夢を見た


一昨年亡くなったばかりの祖母が縁側に座っている。


近所に住んでいたからよく赴いていたはずだった。仕事と学業の両立が忙しくて、それでも大好きな祖母の元へ遊びに行った。

いつだって甘やかしてくれる祖母が大好きだった。

私が最初の孫だったから、祖母は私にたくさんのものを買い与えた。


「一番最初に生まれた子って言うのはね、絶対に苦労するの。親の愛情だっていずれ二番目の子に取られちゃうし、下の子を大切にしなきゃいけないし、すぐに結婚しろっていわれるし。だからね、おばあちゃんは都ちゃんを一番大切にするわ。」


だから都ちゃんは、後から生まれてくる子をたくさん大切にするのよ。


結論として、私に兄弟は生まれなかった。そもそも親は忙しい人で、兄弟なんて作る暇が無かったんだろう。

その代わりに五つ違いの従兄弟が二人出来た。二人とも素直ないい子で、私は二人とも大切にした。


祖母の訃報を聞いて、私はすぐに日本へ帰った。

綺麗に飾られた祖母を見て、涙が溢れた。

普段はあまり感情を表に出さない父も泣いていて、母もハンカチで目頭をずっと押さえていた。


祖母が飼っていた猫は特別に通夜と告別式の参列を許され、父の膝の上で大人しくしていた。

私は昔からこの猫が嫌いだった。どこか気味が悪い、緑に近い青い目が、こちらをじっと覗いてくる。

昔から勘はいい方だった。

この猫にはなにかある。不思議と確信があった。


祖母が亡くなった翌年、私はとある事件に巻き込まれーーーいや、この話はやめておこう。

兎角して、私は愛した人の子供を授かった。愛した人は亡くなったが、それでも私は幸せだ。

もうすぐ臨月、だからだろうか、こうして祖母が夢の中に現れたのは。


「おめでたいわ、お赤飯炊かなくちゃねぇ」


生前と何ら変わりない笑顔で、祖母は私の話を聞いていた。


「おばあちゃん、今あの世にいるの?」


ふと、口から零れ出た。これは夢だ。わかってる。黄泉の国の民になっていることも、分かっているのに。


「そう思ってたんだけどね、今なんだかよく分からない場所にいるのよ。」


は?

「レジルトって砂漠にある大きな国なんだけど、都ちゃん知らない?メネスって王様がいる、エジプトみたいな国なんだけど」


今まで世界各国様々な理由で回ってきたが、そんな国は初めて聞いた。

否、論点はそこではない。


人は皆死ねば黄泉の国へ送られ、転生を待つ。善行を積んだものは三年かけて神の国へ送られ、豊かな生活が約束される。

そういうものだと、私は昨年知ったのだ。この目ではっきりと、強大な力を持つ神を見た。涙が出るほど美しい、無慈悲な神に破壊された世界を見た。


きっと祖母は黄泉にいるのだと。根っからの善人であったから、きっともう少しで神の国に来るのだと、神となった従兄弟達は再会を心待ちにしていたはずだ。


「ミィちゃんが連れてきてくれたんだけど、」


あの猫が!

祖母が亡くなってしばらくして消えた猫を思い浮かべる。

あの青い瞳が何とも憎たらしい。祖母をどこへやったというのか!


「色々大変だけれど、心配しなくてもいいのよ。お腹の子を大切になさいね。」


あと旦那さんを紹介しなさい。と、茶目っ気たっぷりに笑った祖母は、私の頭を一撫ですると、ゆっくりと立ち上がった。


「そろそろトゥト・アンクが起こしにくる頃ねぇ。じゃあ都ちゃん、お仕事は適度に頑張って、元気でやるのよ。」


待って、そう言う前に、祖母は消えた。

祖母が消えると同時に、私もこの夢の中から弾かれるかのように意識は現実へと急浮上する。


メネス、トゥト・アンク、どこか聞き覚えのあるような、そんな名前を心の中で繰り返しながら、私は自室のベッドで瞳を開けた。


化粧もそこそこに、クローゼットから外出着を引っ張り出す。

腹の出っ張りが目立つようになってから、私は仕事を休んで家に篭っていたが、最早そんな場合ではない。

市立図書館に、否、その前に


「ごめんください、藍沢ですが」


同じく昨年を共に戦った友人、その手のことに詳しそうなやつがいるはずだと、すぐ裏に住む彼女を訪ねる。


「朝っぱらから元気だねぇ都。まぁ上がんなさいよ。」


真っ赤な長髪を揺らして、眠たそうに手招きをした。




ーーーーーー



都やその従兄弟達、友人らが主人公の物語【エリシオンコード】は近日漫画版(作画・萱野とき)でアルファポリス様・エブリスタ様にて公開予定

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