四
ツタンカーメンをご存知だろうか。
悲劇の少年王、おそらく世界で1、2を争うほど有名な古代エジプトのファラオだ。カーターによって発掘された後、その生涯には謎めいたことも多く、王墓にはまだ謎が秘められていると、今も尚多くの研究者の胸を踊らせる。
彼は死後、己の人生を悔いた。
父王アクエンアテンのようにならぬようにと、民のために、王家のために生きてきた。
だが結果はどうだ?己は何かを変えられたのか?
まんまと宰相に取って代わられ、エジプトは混乱期に陥り、その後、ラメセスの治世まで隣国との争いを繰り返し、
後世に書かれることとなる王名表からも父王同様名を消された。
ファラオたるファラオとは何か。
強く、己に厳しく、皆を率いることの出来る、民に慕われ、時に冷徹な理想の王。
自身になれなかったその理想の王こそが、真のファラオであると。
気づいたところでもう遅い。己がなりたかったその理想像は結局果たされることなく、ミイラになった己の身体をそっと見つめるだけだった。
「おまえの願いを叶えてやろう。」
背後から聞こえた声に、弾かれたように距離を取る。
自身が死したことはとっくに気付いていた上、己のこの意識体がヒトの目からは見えないことすらも分かっていた。
銀髪の男。鷹のような金色の瞳は真っ直ぐにこちらを射抜く。
本当にヒトであるのかすら分からないほど、美しい男がそこにいた。
「可哀想に、おまえは己が目指すファラオになれなかった。」
そんなこと百も承知だった。それを日々、永遠にも思える3000年を過ごしてきたというのに。
あまりに無礼な男に文句を言いたいところではあったが、口を噤む。
単純な恐怖では無い。己にファラオとしての自尊心がなければ今この場で平伏していたであろうほどの威圧感が男から発せられていたからだ。
「だが安心せよ。もう苦しむことは無い。」
あぁ、男の背後に、玉座が見える。
「余がおまえの悲しみも、苦しみも、愛国心も、責任も、その名前すら受け入れてやろう。再び余が、国を興す。」
そうか、彼は
「余こそがファラオ。エジプト建国のファラオ、メネスである。」
幼い頃から乳母や側近に聞かされた、建国王メネス。
実際に見たことがあった訳では無いが、目の前の男は正しくそうなのだろうと、本能が平伏せよと叫んでいた。
「トゥト・アンク・アメン。理想を追い求め至らなかった悲しき少年王よ。余に従い、共に国を興さぬか。」
ツタンカーメンとは日本風に言い換えた言葉。エジプト本来の発音ではトゥト・アンク・アメンという。
メネスの、傷一つ無い指がそっと壁面をなぞった。
アメン神を捨て、この王に仕える。新たな国造り。それも伝説の神王と共に。
夢見心地だった。この王の元なら民はきっと幸せになれる。確信があった。己の理想を形にしてくれるこの美しい男について行こうと、その下で自身はほんの少し手助けが出来ればいい。
迷わず手を取った。
どうせ一度死んだ身を、今更省みることもない。
「トゥト・アンク、心よりファラオ・メネスにお仕え申し上げます。」
その日少年王は、神を捨てた。
二回目だ。
一度目は在位中、父王が無理矢理に行った宗教改革で祀られていたアテンを。
そして今、そのアテンを廃し手に入れたアメン神を。
故に神の名を、アメンを捨て、トゥト・アンクと名乗る。
彼は神を信じない。
信じるのは目の前の男。
輝く髪を、目を、信じずにはいられようか。
神ではない。己の力で世界を作った男を崇めると決めたのだ。
その後、とある平行世界に大きな国が出来た。
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