体を切断されても生き延びるミミズ――それも、千切れた尻尾からも頭部が生える種のようなものだ。


 そんなナノマシンの群体であるミダス体が、脳や心臓を撃ち抜かれたところで活動を停止するはずがない。

 完全に『殺す』には、ナノマシンそのものを死滅させなければならないのだ。


 それをその身ひとつで実行できるのが、特務官である。


 射撃は決して無駄な行為ではない。ミダス体の体内組織は人間と同じ機能を持っている。脳や心臓の破壊は死をもたらさずとも、一時的に動きを止めることができる。


 その一時いっときの猶予を使って、ルセリアは『力』を行使する。


 重要なのはイメージの練成だ。

 干渉する空間を大きな球体として『認識』する。

 その球体を『圧縮』。

 やがて球体は内に閉じ込めた力の反発によって『破裂』し――

 仕上げにこれから起きる超常現象を『言語化』する。


「〈斬り刻む〉!」


 その宣言で、血でできた氷の剣がミダス体の胸を突き破って現れる。


 刃は一枚だけではない。

 背中からも、腹からも、何枚もの薄い凶器が鋭利な切っ先を覗かせ、ミダス体の動きを封じる。


 特異現象を引き起こす力――シンギュラリティ。

 彼女の〈氷刃壊花アイシクル・ブロッサム〉は空間を凍結させる。


 その力をミダス体の体液に作用させることで、刃がさらなる刃を生む連鎖反応を起こしたのだ。


 ただ傷つけるだけではない。

 凍結によってナノマシンを細胞構造から破壊し尽くす。


 そうして薄い刃は花びらのように開き、シンギュラリティに名づけられたとおり、ミダス体を中心に氷の蓮花を咲かせる。


 皮肉な名だ。

 血肉を取り込んだオブジェに、華麗さなど欠片もない。

 破壊を終えて崩れれば、たちまち氷が融けて室内に悪臭を充満させる。


 今朝までは人間だったモノ。

 だが、そう、これはナノマシンがこねくり回した成形肉に過ぎない。


 ルセリアは目を背けず、冷徹に、破壊の結果を見届けた。

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